《喪失せし混沌》
《喪失せし混沌》
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白き鳳凰と共にツクモは離脱し、
辺りに濁った雨が降り始める。
『汚れた雨ねえ』
エゾリーが分析すれば、それは強い酸性の雨だが、オウガには影響はない。
『ジーク、エゾリー、平気か?』
だが、アヴラムは確認した。
長い首を大きく動かし、濁った雨を浴び、水滴が頬をつたうジークの顔をみてしまう。
「平気」
彼女は静かに頷く。
『前に行った秘境は汚したくないから、どっか丁度良い場所で清めたいね』
皆で水浴びした渓流の事だろう。
『まて、奴らを追うか?』
向こうへと飛ぶツクモの後ろ姿、あの速度なら、まだ追いつける。
「・・・・・・いいえ、アイツは強い。それにアヴラム、貴方は休んで」
『へえ、あの獣耳がねえ』
エゾリーは意外そうな顔をした。
ジークと共に世界を飛び回ると、彼女の冷徹さには腰を抜かしてはいたが、
それは自分の行いや力に自信がある裏付けだった。
今回遭遇したツクモという白銀の髪をした獣の女には、
アヴラムが消耗した今、戦うことが難しい相手だと判断しているのだ。
休息の為、ジーク達もまた蟲と怪鳥の巣窟の跡地を去る。
黒く濁った雨が降り続ける旧都市は、次の自然の雨まで、
薄暗い色で汚されたままだった。
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怪鳥の丸焼き。
それは、怪鳥の脚からムネの肉を食材に、
中に刃を通して食べにくい箇所や、消化不良のまま残った蟲を、
丁寧にジークの炎でケシズミにした後、
刃を通した各所に確保した香辛料や、食用ハーブを詰め込み、
アヴラムの熱い炎で焼いたものだ。
因みに、考案者はエゾリーである。
『怪鳥もなかなか美味いな』
巨大な虫という、高蛋白質な生き物を主食にしていた怪鳥の身体は、
多くの肉食生物が美味と感じる栄養素を持っている。
特に肉を焼くことで滲む肉汁は香りの良い草を詰め込んでおけば、
肉汁が溢れる時の臭みを消しながら、香りの良い一品になる。
『違う種族とはいえ、同じオウガだと思うと躊躇いがあるけどね』
「・・・・・・」
ジークは、アヴラムやエゾリーの申し訳なさや躊躇いを無視しながら、
小骨も奥歯でかみ砕き、平らげていく。
怪鳥は躊躇わず虫を食していた。
彼らが怪鳥を調理して罪悪感を抱くのは、ある種の、人間だった頃の名残だ。
『久々に良い食事をした、これで一休みすれば、また遠くを飛べる』
アブラムもまた少しずつ、怪鳥の丸焼きの9割を平らげ、
エゾリーやジークも、その1割を分割することで、満腹になった。
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深夜、エゾリーは気配と温度の変化からハッと目を覚ました。
替えの衣類を毛布代わりにしていた場所には、ジークはいない。
辺りを見渡せば、ジークが先ほどのたき火に再び火を灯していた。
エゾリーは衣類の小さな山から出て、ジークに声をかける。
『なにしてるの』
「怪鳥の頭を燃やしてる」
クチバシが大きく発達した怪鳥の頭の作りは、
首をアヴラムが食した後、頭と言えるような部分は僅かだった。
昔の鳥類特有のクチバシのすぐ近くに目があるその怪鳥。
彼女の言葉は、正しくは頭ではなく、クチバシを燃やしてると言っても間違いはない。
その巨大さから、人間の知能を維持することが出来たのだろうか。
すでにエゾリーが確認した時には、ジークが起こした大きなたき火の中で、
怪鳥のクチバシだけが燃え切らずに原型を維持していた。
『大した執念だ、そんなに化け物が憎いのかい?』
「・・・・・・」
彼女は、無口だった。
『ごめん、嫌な所をみてしまったのかな』
ジークの、炎を用いる時の瞳は紅に変色する。
その真紅の瞳の中で、橙の炎の煌めきが揺れ動いている。
「・・・・・・」
その光景は、ある意味、怪しい儀式染みていた。
人がいれば、そう例えるだろう。
だが、人がいない今、彼女の行いは一方通行のままで、答えはない様なもの。
『もしかして、なにか意味でも?』
エゾリーは彼女の行いに最もらしい答えを見出そうとした。
頭部が腐敗して醜悪な形になる前に、燃やして処分するだとか。
ジークがそんな合理的な慈悲をする様には見えないが、
もしも憎しみ以外の理由があるのなら、彼は知ってみたいものだった。
怪鳥の頭部が、とうとう熱にやられたのか、軽快な音と共に亀裂を走らせた。
丸焦げの肉が灰として崩れ、露出した白骨は連鎖的にゆっくりと崩れていく。
美しい光景では無い、だが、目を離すことを、理性が許さなかった。
長く、その肉体の灰化と融解を見届け、彼は悟った。
『少しだけ、分かったよ、君が何故、殺した相手を燃やすのかね』
本能に従う肉食の獣や動物なら、
狩りをした対象を巣に持ち帰り、捕食する。
丁寧に食べても、満足すればそのままどこかへ捨てるだろう。
『オウガの寿命は、まだ分からないが、君の行いは、多くのオウガも辿るのだろう』
オウガを撃退しか出来なかった旧人類。
オウガを公に殺した最初の存在が、その旧人類に最も近い姿をしたジーク。
そんな彼女は、敵を殺すだけに留まらず、《葬儀》の形として、燃やしている。
彼女自身は、それを葬儀ではなく、憎しみが根本にあるものだと言うだろうが。
この儀式は、ヒトが、生きた者達を安らかに見送る為に行い始めた習慣で・・・・・・。
『でも、こんな時間に火をたけば、かえって目立つよ、敵は空にいるかも知れない』
昔なら、獣避けとしての役割があったかも知れないが、
今では火の明かりを恐れない者達が世界を支配している。
「そうね」
彼女はようやく、頷いた。
こうして消えて行く火、小さな小さな煙が立ち上るも、すぐに煙も消えて行く。
ジーク、アヴラム、エゾリーの、同族を《葬る》旅は続く。
初稿 2018/06/27 23:41