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Siegavram  作者: 宮本シグレ(潮山)
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《美しい獣》



 《美しい獣》



 ******



 崩れかけたマンションには、

 破損した鉢植えから育った果実の木がある。

 大破したベランダの向こうでは、海岸の波の音が聞こえる。

 「・・・・・・」

 今日が彼女の誕生日。

 虫も湧かない薄暗い部屋。

 賞味期限切れの飴の袋が散らばっている。

 「・・・・・・」

 心に、何も抱くことが出来ない。

 生きようとしたという感傷。

 片腕を失った恐怖と、取り戻した事実に、思考が止まっていた。

 あんなにも泣いてた、あんなにも願っていたのに。

 頬に触れず立ち上がった。

 冷たく、皺を誤魔化すために伸ばした靴下、

 紐がほどけた靴を履く。

 外を出た瞬間に、彼女は言葉を発した。

 「私が死のうと思ったのは」

 口ずさむ様に、前の自分に襲い掛かる光景と向き合う。

 激しい異常代謝によってボロボロになった顔をした人達。

 そして笑い、獲物を視るような視線。

 「・・・・・・」

 皆驚き、すれ違った。

 ああ、自分も、同じく化け物になったのだと。

 彼らと同じ様に、暴食を赦された。

 彼女は自分の悲鳴を脳裏で再生させてしまった。

 そして、虚ろな目が、大きく見開いた。

 すれ違い続けた者達の影を追った。

 多くの悲鳴を聞いた。

 不完全変態の虫の顔をした子供の長い六本脚を引きちぎり、

 蠅の様な複眼の女の、一つ一つ線をなぞりながら斬ってみた。

 獣人の巣を燃やした。

 ガソリンをばらまいて、体毛は簡単に発火した。

 一番美味しかったのは、心臓だった。

 『悪趣味だな』

 『人間の皮をしても化け物には変わらないのか』

 『酷い、酷い、どうして』

 『これが人間のすることなのか』

 彼女が殺し、喰らった者達の声。

 他人の不幸は蜜の味、という言葉を思い出し、いいや違うと否定する。

 憎い存在の断末魔は、彼女の空虚さを埋める生き甲斐だった。

 同族を殺し続ける中、瓦礫の鉄材から簡単に刃物を作れるようになった。

 過激さは増した。

 山や森に流れる水よりも、壊れた給水道によって出来た小川が清潔だとは皮肉なもので、

 血に染まった学生服と共に、大きな水道管から流れる滝へ飛び込む。

 力を抜けば、自ずと水面へと浮かんだ。

 深紅に染まった髪が、白みの強いプラチナブロンドへと戻っていく。

 浮かびながら仰向けでみる空は、穢れない蒼。

 太陽は大きく見え、光は眩しすぎた。

 そして、汚染により羽を変色させた小鳥が、飛んでいる。

 「・・・・・・」

 何かを呟こうとするも、浮かばない。

 浅い場所で立ち上がり、もう一度見上げた。

 太ももがまだ川に浸かって冷たさを感じながらも、ようやく答えをだす。

 



 ---ああ、どうして、また、人間になることを選んだのだろう。




 人である者とすれ違う事はなく、こうして化け物になっても否定される矛盾。


 俯く彼女。



 「・・・・・・」



 彼女は涙を流した。

 もう己は、独りなのだと。

 誰にも理解されず、誰かを理解することも出来ぬほどに、

 衝動に包まれた。

 たった一人の、人間の姿をした化け物。

 水面に映る、少女の顔はどこまでも虚ろで、

 涙で潤んだその瞬間だけが、皮肉なまでに綺麗だった。



 彼女は変わらなかった。

 変わらず、刃物を作り続け、化け物を殺し、食った。

 巣があれば燃やし、卵も燃やし、

 母となる化け物の腹を引き裂いた。

 男達はまず皮膚を丸々むいてから、骨や牙、爪、眼球を丁寧に取り除き。



 XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX。

 XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX、XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX。

 XXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXXX。XXXXXXXXXXXXXXX。



 そして、出会う。

 洗練された刃物を地に落とすほどの、一目惚れだった。



 ******






 ******




 「5年くらい、貴方の眠りを見守っていた」

 年齢不明の少女の言葉に黒龍は疑った。

 『・・・・・・どうして起こさなかった』

 「眠りの邪魔をしたくなかった」

 『ああ、人間のまま、永遠に寝ても良かっただろうな』

 「貴方は人間だった頃が愛おしいの?」

 『・・・・・・それが当たり前なんじゃないだろうか』

 「そう」

 彼女の静かで冷たい顔、それが僅かに緩んだ事に、

 黒龍はこの感傷のおかしさを理解した。

 『俺は人の為に戦っていた、記憶が確かならばな』

 女の曇った瞳をみながら、首を起こす。

 『ここに墜落した激しい痛みや、息苦しさの中で、俺は自分を疑った』

 そして瞳をそらし、少し考え、説明を補足する。

 『ああ・・・・・・、特殊な戦闘機のパイロットだったんだよ』

 再度、こちらを見上げる彼女を見詰める。

 『誰かに謝罪しながら、暗く冷たくなっていく身体を恥じた』

 「・・・・・・」

 『どうして、目を覚ましてしまったんだろうな』

 人類の敵に負けてしまったこと、変わってしまったこと、

 この姿のまま安眠出来たことを認識するだけで理解出来る。

 『それで、君は俺を何故探していた』

 彼女が、己を探し求めていた理由をまだ彼は把握していない。

 『俺の眠りを妨げず、数年も待っていたことも、まだ理解出来ない』

 無意識に、睨んでいた。

 「・・・・・・一目惚れよ」

 一言目。

 『はあ・・・・・・?』

 黒龍は気の抜けた声を出す。

 「貴方の寝顔、寝言、全て、・・・・・・・・・人の様だった」

 彼女は途中、声の調子を変えて、告げた。

 『!?』

 寝顔、そして寝言という聞き捨てならないワードが出てくる。

 「《セラ》・・・・・・、そして、《僕》って」

 黒龍は苦虫を噛みつぶした様な顔をする。

 『《回り灯籠》を知ってるのか?ガキだった頃や、初恋を巡る現象のことだ』

 言い返す。

 「貴方を切り殺す前に、その寝言で手が止まった」

 『・・・・・・』

 何を返せば良いのか分からなくなる黒龍。

 「初めての気持ちだった。貴方の様な存在に、出会えた事が、こんなにも・・・・・・」

 そして彼女は、黒龍の身体にゆっくりと触れる。




 ******






 ******



 『首元を撫でると、貴方の瞼がピクピクって動いたことがあった』


 『暖かい貴方の横で、夜を明かした事もある』


 『私の名はジーク』


 『貴方の様な人に殺されるなら、それでも良い』


 こうして共に過ごし、会話をする中で、

 ジークと名乗る彼女は、己を化け物とみるのと同時に、

 人であるとも考えていることを黒龍アヴラムは知った。  


 『俺の名はアヴラム』

 彼は自らそう名乗った。

 『アヴラム、それが貴方の人間だった時の名前?』

 彼女は人間という単語に拘るのだなと察しながら、黒龍は本音を語った。

 『違うな、人間だった頃の俺の名前は、口に出すほどの恥ずかしい呪われた名前で』

 神に祝福された名前が欲しい願望があった故の命名。

 『こんな世の中でも神を信じるの?』

 彼女の言葉に神経質になるような人間はもういない。

 『それはごもっともな意見だな』

 



 「・・・・・・」




 空を飛ぶ黒龍アヴラムの背に乗るジークがしっとりと口ずさむ、深みのある歌。

 詞の意味を理解出来ない程、彼も教養が無い訳ではない。



 「・・・・・・行くよ、アヴラム」

 『ああ・・・・・・』


 彼がまもなく到着することを告げる前に、彼女の声が変わった。

 魑魅魍魎の街が、焦土と化す前の出来事だった。






初稿 2018/05/06 04:02

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