《狂える羊》
《狂える羊》
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枯れた心を持ったジークの声。
アヴラムも、彼女の病みは、分からなくもない。
戦う人間ほど、その癒えにくい重圧からやつれていく。
彼女は己と出会うまで、何年も一人で血を浴びた。
今、こうして最低限のコミュニケーションが出来る事さえ奇跡だろう。
『ジーク、お前は、人間だった頃のことを思い出せるか?』
『まあ、未練があって、こうして化け物として生まれ変わってるんだろうけどさ』
アヴラムがきくと、エゾリーが横やりをいれてくる。
「・・・・・・あまり、話したくはない」
『・・・・・・だろうな』
『ま、皆そうでしょ』
エゾリーの結論にアヴラムも皮肉な思いはあった。
過去の自分を引きずって生きている者はいるだろうか?
己の過去を知る人はいないだろう。
皆、過去の執着から人であることを辞めた瞬間に、
人としての過去を捨てていくことを選んでしまった。
人間らしい生活をしている者が多くても、
過去の自分が背負っていた多くの概念を捨てている。
どんな知り合いがいたのか、親はどうだったのか、恋人はどんな種族になったのか、
そんな過去から持ち込まれる全てが、徐々に生まれ変わりで除外されていく。
生きていたいから生まれ変われば、結局、人間ではない。
そのしがらみから、自身の都合の良いように、記憶を奥底へとしまう。
アヴラムもどこか、過去の自分に冷めていた。
戻る術がないからこその、開き直りだ。
夜、ジークがボロ布を纏いながらキャンプの端で眠る中。
エゾリーはアヴラムに話をした。
『アヴラムは何故、彼女の味方をしてるんだよ?』
『・・・・・・前にも話しただろう』
『違うね、僕が聞きたいのは何故、彼女の味方をしているのか、そのものだよ』
『俺がジークの味方をするのに、理由がいるのか』
『あーそうかい、つまり理由はないけど彼女を手助けしてると?』
それは、雛鳥の親の法則かな、とエゾリーは微笑んだ。
お前が本当に聞きたいことは分かってるつもりだ、とアヴラムは返す。
『化け物と、ジーク、天秤に掛けた結果』
アヴラムはジークを選んだ。
『そして、俺は、死んだ人々が必ず辿る様を実感した』
這いずる様な気分で愛する人の名を呼び、冷たく暗い感覚に閉じていく。
『・・・・・・』
エゾリーは、半笑いの唇を、ハッとした目をする瞬間に、無意識に強く閉じた。
『目を覚ましたら、ジークという女がいた、あの時の俺は、どこかホッとしたんだ』
『・・・・・・そうかい、羨ましいねえ、産声はあげた?』
『冗談はよせ』
『ああ、そうだね。もっと真面目な話をすれば良かったよ』
アヴラムがジークを味方する理由は、
単純なようでいて、複雑かつ怪奇なものなのだと、
あえて、言葉にはしなかった。
初稿2018/06/16 18:04