《蠢く墓》
《蠢く墓》
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旧合衆国大陸Aの中央。
巨大な蛆虫と、蠅、蟻を思わせる毒虫が作り上げた塔。
旧人類の不適合として捨てられた骨と腐肉。
建造物から垂れる粘り気を帯びた黄色い分泌液は、
大陸の農業地帯、トウモロコシや小麦畑から回収された穀物が原料となったもの。
その頂点には、病に侵食された鯨が突き刺さっている。
『うげえ、気持ちわる』
エゾリーはアヴラムの背で吐き気を覚えた。
『吐くなよ』
「吐かないでよ」
アヴラムとジークに注意された。
塔に群がるは、大怪鳥。
黒龍アヴラムとは大きく違う姿だが、有翼の者達だ。
風に乗って旋回を得意として、大きなクチバシで器用に蟲を啄む。
塔の瓦礫と粘液に絡まった蟲を引きちぎりながら、激しく噛みつぶし、飲み込んだ。
『・・・・・・、まあ、スケールのデカい生態系だな』
『趣味が悪いね、大航海時代の蛆避けじゃあるまいし』
「・・・・・・」
ジークはじっと見詰めていた。
---なんだあの影は。
---龍だ!あの色!まさか!
大怪鳥の群の動きが変わった。
オオスズメバチが巣に異変があった時の様に宙を舞う数が増えていく。
彼女は大きく目を見開き。
両腕を伸ばし、手の平をひろげ、指先に力を込める。
そして、アヴラムもより翼を拡げ、滞空の羽ばたきの中、大顎を開いた。
細い細い、一線が、彼の口から放たれ、首の動きと連動するように、その線は動く。
その線が怪鳥や塔に当たると、標的は、瞬く間にその線に切られ、燃え上がった。
翼を焼かれ、落ちていく前線の怪鳥をみて、後方の群の勢いが変わった。
---本当に、ここも滅ぼす気か!
---悪魔め。
吐き捨てる声が聞こえる。
「・・・・・・アヴラム」
ジークの指先が動いた。
アヴラムの口内で放たれた熱線ブレスが変容し、
小刻みに連射され、全ての細く小さな途切れ途切れの線が、軌道を曲げ、追尾を始める。
次々と、飛び交う怪鳥らに着弾。
一つの標的に当たれば、次の熱線が新たに軌道を変え、次へ。
塔の方も、炎が止まらなかった。
塔付近の怪鳥と、巨大羽虫が、全滅するまで1時間は掛からなかった。
全焼した塔の、焦げた残骸が剥がれ、その中身があらわになる。
高層ビルと通信タワーを結合させたその軸には、
腐食した幼体やかすかに脚をうごかすものもいた。
『・・・・・・・』
アブラムは大きく息を吸って、大きな業炎の弾を吐いた。
青紫の炎弾は、むき出しの中身に直撃し、さらなる炎上を始め、爆発を繰り返す。
何度も、何度もアブラムは炎を吐き捨てた。
----司令官、第三兵器・・・・・・の使用許可を。
過去の無線の応答を思い出す。
誰に許可を貰う訳でもない、これは、自分の意志での、攻撃。
己が、味方すべきものは、目の前の命ではなく、この背に乗った少女達なのだから。
塔を、燃やし尽くしたアヴラム。
呼吸を整えるように、安堵した様子。
「アブラム!左へ!」
ジークの声に従い、すぐに左へ飛び出した。
『なんだ!?』
その《攻撃》の回避に成功した彼は、向き直り、気配の正体を知る。
それは、アヴラムと対を成す、白き鋼の翼。
鱗ではなく、羽毛が舞う。
鳳凰・・・・・・。霊鳥の如く、美しい存在感を放つ巨大な鳥。
その背に乗っているのは、
「久しぶりじゃな、刀の女」
高く濁った声をした、女。
銀色の髪を肩に掛からない程度に切り揃え、獣の耳を生やしたタイプの者。
「・・・・・・」
『知り合いか』
「・・・・・・昔、ね」
ジークは答える。
『知り合い、ではないんじゃない?こうして襲い掛かってきたんだし』
エゾリーは横やりをいれる。
「良く燃えたか?そうだろうなあ?」
獣の女は、嫌味を言う。
「あれは人の理性を失った女王虫が築いた狂気のエネルギー建築物じゃからのお」
『エネルギー建築物う?』
そしてエゾリーが苦笑いした。
「腐肉と骨を積み上げ、そして卵を植え付け、幼虫を育て、子分にデンプンを集め」
トウモロコシ、麦・・・・・・、デンプン。エネルギー。
『バイオエタノールもどきを自然規模で作ってたのか』
「・・・・・・」
ジークは何も答えない。
二つが、睨み合う中。燃え上がった煙が雲となって、空を薄暗くさせた。
「旧人類の発電炉の多くが停止した今、《アレ》を皆、黙認していたのじゃ」
「お主には、あれが冒涜的に見えたか?」
更なる嫌味を獣の女は言った。
『俺の名はアヴラム、そこの女、名前は?』
アヴラムは、ジークの代わりに、その女の名前をたずねた。
「わしの名は《ツクモ》」
『ツクモ、お前は俺達の敵か?』
「・・・・・・」
ジークの瞳は、迷わず、ツクモを睨み続ける。
「・・・・・・、いずれ、敵対するじゃろうなあ」
ツクモは笑いながら、答えた。
「おっと・・・・・・お主達が作り上げた雨雲、汚い雨が降る、浴びるのは勘弁じゃな」
ツクモが騎乗する白き鳳凰は、その翼を拡げたかと思えば、
より一段階の展開を見せつけた。
薄暗い周囲の中で、その闇にとけこむアヴラムとは違い、
ハッキリとその白き姿の羽ばたきは、目に焼き付くのだった。
初稿 2018/06/27 04:27