027_公僕なんてロクなもんじゃない
「そこのお前、我々と来てもらおう」
私は立ち上がり、【虎の目】を発動させる。簡単に説明すると“狙った得物は逃がさない”という能力だ。狙った部位を斬るというのは元より、周囲の気配もしっかりと読み取れる。もっとも、その範囲は【鷹の目】と比べるべくもなく狭いが。
でもそれでも半径10メートル近くあるのだから、近接戦闘には十分だ。
どうやら、冒険者ギルドの前にもお仲間が集まっているようだ。
ひのふの……ふむ、13人か。丁度1個分隊ってところか。
「抵抗しても構わんぞ。その時はその首だけ持って行くだけだ」
よし、敵認定。
偉そうに騒いでいる親父の脇を通り抜け、ギルドより出る。ご丁寧に出入り口を囲うように立っている騎士たちの真ん中で足を止めた。
まったく、こいつらは通行の邪魔ってものを考えていない。本当に何様のつもりなんだか。
「さぁ、ついてこい、罪人」
「断る。そもそもなんの罪だ?」
「云う必要などないだろう。云ったはずだ。抵抗するなら首だけを持って行く」
「できもしないことを云うなよ雑兵」
私は云ってやった。
「雑兵だと?」
「雑兵だろう? たかだかひとりに、十人以上で取り囲まないと怖くて怖くて仕方がないんだろう? そんな意気地のない騎士なんぞ、雑兵もいいところだ」
周囲の連中の雰囲気が変わる。鼻で笑って馬鹿にしていた者から、少しばかりピリリとした怒気が発せられる。
隊長? らしき男は暫し私を睨みつけていたが、急にニタリとした笑みを浮かべた。
「慈悲だ。言い残したいことがあるなら聞いてやる」
厭味ったらしいニヤニヤとした顔だ。……あぁ、気持が悪い。
「そいつはどうも」
さぁ、Showtimeだ。野次馬も十分。やっちまうとするか。
「【加速】」
魔法を発動させる。
当然、聞いたこともない単語に、騎士団長とやらはわずかに眉を潜めた。
もしかしたら、私の気が触れたとでも思ったのかもしれない。
まったくもって、あんたたちは運が悪い。相手にしているのがまともな人間であったなら、これから起こる酷いことにはならなかっただろうに。
私は私がイカレてることを自覚している。駅のホームでうっかり殺されそうになった時に、その報復として自分の指が骨折するレベルでなんども殴りつけるなんて、普通はしない。
どうにも私はあまりに苛っとするような状況となると、“加減”なんて言葉が私の中から消え失せるようだ。そして倫理観を神様にいじられてる現状は、それが更に酷くなっているといえる。
だから、いまの私の中には“容赦”なんて言葉はどこを探しても見当たらない。
「【加速】【加速】【加速】【加速】【加速】【加速】【加速【加速】【加速】【加速】――」
構わず私は魔法を重ね掛けし続ける。
「取り押さえろ!」
残念。準備は終わったよ。
「【抜刀】」
私は腰の刀を抜き放ち、そして刃を鞘に収める。
足元に僅かに土煙が舞う。だが、周囲を取り囲んでいる騎士共のどれだけが私の動きを追えただろう?
【加速】の魔法。いわゆる【身体強化】の魔法だ。だが、その効果は同じ【身体強化】の【増速】とは少々効果が違う。
人の体の動きには限界がある。如何に身体能力を強化しても、すぐに頭打ちになる。体を動かすためには脳が神経を介して身体各部に電気信号で命じているのだ。当然、それ以上に速く動くなどできやしない。
だが【加速】はそれを超える。身体能力強化に加え、自身の時間をも加速させるという代物だからだ。
まぁ、そんな仕様だから、使い過ぎると人より速く歳を取るみたいなことになるけれど。
もっとも、私はここでの仕事? を終えたら、地球で元の貧相な中学生ボディに戻されるんだから、気にする必要はない。
「抵抗するか。斬れ!」
私が刀に手を掛けているのを見て、隊長が配下に命じる。
私からして見たら、まさに間抜けでしかないな。
もう斬っているんだから。
騎士たちが抜剣し、構える。その手に剣の柄だけを持って。
ふふふ。まさに滑稽。
そう、私は連中の剣の柄を斬ったのだ。ここらの剣の柄は、滑り止めのために革を巻いている。
そこらの武器屋で売っている数打ちの剣はかなり乱雑に巻かれているが、騎士たちが扱うような代物であれば、そこそこ綺麗に見栄えがするように巻かれている。
おかげで、その革一枚を薄く残して柄を斬れば、柄が即時落ちることはない。
でも、抜剣しようものなら、切れかけの革なぞ簡単に千切れて、柄だけが取れるというわけだ。
さすがにこの状況に騎士たちは狼狽えた。
もちろん、隊長も驚き、間の抜けた顔を晒している。
よし、次。
身をかがめ、隊長に背を向けるほどに体を捻る。いわゆる居合の構え。
隊長も慌てて抜剣する。だが剣本体は鞘の中だ。
「【抜刀】」
再度、能力を使いつつ刀を抜く。これにより、斬撃の精度が上がり、まさに某アニメの刀の如く、斬れぬモノ無しとも云える代物に変化する。
さらには【剣豪】の能力たる【斬鉄】も発動。
この【斬鉄】、完全な壊れ性能だ。なにせ、斬りたいモノだけを斬り、斬りたくないモノは斬らないというものだ。
だから――
隊長の装備がガラガラと足元へと落ちる。身を固めていた鋼は切り刻まれ、もはや鎧の形などしていない。
公衆の面前で全裸にさせられた隊長の体には、傷ひとつない。
唯一目立つモノは、死を覚悟したことにより暴走した本能により、屹立した一物であろう。
チン!
刀を収め、屈めていた身を起こす。
「さて、それじゃ私を殺してでも連れて来いといった馬鹿野郎のところへ案内してもらおうか?」
急に素っ裸にされた隊長が困惑した面持ちで私に改めて視線を向ける。そして状況をはっきりと理解したのか、怒り狂った形相で私を睨みつけてきた。
「粗末な股の剣を振り回しながら怖い顔をしても滑稽なだけだぞ。それともソレで戦おうっていうのか? ならば斬り落とすが?」
そういうと、隊長は戦いたように股間を押さえて身を縮こまらせた。実に滑稽。
「己の状況を理解したのなら、とっとと案内しろ。そもそも、私を連れていくのが貴様の仕事なのだろ?」
私は隊長のたるんだ尻を蹴飛ばした。
「とっとと歩けよ。代わりは他にもいるんだ。次は首と胴を斬り離すぞ」
かくして、私は隊長を先頭に町中を進んでいる。隊長を先頭にしているのは、私が尻を蹴飛ばしてそうしているからだ。ついでにいえば、股間を押さえて隠すように前屈みになっているのを、蹴飛ばして姿勢を正させ、無理矢理堂々と歩かせている。
おかげで、すれ違うご婦人の幾人かがなんとも妖しい視線を向けていたりするが、まぁ、困ることになるとしても隊長だからどうでもよかろう。
やったな隊長。明日からは昼夜問わず忙しいかもしれないぞ。
途中、隊のひとりがぼそりとくだらないことをほざいたので、隊長と同じように全裸にしてやった。
目の前に例があるのに、馬鹿なんだろうかこいつは。股間を押さえて前屈みになって歩いてるんじゃねーよ、みっともない。堂々とその粗末なものを晒して歩け。
尻を蹴飛ばして、先頭を歩く隊長の隣りに並ばせる。
よし。これで隊長の負担も軽くなるかもしれん。
なんのかんので女性余りだからな。野盗だなんだで、男は結構あっさり殺されてりするんだよ。そのせいでどこの家庭も基本子だくさんで、家庭の経済状況悪かったりするんだ。
なんていうの、貧乏子だくさん、って家庭が多い。
貧乏子だくさんと云われる所以が少しばかり違うが。本来は物理的に殺されることへの対処、なんてところから子だくさんってわけじゃないしね。
ま、そんなことはどうでもいいか。
さてと、私を殺しにきた貴族はどんな輩だ? さすがに直接手を下すなんて馬鹿な真似をしでかしてるんだ、指輪の持ち主とは思えないんだけど。
もしかするとあの邪教の関係者かな? ま、会ってみれば分かるだろう。
クズなら首を刎ねてしまえばいい。




