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1.王宮への誘い


 ボードリエ王国と隣国の境にある、ラフォン辺境伯領。

 いつもは穏やかなその地では、珍しく訪れた客人に街全体が浮き足立っていた。

 

 ボードリエ王国第一王子、シリル・ボードリエ。

 次期国王とも噂されるシリルから、視察団を伴って領地を見学しに行くと突然先触れがあったのだ。

 ただでさえ滅多にお目にかかれない王族がやってくるという高揚感に加え、第一王子は花嫁探しをしているなんて噂がいつの間にか街中に広がったものだから、未婚の女性はもちろんのこと、夫のいる女性ですらいつもより濃いめの化粧をして出迎える準備をしているほどだった。


 しかしカメリアは、そんな街の様子をどこか所在なさげに見ていた。


「そんなにお妃様になりたいものかしら……」


 邸の自室で髪を整えられながら、小さくため息をついた。

 もしかしたら王子に見初められるかもしれない、と腕によりをかけてカメリアを飾ろうという侍女たちの熱にまったく着いていけなかったのだ。

 

 シリルをもてなす晩餐会には、ラフォン辺境伯の一人娘であるカメリアももちろん出席する。

 そこで食事を共にしたあと、もはや辺境伯領の特産品ともなったカメリアの歌を披露する運びだった。


「お嬢様はただでさえ小鳥のように愛らしいのに、歌声を聴けばきっとシリル殿下も恋に落ちてしまうこと間違いなしですよ!」

「……恋、ねぇ」


 恋の歌はたくさん歌ってきたけれど、実際の恋は知らない。

 自分の中に焦がれてやまない熱い想いが生まれることがまだ想像できなかった。

 きっといつかは自分も両親のようにどなたか素敵な男性と家庭を作るのだろう。

 けれどそれを考えるのはまだ早いような気がしていたし、今は領民たちに向けて歌うことだけを考えて生きていきたいと思った。


 *****


 晩餐会は想像よりもずっと和やかな雰囲気で進んだ。

 

 シリルはまさしく王子様といった佇まいで高貴さが溢れているというのに、同じくらい親しみやすさも感じられる。

 父のアーノルドと交わす言葉からは真剣に国のことを想っている様子が伝わってきたし、かと思えば冗談を言ってみせるような良い意味での気安さも感じられ、いつしかカメリアもずいぶんとリラックスして話すことができていた。

 デビュタント以降社交界には顔を出していないカメリアには、年頃の貴族男性との交流は新鮮なものだった。


「それでは我が娘カメリアより、シリル殿下へ歌を献上させていただきます」


 食事を終え、邸内の小劇場へ移動してきた一行は正面のステージへ目を向けた。

 

 そこにはスポットライトを浴びて凛と立つカメリアと、ぐるりと囲むように配置された小さな楽団たちが指揮者の合図を待っている。

 やがてゆっくりと演奏が始まった。


 カメリアの歌声はのびやかに、時には力強くホールを包み込む。

 ここはカメリアのために誂られた小劇場。すべてはカメリアの歌声をより良い環境で楽しむためにアーノルドが作らせたものだ。

 ラフォンの至宝と謳われるその声は、両親や使用人、領民までもを魅了する。

 そして美しい歌声に心を打たれるのはシリルも例外ではなかった。


 カメリアは続けて3曲ほど披露すると、晴れやかな表情で礼をし、拍手の中壇上を後にした。

 シリルと食事の席で話していたからだろうか、あまり緊張することなくのびのびと歌えたと思う。

 この舞台の成功は拍手の大きさが物語っている。

 大切な場面をやり遂げた達成感でカメリアの胸はいっぱいだった。


 カメリアはそのまま自室に戻る予定だったが、ステージ用のドレスから着替えたところで使用人からシリルの元へと顔を出すように伝えられた。

 歌の感想をいただけるのでは、と軽い足取りで向かった先でカメリアに告げられたのは、想像すらしていなかった言葉だった。


「カメリア・ラフォン辺境伯令嬢。君を私の婚約者候補として王宮へ招待しよう」


 ソファで寛ぎながら微笑むシリル。

 対するカメリアは言葉の意味を飲み込むことができずぽかんとした顔を隠せないでいた。


「えっと、恐れながら殿下、婚約者候補といいますのは……?」

「君の歌に惚れたんだ、カメリア嬢。ぜひとも近くでその歌を聞かせてほしい」


 そう言ってソファから立ち上がると、自然な動作でカメリアの手を取り口付けた。

 突然の口付けに戸惑うカメリアをよそに、シリルは王宮行きが決定しているかのように話を続ける。


「君には私の離宮で妃教育を受けながら過ごしてもらうことになるだろう。そして毎日愛らしいその歌声を私に聞かせてくれ」

「歌を……」

「突然の申し出で混乱するのも無理はない。しばらくこちらに滞在させてもらうつもりだから、ゆっくり考えてみてくれないか」


 *****

 

 自室へと戻ったカメリアは、シリルの言葉で頭がパンクしそうだった。

 それなのにカメリア専属の侍女であるニナは先程の求婚を見てすっかり浮かれてしまい、今にも踊り出しそうだ。

 この分だと明日の昼間には街中に伝わっているに違いない、と大きくため息をついた。


「お嬢様ったら、またため息なんてついて! 幸せが逃げてしまいますよ」

「……ニナってば浮かれすぎよ。まだ婚約者になったわけでもないのだし」

「むしろなぜ浮かれないのか不思議です。麗しの王子殿下に見初められたというのに!」


 心底嬉しくてたまらないといった表情のニナを見て、カメリアはむず痒いような気持ちになった。


 実際のところ、まったく嬉しくないわけではない。

 シリルはとても素敵な男性で、話していても楽しかった。

 男性から求婚されるのだって初めてで、ストレートな愛情表現にドキドキしたのも事実だ。

 だがそれは慣れないアプローチがゆえに鼓動が早くなっただけであって、シリル本人と恋に落ちたのではない気がしていた。


 両親はこの縁談をどう思っているのだろうか。

 家のためになるのならシリル殿下に嫁ぐべきなのではないか。

 一般的な貴族教育しか受けていない私が王妃になんてなれるのだろうか。

 私はシリル殿下と恋に落ちることができるのだろうか。


 一度考え始めると止まらなくなるのは夜のせいだ。

 そう結論づけて、無理やりにでも眠ってしまおうとベッドに潜り込む。


 そういえば明日はレストランで歌う日だ。

 領民たちと話せば幾らかこの気持ちを整理出来るかもしれないと思いながら、カメリアは静かに瞼を閉じた。


 

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