007_冒険者ケイトリン
栗毛に赤味の強い茶色の目。服装は【リンダ】と同じくソフトレザーアーマー一式。
ソフトレザーアーマーっていうと物々しい感じだけれど、要は普通の革製の服なんだよね。ジャケットって意味合いなら、ただの革ジャンだし。
リンダは留置所で死亡。ついでに兵士共も軒並み死亡。そしていまの私はケイトことケイトリンである。ちょっと欲望の箍を魔法で外してやったら、急に殺し合いをはじめたのはなんだったんだろ? リンダの容姿はいかにも普通だったのに、そこまで執着するものだったのかな。
まぁ、「他の奴に取られるくらいなら!」って感じで刺されたけど。『変わり身』が。
ふふふ、ということで、死体も置いてきたから完璧なのだ。入都記録も、あそこから逃亡する際に書き記してきたし。
いやぁ、同じ日に乗合馬車が入って来ていて助かったね。人数がひとり増えたことになっているけど、乗っていた人に他に誰がいたかなんて聞いて回るなんてことはしないだろうし。
だからこうして堂々と町を歩けるっていうものだ。
変装している理由? そんなもん、目立つからだ。まずこの世界、黒髪黒目っていうのがかなりのレアなんだ。それこそ数パーセントしかいない金髪以上にレアというね。それこそ地球でいえばストロベリーブロンド並だ。
そもそも、こっちの人類ってコーカソイド系の顔立ちの人しかいないみたいなんだ。そんなところにモンゴロイド系の日本人顔がウロつこうものなら、もう珍獣レベルだよ
なので、こうして村娘Aと云わんばかりの容姿に化けている。尚、不測の事態に備えて、これまで始末してきた盗賊とかで女性で背格好が私と似ている死体はストックしてある。だからリンダの死体だって用意できたわけだ。
女性の盗賊がそんなにいるのかって? 結構いるんだよ。正確には、盗賊も生業としている傭兵団とかね。一度、盗賊というか、山賊兼傭兵団という女性ばっかりの一団と遭遇したりしたしね。賞金首になっていない死体はストック決定だよ。
悪趣味と云うなかれ。今回みたいな時には便利なんだよ。
人非人? あー、そうかもしれないね。でも倫理観をいじられているせいか、悪いことって気が欠片もないんだよね。殺人の時には結構罪悪感みたいなのは残っていたんだけれど、死体をどうこうっていうのはね。
まぁ、平気で人を殺して金品を奪っているような連中だし、死体をどうこうすることに思うところなんてないしね。賞金首でもなけりゃ放置されるようなもんだし。せいぜい、食べちゃいけない肉ってだけだ。
さてと、お腹も空いているし、どっかで朝ごはんといきたいんだけれど……屋台とか出てないかな? 時間が早いかな?
適当にフラフラと、でも細い道には決して入らず、馬車も通るような広い道だけを選んで歩く。
やがて広場にでた。円形の広場で、多くの露店が並んでいた。
露店と云うか、のみの市の朝市版って感じかな? 野菜を売ってるおばあちゃんがたくさんだよ。そして時々肉を売ってるおっちゃん。
普通のジビエじゃなくて、魔獣の肉とか売ってるといいんだけど。そしたら適当に買ってくんだけどな。
……ん? なぜ魔獣のほうがいいのかって?
では魔獣の定義ってやつをちょっと説明しよう。
魔獣というのは、魔力を受けて変異した動物のこと。元動物、だね。
ちなみに魔物は魔力溜まりから発生した怪異。いわゆる妖怪みたいなもので、どちらかというと生物の姿を模したナニカだ。
で、魔獣は動物と違って魔力を異常に纏っている。それがいいんだよ。
なにがいいかというと、寄生虫問題。いや、普通の野生動物って寄生虫だらけでね。焼けば問題ないといっても、切った肉が寄生虫だらけっていうのが目に見えているのを、焼いて食べたいと思う?
『どうですこの霜降り? 最高でしょう。生で食べたいほどだ。だがこの霜降り、寄生虫だ!』
……ははは。怖ぇー。実際、田舎で鹿狩りしてるおじさんに見せてもらったからね。おじさん、いきなり敬語で喋り出すからなにごとかと思ったんだ。
じゃあ、魔獣はどうなのか? 魔獣はその魔力の高さゆえか、寄生虫がいないんだよね。寄生しても魔力で焼かれるみたいでね。
だから安心して食べるのならだんぜん魔獣の肉だ。
寄生虫、怖いからね。線虫とか洒落にならないからね。特にナメクジとかカタツムリから感染? する奴。脳に寄生するとか聞くとさすがにね。そういや、生の豚肉から寄生虫に感染すると、鏡を見れなくなるんだっけ? いや、瞳の部分に寄生虫がウネウネしているのが、鏡で見えるって聞いてね……。
露店を見ながら進み、なんとなく気になった串焼きの露店の前で足を止めた。
「おっちゃん、この肉はなんの肉かな?」
「お、嬢ちゃん、気になるかい?」
「なんかひと切れがでかいからね」
「こいつはゴーゴンの肉だ」
ゴーゴン。地球だと、見た者を石にする視線を持つひとつ目の……牛? そんな感じの神話上の獣だ。
こっちだと、猪頭の牛だ。あ、ひとつ目なのは一緒。もちろん、魔獣の一種だけれど、石化能力なんてものはない。やたらと狂暴な雑食性の猛獣だ。
「おー。腕のいい狩人がいるんだね。2本頂戴な」
「あいよ。銀1だ」
「……さすが魔獣肉。ちょっとお高い」
ごそごそとベルトのミニポーチから銀貨を取り出す。
「あー、魔獣肉だから高いってわけじゃねぇんだ、嬢ちゃん」
「あれ、そうなの? 前に王都にいたんだけど、そこじゃこんな感じだったよ」
「王都とここを一緒にするない。王都あたりじゃ魔獣なんかおらんからな。高いのは当たり前だ」
「あぁ、そりゃそうか。んじゃなんで高くなってんの?」
私は受け取った串肉にかぶりついた。
「ちょっと前まで税金だのなんだのが酷くってなぁ。おまけに近頃は物騒にもなってきたから、仕方ねぇかと思ってたんだが……」
ごくりと肉を飲み込む。
「なんてことはねぇ、執政官の野郎が勝手に税金上げて私腹を肥やしてやがったんだよ」
「うわぁ……。ってか、よく不正なんてできたね。そんなもん、町の状況とか査察官が見れば一発でバレるでしょうに」
「おう、バレた」
バレたんだ。
「で、クロ―ディア様……あー、領主様の妹様だな。元近衛で王妃様付きの女傑が先月赴任されたんだ」
「なんか凄い人が送り込まれて来たね。それじゃ、その執政官は取っ捕まったんだ」
「いんや、夜逃げしやがった。確か、公爵家寄子の子爵家当主の弟だかだったか? やらかしたおかげでお家がお取り潰しになって財産没収。でもってヤツは首に賞金が掛けられたな。
それと、不正に取り上げられた税は返還するとお達しがあったから、時機にこの値段も落ち着けるだろ」
「あ、お金返して貰えるんだ。珍しいね」
普通は泣き寝入りさせられるもんだろうに。そのクロ―ディアさんはどんだけ人が良いんだ? いや、公爵家がある意味貴族らしくないのか。
……もしかすると、この町の位置的に、内乱じみた事とか、人がいなくなったりすると大変なことになるから苦肉の策というヤツか?
なにせここ、最前線になっちゃったしねぇ。
「というかさ」
ひとつ疑問に思ったことをおっちゃんに聞いてみた。
「なんで屋台で肉を焼いてるおっちゃんがそんなに詳しいのさ」
「……もともとは公邸で料理人をしてたんだよ。あのクソ執政官にクビにされたがな! 昔の伝手もあって、情報だけは入ってくんだよ」
えぇ……。
「雀の涙ほどの予算で、毎日毎日宮廷のパーティみたいな豪勢な食事なんて作れるかってんだ。その事を云ったらクビにしやがった。こんなことになるなら、奴にはドブネズミの丸揚げでも出してやりゃよかった」
なかなか散々な云いざまだけれど、それ、昔の日本なら神様扱いだよ。
うん。ネズミの丸揚げ。稲荷様へのお供え物だったんだよ。稲荷寿司の前身ってところね。ほら、キツネってネズミとか獲るじゃない。そこからお供え物になったんだけれど、それが――まぁ、ものがものだからね、いつからかお稲荷さんで代用することになったんだよ。見た目が似てるからって。
まぁ、この世界じゃ稲荷様はいないけどね。
「それなら、また元の職場に戻れる可能性もあるんじゃない?」
「どうだろうな。クビになってもう2年だしな。実のところ、いまの方が楽しいんだよな。まぁ、後々を考えると、屋台の親父っていうのも不味いんだけどなぁ」
「いっそのこと公爵家に料理人として雇ってもらえば? 伝手はあるんでしょ? 公爵家付き料理人じゃなくて、公爵家の私設騎士団とかの料理人とかなら問題なく就職できるんじゃないの?」
そういうとおっちゃんは目を瞬き、私は身軽になった串をアイテムボックスに放り込んだ。ゴミのポイ捨てダメ、絶対。
「あー、そっちは考えなかったな。治安維持隊も掃除されるらしいし、考えて――」
「見つけました!」
急に女性の大声が聞こえた。
なにごとかと私もおっちゃんが向けた視線の方向に向き直る。
そこには、やたらと厳つい騎士を従えた少女の姿。
……つか、一昨日見た子なんだけれど。
彼女は私の目の前に走って来たかと思うと、空いている左手を両手で握り締めてきた。もちろん、私の右手には串肉が居座っている。
「あの、人違いでは?」
なんで私に声を掛けたのか不明だ。
「人違いなどではありません。先日は危ないところを助けていただき、ありがとうございます」
……待って。なんでバレてるの? 顔なんてだしてなかったし、そもそもこの顔自体魔法で誤魔化した別人なんだけれど!?
「その特徴的なベルトを見間違えるはずがありません!」
ベルトかい! 確かにガンベルトなんて私が着けてるコレしかこの世界にはないだろうけどさ、あの状況でなんでベルトを覚えているのさ。
一番目立つのは仮面だし、他には黒づくめの恰好とか鈎爪とか、そっちに目が行って記憶に残るモノでしょうに。
ベルトにしても革ベルトは一般的だし、レッグホルダーも珍しいものではない。実際、私はそこにナイフも装備してある。腰にだって小物を入れるポーチが下がっていて、デッキクォーツホルダーなんてほぼ背中側でさして目立たないだろうに、なんでそこに注目して覚えてんのさ!?
私よりも少しばかり背の低い彼女が上目遣いに見つめて来る。
でもって、護衛と思われる強面の騎士(若造)は親の仇を見るみたいな目を向けて来る。いや、なんだよコイツ。
はぁ……。
私は肩を竦めた。
今後の面倒事を避けるためにも、一度、きちんと話をしておく必要がありそうだ。あぁ、まったく面倒な。まぁ、とりあえずそれはそれとしてだ。
「観念しますよ。ご無事でなによりです。で、どこの者とも知れぬ私に何用でしょう?」
「是非とも我が家に。命を救われておきながら、礼のひとつのしないというは公爵家の名折れ。是非とも我が家においでください」
うわぁぁぁ……。公爵家のご令嬢って、思ったよりも大物だった。なんか妙に気さくな感じだけれど。
とはいえ、貴族の面子だのを考えると、下手に断ると余計面倒なことになりそうだよね。しかたない。
「わかりました。謹んでお受けいたします。
ところで、その護衛の騎士様に、剣に手を掛けるのを止めさせて頂けると私としては安心できるのですが?」
そう云って私はニコリと微笑んだ。