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Siegavram  作者: 宮本シグレ(潮山)
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《喪失せし混沌》

《喪失せし混沌》


 ******


 白き鳳凰と共にツクモは離脱し、

 辺りに濁った雨が降り始める。

 『汚れた雨ねえ』

 エゾリーが分析すれば、それは強い酸性の雨だが、オウガには影響はない。

 『ジーク、エゾリー、平気か?』

 だが、アヴラムは確認した。

 長い首を大きく動かし、濁った雨を浴び、水滴が頬をつたうジークの顔をみてしまう。

 「平気」

 彼女は静かに頷く。

 『前に行った秘境は汚したくないから、どっか丁度良い場所で清めたいね』

 皆で水浴びした渓流の事だろう。

 『まて、奴らを追うか?』

 向こうへと飛ぶツクモの後ろ姿、あの速度なら、まだ追いつける。

 「・・・・・・いいえ、アイツは強い。それにアヴラム、貴方は休んで」 

 『へえ、あの獣耳がねえ』

 エゾリーは意外そうな顔をした。

 ジークと共に世界を飛び回ると、彼女の冷徹さには腰を抜かしてはいたが、

 それは自分の行いや力に自信がある裏付けだった。

 今回遭遇したツクモという白銀の髪をした獣の女には、

 アヴラムが消耗した今、戦うことが難しい相手だと判断しているのだ。

 休息の為、ジーク達もまた蟲と怪鳥の巣窟の跡地を去る。

 黒く濁った雨が降り続ける旧都市は、次の自然の雨まで、

 薄暗い色で汚されたままだった。

 

 ******


 怪鳥の丸焼き。

 それは、怪鳥の脚からムネの肉を食材に、

 中に刃を通して食べにくい箇所や、消化不良のまま残った蟲を、

 丁寧にジークの炎でケシズミにした後、

 刃を通した各所に確保した香辛料や、食用ハーブを詰め込み、

 アヴラムの熱い炎で焼いたものだ。

 因みに、考案者はエゾリーである。

 『怪鳥もなかなか美味いな』

 巨大な虫という、高蛋白質な生き物を主食にしていた怪鳥の身体は、

 多くの肉食生物が美味と感じる栄養素を持っている。

 特に肉を焼くことで滲む肉汁は香りの良い草を詰め込んでおけば、

 肉汁が溢れる時の臭みを消しながら、香りの良い一品になる。

 『違う種族とはいえ、同じオウガだと思うと躊躇いがあるけどね』

 「・・・・・・」

 ジークは、アヴラムやエゾリーの申し訳なさや躊躇いを無視しながら、

 小骨も奥歯でかみ砕き、平らげていく。

 怪鳥は躊躇わず虫を食していた。

 彼らが怪鳥を調理して罪悪感を抱くのは、ある種の、人間だった頃の名残だ。

 『久々に良い食事をした、これで一休みすれば、また遠くを飛べる』

 アブラムもまた少しずつ、怪鳥の丸焼きの9割を平らげ、

 エゾリーやジークも、その1割を分割することで、満腹になった。


 ******


 深夜、エゾリーは気配と温度の変化からハッと目を覚ました。

 替えの衣類を毛布代わりにしていた場所には、ジークはいない。

 辺りを見渡せば、ジークが先ほどのたき火に再び火を灯していた。

 エゾリーは衣類の小さな山から出て、ジークに声をかける。

 『なにしてるの』

 「怪鳥の頭を燃やしてる」

 クチバシが大きく発達した怪鳥の頭の作りは、

 首をアヴラムが食した後、頭と言えるような部分は僅かだった。

 昔の鳥類特有のクチバシのすぐ近くに目があるその怪鳥。

 彼女の言葉は、正しくは頭ではなく、クチバシを燃やしてると言っても間違いはない。

 その巨大さから、人間の知能を維持することが出来たのだろうか。

 すでにエゾリーが確認した時には、ジークが起こした大きなたき火の中で、

 怪鳥のクチバシだけが燃え切らずに原型を維持していた。

 『大した執念だ、そんなに化け物が憎いのかい?』

 「・・・・・・」

 彼女は、無口だった。

 『ごめん、嫌な所をみてしまったのかな』

 ジークの、炎を用いる時の瞳は紅に変色する。

 その真紅の瞳の中で、橙の炎の煌めきが揺れ動いている。

 「・・・・・・」

 その光景は、ある意味、怪しい儀式染みていた。

 人がいれば、そう例えるだろう。

 だが、人がいない今、彼女の行いは一方通行のままで、答えはない様なもの。

 『もしかして、なにか意味でも?』

 エゾリーは彼女の行いに最もらしい答えを見出そうとした。

 頭部が腐敗して醜悪な形になる前に、燃やして処分するだとか。

 ジークがそんな合理的な慈悲をする様には見えないが、

 もしも憎しみ以外の理由があるのなら、彼は知ってみたいものだった。

 怪鳥の頭部が、とうとう熱にやられたのか、軽快な音と共に亀裂を走らせた。

 丸焦げの肉が灰として崩れ、露出した白骨は連鎖的にゆっくりと崩れていく。

 美しい光景では無い、だが、目を離すことを、理性が許さなかった。

 長く、その肉体の灰化と融解を見届け、彼は悟った。

 『少しだけ、分かったよ、君が何故、殺した相手を燃やすのかね』

 本能に従う肉食の獣や動物なら、

 狩りをした対象を巣に持ち帰り、捕食する。

 丁寧に食べても、満足すればそのままどこかへ捨てるだろう。

 『オウガの寿命は、まだ分からないが、君の行いは、多くのオウガも辿るのだろう』

 オウガを撃退しか出来なかった旧人類。

 オウガを公に殺した最初の存在が、その旧人類に最も近い姿をしたジーク。

 そんな彼女は、敵を殺すだけに留まらず、《葬儀》の形として、燃やしている。

 彼女自身は、それを葬儀ではなく、憎しみが根本にあるものだと言うだろうが。

 この儀式は、ヒトが、生きた者達を安らかに見送る為に行い始めた習慣で・・・・・・。

 『でも、こんな時間に火をたけば、かえって目立つよ、敵は空にいるかも知れない』

 昔なら、獣避けとしての役割があったかも知れないが、

 今では火の明かりを恐れない者達が世界を支配している。

 「そうね」

 彼女はようやく、頷いた。

 こうして消えて行く火、小さな小さな煙が立ち上るも、すぐに煙も消えて行く。

 ジーク、アヴラム、エゾリーの、同族を《葬る》旅は続く。


 初稿 2018/06/27 23:41



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