【夏のホラー2022】ラジオ…に投稿するはずだったもの
それは引っ越しの片付けをしていた時に見つけた。
「…あれ、こんなものあったっけ」
本を本棚に直そうとガサゴソ段ボール箱を漁っている時に奥の方から銀色に光る何かが見えたのだ。
不思議に思って引っ張り出してみるとそれはラジオだった。
なんの変哲もない普通のラジオ。
どうしてこんなものがあるのだろう、と思考を巡らす。
もしかしたら学生の頃に作って持って帰ってきたやつかもしれない。
中学生の時間割りには確か技術たる授業があった気もする。
「学生か…懐かしいなぁ…」
ぼんやりとあの頃を思い出す。
夏の暑い日に自転車で坂道を勢いよく下って事故ったり、放課後にアイスを買い食いして先生に見つかって怒られたり。
そうだ、雨の日は決まって友達と濡れて帰って風邪を引いたっけ。
あの頃は良かった、と社会人になった今になってしみじみ思う。
授業やテスト、それから怖い先生は嫌だったが。
「…このラジオ、出しとこうかな」
思い出に浸っていたからか目の前のラジオが心なしかくすんで見えた。
遠い昔の幻影みたいに。
ラジオは綺麗に拭きあげてリビングの端の机の上に置いた。
なんとなくベッドの横に置くのは嫌な気がしたからだ。
幸い自分の家は今度の夏明けから彼女と同棲するため2LDKだ。
リビングの端、小さめの机の上にピカピカと磨かれた銀色のラジオが置かれる。
なんだかそこの周りの空気だけ浮世離れした気がするが、ラジオという今時珍しい古風なもののせいだろうと納得して片付けを終わらせようと意気込んだ。
*
その日の夜。
僕はベッドの上でうとうとしながらスマホを眺めていた。
早く寝なければ明日に差し障るというのになんだか今日は寝付けない。
明日は待ちに待った彼女とのデートなのに寝坊したとなると格好つかない。
彼氏として、男のプライドとしてそれだけは絶対避けたかった。
「…水でも飲むかな」
そう呟いてよっこらせ、とじじくさい言葉を吐きながら起き上がった、その時だった。
…ジジ…ジー…
昼間テレビをつけた時なんの番組も放映されていない時によく聞くあの雑音が聞こえた。
もちろんテレビをつけて寝た覚えはないし、寝る前の最終確認で電気類は全て消してここに来たはずだ。
つまりあり得ない。
ジジジ…ジジ…ジ…ジジー…
酷くなる雑音に気味が悪くなって忍び足で音の元を探った。
リビングに行くにつれて大きくなっていく音。
いつの間にか強張っていた手を無理矢理こじ開けドアノブを握る。
手汗で滑りそうなドアノブを気合いで持ち直してそのまま勢いよく扉を開けた。
ジジ…ジ…
途端、ぴたりと雑音が止まった。
目線だけでリビングを見渡す。
真っ暗な部屋にひっそりと何かが潜んでそうで足がすくんだ。
洗い終わった食器。
ぴと、と水滴の落ちる水道。
あまり使ったことのないガスコンロ。
ブンブンと風を切って回る換気扇。
使い慣れたソファーの上のクッション。
何も映っていないテレビの画面。
いつも通りだと思っていた部屋が何故か薄気味悪く感じる。
何回か目をいったりきたりさせて異常を探るが特に何もない。
「…考えすぎだな、きっと」
一人ごちてから、せっかくリビングに来たから水を飲もうと洗った食器の中からコップを出す。
水を汲んでごくごくと飲むと、すっと透き通った味の水道水が喉を潤した。
こんなにも水が美味く感じるなんて。
やっぱり怖がりすぎだよな、と自嘲してからコップをことんと置いた、その時だった。
ザザ…ザー…
身を固くする。
今度ははっきりと聞こえた。
背後から感じる異様な空気。
手が震える。
振り向きたくない。
けれど、振り向かなければならない。
この部屋の異常を目に収めないと今夜は安心して眠ることが出来ないだろう。
恐る恐る振り向こうとして、気づいた。
今しがた置いたガラスのコップ。
透明なそれに何かぽつん、と光っているモノが映っている。
よくよく目を凝らす。
そして。
それが今日の昼間、片付けの時にリビングの隅に置いたあの例のラジオだと気付いた時。
『…ケテ…タス、ケテ…』
声が聞こえた。
直感する。
これは、あれだ。
だめなやつだ。
なのに身体は金縛りに遭ったように動くことができない。
『タスケテ…!タスケテ…!!タスケテ…!!』
ザザ、と雑音混じりの声が純粋な肉声に変わっていく。
ゾクゾクと背筋が冷える。
息ができない。
ぎゅっと目を閉じる。
背後に生暖かい空気を感じた。
後ろだ。
僕のすぐ後ろ、そこにナニカ、いる。
『タスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテ』
ラジオが哭く。
立っていられないほどの眩暈。
頭がガンガン殴られる。
思わずしゃがみ込むと後ろにいるナニカが覗きこんできた。
誰かに見られている感覚。
今、目を開いてはならない。
絶対に。
僕は閉じた目が開かないように両手で覆った。
それを見てはいけない。
見てしまえば終わりだ。
短く息をしながらただただそれが何処かにいくのを待つ。
はやくいってくれ。
どこかにいってくれ。
心臓が痛いくらい脈打つ。
急激な不安。
一体、どのくらいこうしていればいいのか?
見てしまった方が楽なのではないかという甘い誘い。
それを自制する自分の本能。
ぐるぐると頭が回る。
なにも考えられない。
『タスケ、』
声が止まる。
静寂。
終わったのか?
辺りの気配を探る。
なにもいない。
恐る恐る覆っていた手を外さず目だけを開く。
指の隙間から明かりが見える。
ベランダのカーテンがふわりとひらめいて、朝の光が差し込んだ。
朝だ。
あれから何時間経ったのだろう。
もう、どこにも異常はない。
ほっとして目を開いた。
『ドウシテタスケテクレナイノ』
ラジオがぽつんと言った。
振り返る。
ラジオに無数の目があった。
それと、目が合った。
『ミタナ』
ニタリと嗤う雰囲気。
すっと意識が遠のいた。
*
はっと気付いた。
頭が痛い。
どうしてか考えて身を起こすとリビングで寝そべっていた。
下がフローリングだから全身痛い。
原因は恐らくきっとこれだろうと納得してから立ち上がって伸びをする。
「…今日は、そうだ、約束の日だ」
珍しく早起きしたなと自室に戻ろうとしてふと視線を感じる。
リビングの隅、机の上に置いたラジオが反射した。
なんだか胸騒ぎがする。
そういえば昨日何してたんだっけ。
思い出せない。
どうして自分がリビングで寝てたのか。
一体何があったのか。
思い出そうとすると靄がかかって思い出せない。
何か、とてつもなく怖い体験をした気がするのだが…。
「…まあ、いっか」
僕はそう呟いてから部屋に戻った。
戻る時にリビングを振り返る。
どうしてだか、懐かしさの感じたラジオが気味悪く思えた。