《約束された再開》
《約束された再開》
******
人が人ではなくなること。
不治の病は、一度発症すれば、戻ることは出来ず。
足掻こうとも、ただ末期を遅らせるだけ。
ある者は発症した部位を原始的な医学で《切除》したり、
自ら、過ちを犯したり、多くの悲劇が、報われぬまま、戦いは続いた。
巨大な医療施設の病室。
窓は無く、空調も一定の温度を保つように制御されていた。
安静な状態にされた少年少女達。
高額な抗体によって、侵食を抑えることが出来た実験体として管理されている。
皆、感情を失っていた。
始めは喜怒哀楽を見せた者達も、
日々の検査や投薬によって、心を閉ざしていく。
見舞いに来るのは、病に一定の免疫、耐性を持った人達だった。
皆、児童達をみて、どこかほっとした顔をし、
帰り際になれば冷たい顔になる。
その変化に気付く子供達はどれだけいただろうか。
定期的な会話だった。
話を盗み聞きなどをすれば、
彼らは何かと戦っていることを頭の良い子は知る。
誰と戦うのか、モニターに日々映し出される映像の様にか。
国によって、子供達を親はどう教育させるのかに違った傾向がある。
子供は知識や理性を持ち合わせていないから、
教養を身につける為に、何を教えるか、何を鑑賞させるのか、それは親が決めること。
またある国では、子供は純粋無垢であり、正義で。
彼らが望むものが、第一に正しく、彼らが疑うことには必ず真実が隠されている。
だからこそ、子供達にお小遣いを与え、子供達が何を選ぶのか、見守る。
この病室の子供達は、どうなのか。
子供達自身、退屈そうな顔や、少し暗い顔をしてるだけで、疑うことは希だった。
病室の端末に送られるデータで読み書きや計算を学ぶものもいれば、
それをサボるものもいる。
栄養バランスと、消化吸収を考えられた流動食を軸に、
魚と野菜が毎日大きさの狂いなく献立として運ばれる。
皆、不思議とその食事を残さなかった。
その食事が美味しいのも理由にあるのだろう。
やせ細った皆は、毎日毎日、必ず一回、食事を行うのだった。
******
《少年》に、一通の手紙が送られた。
兄とも呼べた、相手からだ。
『僕達が戦っていることを、君は、多分知っているのだろう』
少年は、乾いた心の中で、何かが、震えていた。
『これが、最後になる』
理解が追いつかない、きっと、その途切れ途切れの文章は、迷いの証だ。
『でも、僕達は、君達に最後まで生きて欲しい』
静かな思考に、否定の言葉が、浮かんだ。
『君達が胸を張って生きられるように、僕達は戦う』
彼が本当に欲しかったのは、そこにあったのに。
少年は、飛び出した。
色素の薄い肌を晒した薄着のまま、走り、長い髪が前を覆う。
職員に抑えられ、抵抗しようとも敵わない。
焦燥、息切れ、敗北感、理性を失い、呻く。
そして、施設は、決戦の爆炎に飲まれる。
******
多くの幻影の声。
心臓から、身体の内側から、《少年だったもの》を揺さぶり起こそうとする。
雑音が頭の真上から響き、
樹脂をとかしたような不快な臭いが、寝起きの頭痛をより悪くさせた。
身体がずしっと、重く、違和感を拭えない。
起き上がろうと力をいれた瞬間。
少年だった存在は、自分の変わり様に気付かされ、
薄着の中、寒さに震えていた。
崩落した施設の残骸を見渡せば、誰の気配もなく。
異形となってしまった少年の心は酷く蝕まれていった。
******
******
『大丈夫、父さん、母さん。数ヶ月後の便で来れるんでしょう?』
少女は親族と一時の別れを迎えていた。
『私、向こうでも頑張るから、うん・・・・・・。うん』
彼女は留学するのだ。
成績が認められ、各国よりも安全な極東に今日、旅立つ。
『だから、大丈夫だって・・・・・・、ちゃんと会話出来るから』
送られて来た特別なパスはセントラルシティのステーションから扱うことが出来。
見送りはここまでという、残酷な仕様。
注意のアナウンスが鳴った。
『あっ・・・・・・』
狭い扉が閉まった。
窓越しで手を振りながら、加速していく列車と、走り出す父。
『・・・・・・』
唇を固く閉じながらも、声が漏れそうだった。
窓から両親の姿が見えなくなった途端。
彼女は席に座り、俯いたまま、涙を流す。
特急の列車から空港近くの駅に降り、
そのまま空港に向かい、手続きを始めると、
『---さんですね』
スタッフの青年が声をかけてきた。
案内の女性に詳しく説明され、そのスタッフに同伴し。
一番奥のゲートから、小型のジェット機に搭乗する。
席に座ると、スタッフの指示に従い、用具の着用と、シートベルトの確認を行う。
『少々お待ち下さい』
彼がそう言って奥の部屋に向かう数分後、
パイロットスーツに着替えた状態の彼が再び現れ、
コックピットの席へ座る。
『ご心配なさらず、必ず、私が送り届けます』
迷い無い声での言葉だった。
『余計な発言は慎んでください』
パイロットの一言を指摘する、女性寄りな機械声。
そこから、駆動音と鉄翼の風を切る音が、彼女の耳を、支配していく。
目の前のフロントガラスから見える蒼い空を視ながら、
少女は心の奥底で、故郷へ最後の別れを告げるのだった。
初投 2018/06/28




