030_海_2日目
海釣り2日目。
昨晩は釣り上げた1mサイズのアジみたいな魚で、みんなで宴会をしたよ。
刺身はもちろんのこと、あら汁や揚げ物などしこたま作ったよ。
……茶々さんが。
あの人凄いや。私もそれなりに料理はできるけど、さすがにあんなでかい魚を捌いたりはできないもの。TVの映像とかでは見たことあるけど、日本刀みたいな解体用の包丁の実物なんて初めて見たよ。
まぁ、当人は「7000年も生きてると、どっかの時点で暇つぶしに色んな事を極めようなんてバカなことを始めるんだよ……」と、遠い目をしてたけど。
さて、その茶々さんは地球に帰ったんだけれども、神様はまだ満足していないらしく、本日も釣り糸を水面に垂らしている。
茶々さんにさんざん嘆かれて、さすがに堪えたみたいだ。
知らないうちに人間辞めさせられてたらねぇ、さすがに嘆きたくもなるよ。なんか、茶々さんほどじゃないけど、私もそんな有様らしいし。
……私の場合は仮面の能力によるところが大きいんだけど、それを十全に扱うために散々鍛えたから、普通に一線級のアスリート並になってるらしい。
それもオールマイティな感じで。
普通、アスリートなんていう人たちは、専門の種目に特化して鍛えるものだからね。ある程度は似た方向性の種目であれば、複数専門にできるかもしれないけど。
そう考えると、確かに私はあからさまにおかしいな。多分、オリンピックのレコードホルダー並のことを、複数種目でできるぞ。
これは身体能力向上……いわゆる身体強化の魔法の副作用的なもので、私の体はそこらの人と比べるべくもなく鍛えられているのだ。
いうなれば昔の日本人並? 飛脚とか常識外れな体力と走力をもっていたっていうし。なにせ馬より上の持久力があったっていうしね。
普段の私の行動と仮面の相乗効果の成果がこれか。
そこらの兵士や騎士なんかは、やろうと思えば素のままであしらえるしなぁ、私。
引き上げた竿を確認する。餌はまだ大丈夫。状況を確認して、釣りを再開する。
となりでは神様が鰯みたいな魚を釣りあげていた。ただ、サイズが二の腕ほどもあるけれど。
30センチくらいかな?
「あー、お客さんが来たねぇ。想像していた以上に阿呆みたいだ」
はい?
「神様、お客って……ここ、海のど真ん中ですよ。陸地まで数十キロはあると思いますけど」
「そだねー。だから海の上をテクテク歩いてきているよ。ま、あれは一種の自己顕示だね。海の上を歩けた程度で、ちっとも凄くもないんだけどね」
いやいや、神様。人からしたら凄いことですよ。某教祖様がそれをして奇蹟とされているんじゃありませんでしたっけ?
「君もできるだろ?」
「変身すればできますけど。でも水の上を歩くじゃなくて、普通に飛んで誤魔化してるだけですよ」
でっかい鰯を活〆しながら、神様のほうに視線を向ける。すると神様は私の視線に気付いたのか、左方を指差した。
……遠くのほう、水平線に豆粒みたいななにかが見える。
「またえらく遠いですね」
「そうだね。とはいえ、感知されるようにこれみよがしに歩いてくるあたり、本当に阿呆だねぇ。僕のことを知った上であれだよ」
「……舐められてますね」
「いんや。あれが阿呆なだけだよ。何度もいうけど」
「まさかと思いますけど、神様を神様と認識していないとか?」
「そ。多分、野良の“這いずるモノ”とでも思ってるんじゃないかな。9匹目の」
うわぁ、そいつは確かに阿呆だ。現実を理解できていない。
「ってことは、神様にくっついている私は天使級ってところですか」
「だろうねぇ。そこらの天使なんぞあしらえるくらい強いんだけどねぇ。それすらも分かっていないんだよ。マウラがどうやって始末されたか、監視していなかったんだろうねぇ。【落ちる天空】の魔法の報告くらい受けているだろうに。それだけでも侮るわけにはいかないと理解できるはずだろうにね」
そういや使ったなぁ。あの時助けた女騎士、なんかお嬢様を裏切って【支配】に降ったらしいし。話ぐらい聞いているだろうに。
いや、聞かなかったのか? だとしたらもう、色々とダメな指導者じゃないかな? 情報は宝だよ。
「戦闘になりますかね?」
「向こうはそう思っていないだろうね」
「話し合いができると思ってるんでしょうか?」
「いんや。害虫をプチっと潰すくらいの気持でいるんだよ。僕たちはあえなくプチっと潰されるだけの哀れな虫けらなんだろうさ。変身しときな。偉ぶって演説した後に、ズドン! と来るだろうから」
私は慌てて使う結晶の吟味を始めた。
場所は海上。一応足場となる場所はあるものの、広さを考えるとアテにしないほうがいい。
となると、水上歩行が可能か、或いは飛行可能な変身を選ばなくてはならない。
【水竜】は……作りはしたけれど、アレ、使いもんになんないんだよなぁ。水中戦闘中心だから、水上戦闘は残念もいいところなんだよ。
となると、飛行できるモノで、神モドキに対抗できそうなもの。
【不死鳥】一択じゃん。ここなら全力ブッパしても影響は殆どないだろうし。
私はエプロンを脱いでアイテムボックスに放り込むと、左手のバングルを額に当てた。
かくて、私は古代巫女の衣装に身を包んだ炎の化身と変化した。
そして十数分後、奴はやってきた。その傲慢な雰囲気を撒き散らしながら。
「こんにちは。釣れてますか?」
「んー……ぼちぼちかなぁ」
云いながら神様は竿を勢いよく上げる。釣りあげられた鰯モドキ? が宙に跳ね上げられ、ぷつんと針から飛ばされて私に向かって飛んでくる。
いやいやいや、ちょっと止めてくださいよ!
私は慌てて左手を上げて鰯に触れると、そのままアイテムボックスに放り込んだ。
その様子を【支配】が無機質な表情で観察している。
やたらとキチッとした恰好の青年だ。もし纏っている衣装が高級感あふれるスーツなんかだったら、どこぞの御曹司といえる。まぁ、公爵令息であるのだから当然か。もし適度に着崩していたなら、どこのホストだと思っただろうけど。
「それでどんな用だい? こんな場所まで散歩ってわけでもないだろう? ここ、到達不能極だよ」
聞き慣れない、というより聞いたことのない言葉だったのだろう。【支配】は眉をひそめた。
到達不能極なんて、この世界じゃ概念すらないだろうし。なにせ世界地図すらできていないからねぇ。一応、活動拠点としている場所が最大大陸だけど、他所の大陸ふたつとは交流すらないし。
「あなた方は私の部下を殺害したでしょう?」
あ、無視した。……分からなかったんだな。
「んー。マウラって天使級のことかい? さきに手を出したのはそっちだろう?」
「いえ。そこの娘が我々の拠点を襲撃したことが先です。それもひとつではありません」
「生憎だけど、犯罪者の制圧することはあの国の法に触れることではないよ。保証だ賠償だと騒ぐのなら、それはお門違いというものだよ、ルーサー」
「ほう。それが――」
「あぁ、そうだ」
神様が【支配】を遮って言葉を続ける。
「ルーサーって、僕らの世界だと“負け犬”って意味だっけね。ははは。まさに今の状況は“負け犬の遠吠え”ってわけだ」
「いや、それはルーザーでしょうよ」
私は思わず神様に突っ込みを入れ――
ボッ!
爆発が起きた。
私は吹き飛ばされ、フロートから数十メートル離れた上空に浮いていた。全身が異常に傷む。
【不死鳥】じゃなければ確実にいまので死亡だ。
フロートは酷く抉れ、神様の姿は見えない。
そして【支配】は、その単性な顔を歪ませて私を睨みつけていた。
骨格的に微妙におかしく見えるな。雑魚や天使級は乗っ取った生物から逸脱できなかったみたいだけど、神級はそうでもないみたいだ。
ってことは、乗っ取った生物をベースに、自在に変化できるってことかな? 厄介だなぁ。
ばつん!
右腕に衝撃が走った。
途端に体のバランスが崩れる。
……おぅ、右腕をもってかれた。いくら【不死鳥】といっても、変身して模倣しただけの紛いものだ。幾らでも死や怪我を無かったかのように再生することなんてできやしない。魔力が尽きたらそこで終わりだ。
「こっちの攻撃がどれだけ通りますかね」
試しなんてしない。後先も考えない。格は明らかに向こうが上。ならば全力での短期決戦しかない。
くっそ、ここが海上じゃなければ、【雷竜】か【炎竜】を使えたのに。
右腕を再生しつつ炎を【支配に】向け撃つ。
ぬぅ、避けもしやがらねぇ。
炎が【支配】を覆い隠すように突き抜け、海面に巨大な水柱を上げる。
周囲に熱湯が降り注ぐ中、【支配】は健在だった。
全身を、まるで鏡のような金属質の姿で。
その姿は昔見た映画の、液体金属でできたアンドロイドのようだ。
「姿を変質させて防御ってところ? つか、いまの炎、私の出せる、ほぼ最大の熱量だったんだけど」
変化させるのが精一杯ってことか。まいったな、これ。どう頑張っても勝てないぞ。8体の神級の中で弱い部類の【支配】でこれか。
無理矢理限界以上に
熱量を上げて、レーザーみたいに使ってみようか? それならまともにダメージは入るだろう。
……入るだろうけど、すぐに修復されて無かったことにされるのが目に見えるな。“這いずるモノども”は、基本、一気に跡形も無く焼滅させるものだからね。
そうしないと、周囲の、空気中にある魔力を吸収してすぐさま再生する。
雑魚ならある程度焼いて削れば死ぬらしいんだけどねぇ。
私は【首刈兎】の【即死斬撃】で仕留めただけだからなぁ。
あれに【即死】効くかな? まぁ、ここじゃ試せないんだけど。
【支配】の鏡面のようになっていた表面が、もとの人のように戻る。
その端正な顔に厭らしい笑みが浮かんだ。
まぁ、なんとかあがいてみよう。




