029_海_1日目 【番外】
海。
お天気はまさに快晴。上を見れば、真っ青なキャンパスに、わずかに白色を適当に塗ったような絵画みたいな空が広がっている。
そして下には、藍色の波が揺らめく大海原。
私と神様はまさに海のど真ん中で、はしけ船の端っこに座っている。
はしけ船。筏の親分みたいな船だ。見ようによっては、メガフロートの一枚に見えるな。このサイズだと。
私と神様が手にしている釣り竿は、いわゆる竹竿。本当に一番シンプルなものだ。なんか、大昔にお父さんといった場末の釣り堀で使ったことがあるな、これ。……さすがにリールはついていなかったけど。
竿もそうだけど、テグスもほっそい代物で、海釣りにはまるきり不向きであることは明らかだ。
まったくもって頼りない。
頼りないのだけど、神様曰く――
「絶対に切れない糸だから、巨大魚が掛かっても大丈夫」
「え、竿は?」
「もちろん折れないよ。なにせこれは、竹竿に似たなにかだからね」
……この神様の変なこだわりに突っ込むのはやめるべきかな。なにせ竹竿にリールがくっついているのだ。なんともシュールな代物であったりする。
さて、このメガフロートには私と神様以外に3人いる。
……いや、人と数えていいのかな? いやいや、深く考えるのはよそう。
先ずひとり。神様が呼ぶと云っていた茶々さんこと茶処茶苗さん。見たところ15歳前後くらいだろうか。
ふたり目。やたらと背の高いお姉さん。うん。それこそギネス級に背が高い。白のワンピに白いレースの帽子を被った清楚なお姉さん。艶っ艶の黒髪ロングが素晴らしい。素晴らしく目立つハズなんだろうけど……いや、なんというか、そのバストの主張のせいで、清楚感やらなんやらが著しく阻害されているけれど。話した感じ、純真でほんわかした雰囲気の人だ。20代前半くらいに見える。
そして最後の3人目。イケメン長身の細マッチョ。なにより特徴的なのが生え際あたりから生えている2本の角!
……鬼?
顔合わせで顔を引き攣らせていると、神様が紹介してくれた。
人、八尺様と呼ばれている怪異、鬼(茨木童子)。
いや、あの、どう反応しろと?
というか、鬼とか八尺様って実在したの? 待て、落ち着け、私。実際に目の前にいるし、神様も普通に接してるし、これが事実ってことだよね。
……。
尚、小柄な茶々さんは茨木童子に抱えられている。茶々さんが遠い目をしているように見えるのは気のせいだろうか?
でも、あれ?
「茨木童子って討伐されてませんでしたっけ?」
私が首を傾げると、茨木童子はにやりとした笑みを浮かべた。
「怪異となった時点で我らは不滅の存在といっていい。人の畏れがある限り、消えることはない」
「要は神様と一緒かなぁ。畏怖と信仰から生まれたものだから。だから茨木童子は元は女癖の悪い優男だったかもしれないけど、ここにいる茨木童子は人が恐怖から生み出した本物の鬼だよ。というか、7000年以上も私の畏れで存在を支えちゃったもんだから、なんというか、普通にイメージする鬼とは変わっちゃってるかもしれない。どちらかというと、国津神的なものかな」
「というかねぇ、さっちゃんのおかげで私たちは消えずに済んだんだぁ。だから私たちがさっちゃんを大事に大事に愛するのは当たり前なんだよ」
のほほんとした八尺様の言葉に、うんうんと頷く茨木童子。そして困ったような茶々さん。
私はゆっくりと釣りに没頭している振りをしている神様に視線を向けた。
「……神様、なにをやらかしたんです? 7000年って?」
茶々さんが神様になっちゃったっていうのは聞きましたけど。
なんで明後日の方向を見ますかね。口笛、吹けてませんよ。漫画じゃないんですから、その誤魔化し方はあり得ません。
「神様? ロール白菜はお預けです」
「僕は悪くない。つか、戻せなくなっちまったんだよ!!」
「戻せないって、私は不老不死のまんまなの!?」
茶々さんが叫んだ。いや、ほんと、何やらかしたの神様!?
えーっと、ずっと昔に茶々さん以外の全人類が異世界召喚されて、その人類すべてのサルベージに7235年掛かって、更に召喚の際に手術中とか大病を患っていた者は異世界に入ると同時に行われる身体の再構成(異世界に合わせるための体の作り直し兼検疫)にて健康体になっていたことのつじつま合わせ等々の雑事後、世界を異世界召喚が行われる直前の状態にするのに神様は頑張った。
ただし地球の時間自体は進んでいるため、地形の変化などが起きており、それらの情報操作を全人類に行った、と。昔は東京湾沖に島は――なかった?
え、龍ヶ島ってなかったの!?
いや、違う。そこは重要じゃない。
とにかく、サルベージに時間が掛かるため、本当なら地球の時間を一時凍結するハズが、茶々さんというイレギュラーが起きてしまったため凍結できなくなってしまった。
複数の召喚魔術が茶々さんに色々と悪さをしていたのが原因で、ひとり取り残されたとのことだ。そのため次善策として茶々さんを一時的に不老不死化させて、待機してもらったのこと。
この茶々さんがひとり残ったおかげで、人類消失と同時に消滅するはずだった怪異、妖怪の類は生き残れたというわけだ。もっとも、茶々さんが知っているモノに限りだけれど。
そして、神様のサルベージ作業は大変だった模様。
いちいち誘拐された直後の時間の相手方の世界に転移して、被害者を奪還、その世界の神を殺害。っていうのを、70億人分繰り返したそうだ。
召喚された人の中には、死にかけの人はもちろん、手術中の人、不治の病に侵されている人もいたものの、召喚の結果快癒、さらには若返りなんてことになっていたりするため、それらもどうにかしなくてはならないという苦行。
若返りはさすがに問題なので本来の年齢に戻したとのこと。そして健康体になった人たちは、面倒なのでそのまま。手術中であった人たちは、手術そのものを無かったことにしたようだ。
ん? ということはだよ。病院に患者がひとりもいないという状況があったということか。でもそんな話は聞いたことがないよね。時間的には私が小学校卒業くらいの話らしいけど。
あれ? ってことは、私も召喚されてた?
「あー、うん。そうだね。君は2度目だよ。君は召喚先で最速でやることやって、でもってやらかしてた」
「あー……」
「あいつら、死ぬより酷ぇやって有様だったな」
「あー……。まぁ、私ですしねぇ」
「だから君の場合は召喚直後ではなく、君がやらかした直後にサルベージしたよ。ま、連中は目的を果たせたんだし、文句はないだろ。国家がいくつかと、宗教が崩壊しただけだ」
……えぇ。なにやらかしたの、私。
「ま、君のやらかしは可愛いものだよ。茶々は世界をひとつ崩壊させたし」
「はい? 私、そんな大それたことしてませんよ。というか、召喚なんてされてませんし」
「やったのは君のお仲間」
神様がそういうと、茶々さんは八尺様に視線をむけた。八尺様は慌ててそっぽを向いて、口笛を吹こうとしている。
というか、それ、さっき神様がやったよ。
「……はっちゃん?」
「はっ! 滅んだのか。存外脆弱じゃないか。次元の壁を破るような大それた人攫いをするだけの技術があってその様とか。危機管理がなってないな。ま、それだけ傲慢だったってことだろ」
「はい?」
ニヒルに笑う茨木童子の言葉に、茶々さんは抱えられたまま首を傾げた。
「なんかね。僕がサルベージに奔走している間にまたしても召喚をしてきた馬鹿共がいたらしいんだよ。で、当然ながら最後のひとりである君が対象になったわけだ。
その召喚を受けて君は昏倒。魔法陣に呑み込まれるところを彼女がしがみついて妨害。その後は君が関わった妖怪怪異が軒並み集まって、召喚を阻止したのさ。で、その結果、やらかした連中は全滅。というか人類滅亡したようなもんだね。未開の原住民くらいだよ、生き残ったの。でも多分それも時間の問題だろうね」
……うわぁ。人類滅亡って、なにをしたんだろ?
「玉藻さんか妲己さんがなにかしたの?」
「さっちゃん。なんでそのふたりなの?」
「搦め手系の妖術ならこのふたりじゃない。天狗さんたちはなんのかんので脳筋だし」
「九尾はなにもしてないぞ。茶々から離れたら俺たちは消えちまうからな。まぁ、なんだ。呪物的なものを召喚魔法陣に突っ込んで向こうに送りつけたんだよ。で、魔法陣を無理矢理閉じて終わりだ」
「呪物も私とのつながりが切れたら終わりだと思うけど。コトリバコとかは本領発揮まで時間がかかるし」
「ミーム汚染を引き起こすのだから、一目見たらそれで終わりなんだぁ。汚染……感染した時点で互いに怪異を認識するから消滅することはないし、特性上連鎖的に一気に広がるから、初期に対処できなければお仕舞いだねぇ」
うわぁ……。精神汚染系の呪物か。見たら終了で、しかも感染するとか酷いにもほどがある。SFとかの病原体みたいだ。
茶々さんは、なんだか納得しない顔のまま首を傾いでいた。
そんなこんなで、神様は茶々さんに平謝りをして、どうにか許されたみたいだ。
まぁ、茶々さんは薄々そうなると思っていたらしく、半ば諦めていたみたいだけど。なんだかゲームでいうところのステータス画面みたいなのがあるらしく、ある時を境に種族が人間から現人神に変わったらしい。
「くそ、私、高2なのに、ちんちくりんのまんまだよ!」
茶々さんはお怒りだ。不老不死になった時点で、老化しないもんね。
「あ、幻術は練習しておいてね。無意識でも四六時中展開できるように」
「……なんでですか?」
「還暦を迎えてもその姿じゃ問題だろう?」
「年齢に合わせて外見を変えろと!? 面倒臭い!!」
「結婚するわけじゃなし、適度に引っ越しすれば問題ないだろう? 仕事は……自営でなにかしてもらうとして。将来は神様をやればいいさ」
「私の人生の幅が狭すぎる!!」
「酒呑の酒蔵にでも就職すればいいだろ。あそこなら姿が変わらずとも問題ない。あの村の住人はみんな物の怪だしな」
日本のどこかに妖怪の村があるらしい。
でもって茶々さんは、長生きしている現状、どんな年齢の人でも微笑ましい小さな子的な感じにしか思えないんだとか。
……あー、そりゃ7000年も生きてればねぇ。
「くそぅ。せっかく宇宙人からの侵略も撃退したっていうのに、神様が酷すぎる」
「え!? なにそれ、聞いてないよ!?」
「本当に神なのか? 地球をないがしろにしすぎだろ」
「人間の回収に忙しいっていっても、さすがにさっちゃんを放置なのはどうなのかなぁ、って思うなぁ」
あ、神様が無表情になってる。
「あのー、神様も頑張ってたんですから、そのくらいで」
「うーん……あなたも怒った方がいいと思うなぁ」
「あぁ。どうせ君も死ねないまま放置されることになるだろうしな、その様子だと。人を超え過ぎている。もう、もとに戻せないだろうな」
「あー、それじゃ私と一緒で現人神になっちゃったんだ」
ちょっとまって。
「……神様?」
「大丈夫。僕が他所の神を殺しまくったからね。空きはいくらでもあるんだよ」
「「神様!?」」
かくして、私たちはひとしきり神様を問い詰めることとなったのだ。
※茶処茶苗:拙作、【取り残された少女は旅に出る】の主人公。




