003_選ぶのは“殲滅”
あー、畜生。忍者の石を無駄遣いしちゃったじゃんかよ。
ゲームだのアニメ、ドラマなんかだと忍者は馬鹿みたいに強く描かれているけれど、実際は弱い……というか、戦闘職じゃないからね。
あくまでも情報取集とか、欺瞞工作とかが仕事だからね。要はスパイだよスパイ。はっきり言って真正面からの殴り合いだと弱っちいのよ。
まぁ、今は忍ばない忍者ともいえる【N・I・N・J・A】、即ちアメリカ忍者だから、それなりに強くはあるけどさ。
本当、なんで鉢合わせしちゃうかなぁ。なんでこんな時間に帰って来るんだよ。普通、夕方だろう。
……全力ダッシュで逃げたらワンチャンあるかな?
偉そうなおっさん、メイド、ゴブリンが、ひー、ふー、みー……40匹くらいか。
あー、面倒臭いー。
くっそ、本当、この半端にお人好しな自分の性格を呪いたくなるな。
ここで逃げたら、きっとあのふたりが大変なことになるなんて思うとなぁ。
少しばかり苛々としながら、多勢相手にどの石を使うべきか真剣に悩み始める。
メイドがスッ……と右手を挙げた。それに合わせてゴブリン共が周囲に展開し、偉そうなおっさんが後ろ手の綺麗な姿勢のままメイドの前に立った。
ふむ。リーダーはあのメイドか。実働部隊の指揮官ってことか。あのお嬢さん、どのくらいの地位のお嬢さんか知らないけれど、お家の方は大丈夫なのかねぇ。
多分あのメイド、敵対側の幹部の一歩手前くらいの地位にいると見たよ。
しょーがねぇ、殲滅すっか。
私は右1番目の石を取り出し、ピンと弾きあげる。
クルクルと円柱状の銀色の石が私の目の前に回転しながら上がる。
一歩踏み出し、走り始める。石が仮面の額に当たる。
「変身」
《Change Cavalier King Charles Spaniel》
《become Knight Lord》
《mode Smash》
大幅に私の姿が変わる。
わんこ仮面の女騎士。上半身はガチガチの銀色のプレートメイル。脚部もそうだが、腰部はちがう。金属糸で編まれたスカートに金属板を貼り付けたものだ。そして頭部は兜ではなく、小冠となっている。いわゆるドレスアーマーと呼ばれるフィクション御用達の鎧だ。尚、もちろん、犬耳付き。
キャバリア・キング・チャールズ・スパニエルは小型犬だ。故に、なんで騎士なんだよ! と思われるかもしれないが、キャバリアの意味が騎士なんだよ。
それだけの理由で、この騎士王モードでの仮面に採用した!
右手にフィランギ、左手にはソードブレイカーの直刀と短刀の二刀だ。
なんで西洋騎士風でインド刀剣なんて振り回しているのかって? そんなもん趣味だ!
まずはゴブリン共を蹴散らすか。
真っすぐ走っていたのを軌道修正して左端へ突き進む。
集まっているゴブリン共は、いかにもなゴブリンスタイル。腰布に粗末な武器。棍棒ではなくショートソード、或いは大振りの短剣を手にしている。どれもこれも粗悪品というか、使いこまれ過ぎて刃毀れの酷い代物だ。
囲まれないように立ち回り、首を刎ねて周る。
首置いてけーってね。
ちらりとメイドに視線を向ける。
メイドは驚いたような表情を張り付かせていた。
まぁ、そりゃそうだろう。重装の人間が軽戦士みたいな戦い方をしてりゃあね。
ゴブリンの側頭部にソードブレイカーを突き刺し、足で蹴り飛ばして頭蓋に引っ掛かったそれを無理矢理引き抜く。
ソードブレイカーはその名の通り、剣をへし折るための短剣だ。背の部分がノコギリ状になっており、そこで相手の剣を噛んで、てこの原理でクイっと捻る? ことで剣を折るというもの。とはいっても、主に対細剣用だと思う。
さすがに数が多いな。端から囲まれないように立ち回っているせいもあって、思ったほどサクサクと数を減らせない。
あ、おっさんが追いつい――え?
その男は白目を向いて呻くような声をあげたかと思うと、弾けた。
上半身が破裂し、周囲に血肉を撒き散らし、中からそれが現れた。
赤く血濡れた人型のモノ。爬虫人? いや、違うな、爬虫人のミイラ?
いやいやいやいや、なにアレ!? ちょっとグロいんだけど!? 弾けた皮膚が腰のあたりからスカートみたいにデロンとしてて。
これで四つん這いだったら、某ゴシックファンタジーに登場したボスキャラなんだけど!!
ブンッ!
いきなり爬虫人が飛び掛か様に右腕を振り下ろしてきた。
掠めた際の腕の速度と風切り音が明らかにおかしい。
まともに喰らったら、骨折必至、へたしたら腕とかが脱落するんじゃないか!?
つか、ゴブリン共邪魔だ!
「【放つ衝撃】」
私を中心として衝撃波が撒き散らされる。それを受けたゴブリン共はゴロゴロと転倒し転がって行く。
爬虫人は両腕を前面に交差させ、その場で何とか耐えていた。
良し、次。
「【墜ちる天空》】」
次なる魔法を放つ。【墜ちる空】は、いわゆるダウンバースト現象だ。ただ、それよりも局地的で威力は大きいけど。
直立状態で喰らうと、足首や膝関節が耐えられなくて弾けるほどの威力がある。うん。折れるじゃなく弾ける。グシャっと潰れて、皮膚が裂けて酷いことになるんだ。
よし、ゴブリン全滅。全員潰れた。
立っているのはメイドと元おっさんの化け物。
「魔法……だと?」
耳障りな声で爬虫人が声を出した。
「なにを驚いている? ロードなら【奇跡】を使えて当たり前だろうに」
常識よ常識。ロードは【奇跡】。サムライは【魔法】ってね。
まぁ、いまの私はそんなもの関係なく【魔法】を使ってんだけどさ。
「さて、雑魚は片付いたし、本番といこうか。そっちのメイドは見てるだけでいいのかな?」
一歩も動かず、ずっと向こうで突っ立っているメイドに問う。メイドはと云うと、藪睨むように私を見ているだけだ。
多分、あれも人間じゃないよなぁ。あ、もしかすると、さっきふん縛ったふたりも人外かも知れない。大丈夫かな? まぁ、しっかり縛っておいたから、問題ないと思おう。いまはこっちだ。
爬虫人が急に突っ込んできた。慌てて横っ飛びに避ける。
ソードブレイカーを後ろ腰の鞘にしまう。
「【光の刃】」
爬虫類の攻撃を躱しつつ、フィランギの刀身に指をつっと這わせて奇跡を付与する。聖なる力を追加ってことだけれど、事実は多分違う。とにかくダメージが追加されるから便利な代物だ。
そんないい加減な理解でいいのかって? いーんだよ!!
左手を真横に突き出してアイテムボックスに突っ込み、カイトシールドを引っ張り出す。王冠を讃えた犬の紋章が彫られたカイトシールド。
ぶんぶんと振り回される腕を盾で受ける。ガンッ! ゴスッ! とかなりの衝撃か左腕に掛かる。おまけに回転が早くて攻撃を差し込めない。
あのゲームのボスみたいに、飛び散る体液が毒じゃないことが幸いだな。
振り下ろされた大振りの一撃をいなす。モードが【Parry】でもないのに成功したのは、まさに奇跡だ。
身体が流れ、できた隙に斬撃を叩き込む。
……あれ? なんだかバヂッ! とか、バンッ! とか、明らかに斬る音としてはおかしなのが聞こえるんだけれど?
フィランギの一撃が効いているのか、これまでの高速の連続攻撃がすっかり息を潜め、爬虫人は防戦一方となった。
そして私が斬りつける度に起こる変な音。これ、明らかにエンチャントが異常な効果を出しているよね? いわゆる特攻状態だ。
【奇跡】エンチャが効いてる? 聖なるものが特攻になるものといったら……。
「まさかと思うけど、悪魔かあんた」
「そんなモノと一緒にするな」
「知ってるよ、神様の出来損ない」
自身に【祝福】、いわゆるバフ奇跡を掛け、爬虫人を蹴り飛ばし、やや距離を取る。そして――
「【衝波】」
指向性の衝撃波を撃ち込み、爬虫人を更に吹き飛ばした。
神様の出来損ない。即ち【這いずるモノども】などとも呼ばれる、世界を産みだした――エネルギー? のプールに住まう生命体のようなものだ。
世界が生み出される際に、そこに混じり、全ての生命の元となるモノだ。
そして、一部の最初から知性ある無垢にして無邪気、故に残虐なるモノ、それが恐らくはいま目の前にいる爬虫人だ。きっと、先の姿の偉そうなおっさんに憑りついて、その身体を喰らい乗っ取ったというところだろう。
そう。かつて、公国の誰だかが世界に穴をあけてソレらを呼び出し、公国を崩壊させたモノ共だ。
この世界の神が手に負えず、現実逃避するかのように公国を隔離して放置していたモノが、ついに外に出てきたってところだろう。
まったくふざけた話だ。ちゃんと始末しろってんだ。だから地球の神様が面白がって私と一緒になってここを遊び場にするなんてことになるんだ!
「【光 破】」
吹き飛ばされ、転倒している爬虫人に剣を向けて、極太レーザーのような光線を撃つ。
哀れ、爬虫人は光に焼かれ、消滅した。
……なんか、特撮モノの怪人みたいな死に方したな。爆発はしなかったけれど。
さて、あとはメイドか。
いままで静観していたメイドに視線を向ける。
メイドはまるでどこぞのホラー映画の幽霊よろしく、俯き加減で、僅かながらに首を傾いだ姿勢で髪間からそのぎょろりとした目を覗かせていた。
盾を構え、剣の構えを降ろした状態でメイドに向かって進む。
さて、これまで動かなかったコイツは得体が知れ――
殺気を感じ、私は慌てて跳び退った。
直後、いましがた私のいたところに剣が振り下ろされた。
私に斬りかかって来たモノ。それはさっき助けた護衛の女。装備を身に着け、すっかり騎士らしくなった女は、私が倒した騎士の振っていた大剣を手にしていた。
女騎士は私を追うように再度斬りかかって来た。
振り下ろしを避け、その切り返しを盾で受け弾く。
バックステップで間合いを取り、女騎士を睨みつける。
「……おい、どういう了見だ?」
「それはこっちの台詞だ。マウラをどうするつもりだ?」
「さっき私が云ったことを忘れたのか?」
女騎士は問答無用と云わんばかりに斬りかかってきた。
なんなんだコイツ。もしかしてレズビアンで、あのメイドと出来てたりしたのか?
そもそも、一緒に捕まっていたのにひとりだけ自由に動いているって時点で怪しさ満点だろう!
剣を弾き、女騎士の腹に蹴りを入れて転倒させる。
ここでコイツを殺す選択肢は却下だ。折角助けてやったというのに無駄になる。それはそれで腹立たしい。
私は尻餅をついた女騎士を見下ろし、吐き捨てるように云ってやった。
「……馬鹿が。貴様は二度と助けん。覚えておけ」
興覚めだ。やってられるか。殺されるなら勝手に殺されてしまえ。
「【閃光の衝撃】」
スタングレネードを再現した魔法を発動。凄まじい破裂音と閃光が発せられ、3人の動きが止まる。
確か、生物としての機能だか欠陥だかで、一定量以上の光と音に晒されると、身体が硬直して動かなくなるんだっけ? 人間科学だっけ? に基づいて造られたスタングレネードを模してあるだけあって、効果は抜群だ。
私はこの隙に森の中へと逃げ込み、すぐにホーム(アイテムボックスと同様に、異空間に造られた拠点。もちろんこちらは時間停止なんてことはない)へと逃げ込んだ。
今日はこれで終わり。明日の朝になったら街道まで出て、町を目指すとしよう。
はぁ……。まったくロクでもない一日だったよ。