026_冒険者ギルドにて
とりあえず一本だけ。
翌朝、私は颯爽と町中を歩いていた。
それはそれはもう、堂々と。
というか、すれ違う人が皆道を空けてくれるものだから、必然的に堂々と歩いているように見えるという状態だ。
私の前を歩いている人も、すれ違う人がギョっとした顔をして道を空けるものだから、なにごとかと振り向いて私を確認。慌てて同じように端に寄るなんて有様だ。
……そんなに怖いかな?
まぁ、確かにおかしな恰好ではあるよ。
只今、私は変身中。変装の変身ではなく、戦闘時のガチ変身だ。それも王都で活動していたころにメインで使っていた恰好の鎧武者で、それなりに有名になっていたものだ。
メインは【青虎】。ジョブは【剣豪】。そしてモードは【斬撃】だ。
ちなみに。【白虎】【剣聖】の変身もある。本当はこれの対として【剣豪】は黒虎にしようと思ったんだけど、ブラックタイガー=海老と気がついてやめた。
さて、以前にも云ったけれど、私の行う変身は【外見】【職業】【戦闘】この3つから成り立っている。そして困ったことに、これらには私の偏見だの思い込みだの、最悪の場合は思い違いなんてものも大きく影響する。
そしていまは【剣豪】。【剣豪】といえば宮本武蔵が私は思い浮かぶ。そして私の宮本武蔵像は、かなりイカレているといっていいだろう。
なにせ『勝てばよかろうなのだ』を体現している人物であると私は認識しているからね。
吉岡一門との決闘が有名だけれど、一説だと、宮本武蔵はそれこそやりたい放題やって滅亡させたとも聞くからね。“剣技”ではなく“計略”を以てして決闘に勝利したと。
よって、私の【剣豪】モードはかなりロクでもない。
そして【虎】への変身で得られる固有能力【虎の目】。これは【鷹】の【鷹の目】と同様“狙った得物は逃さない”という能力だ。ただし【鷹の目】が遠距離専用であるように、【虎の目】は近接専用だ。
そして近接専用のこの【虎の目】は、かなりえげつなかったりする。
狙った部位を確実に斬る能力、というような感じだ。多少ズレても、勝手に補正されて目標を斬るというね。慣れないとかなり気持ち悪いんだけれど。勝手に体が動くから。
やたらと衆目を浴びながら道を往き、私は冒険者ギルドの扉をくぐった。
時間的には早朝ではあるが、冒険者たちが活動を開始する時間よりは1、2時間程度は送れている。
それもあってか、事務所内にいる冒険者の数はまばらだ。
こういった時間に残っている連中で、まともな連中はパーティメンバーを集めている者か、ギルド施設(図書室や訓練場)の使用申請をし、施設が空き待ちというところだ。そうでない連中は強請り集りの類とみてまず間違いない。
受付カウンターを見る。
そこには昨日私を担当した受付嬢がいた。他にもふたりいるが、そっちはどうでもいい。
冒険者は誰もカウンターにはいない。うん、丁度いいタイミングだったようだ。
私はズカズカと進み、カウンターに右腕を置き、身を乗り出すように受付嬢に顔を近づけた。
「お、おはようございます。ご用件は――」
受付嬢が動揺したように顔を引き攣らせている。
「どういう了見だったのかな?」
私は怒りを滲ませるような低い声で問うた。もちろん、この声色は演技だ。あのくらいで怒るような私じゃない。気に食わなくはあるけれど。
ただここは、声色だけででも脅しつける場面だろう。
「いったい、なんの事でしょう?」
「いわゆる“物取り宿”を紹介し、私を殺そうとしたのはどういう理由からかな?」
「い、言いがかりをつけないでください!」
「ケイトリンだ」
私は名乗った。
「え?」
「ケイトリンだ。昨日、あんたから宿の紹介を受けたケイトリンだ。まさか忘れたとは云わないよな?」
口を半開きにしたまま、彼女は固まった。
「あぁ、そんなに生きているのがおかしいか? まぁ、夜中に5人も客を寄越されたからな。女を刺し貫くにしても、鈍らな刃物を突き立てるっていうのは頂けないな。そもそもそんなサービスは頼んでない」
「……」
「おやおや黙りかい。連中はしっかりと捕らえ、尋問したんだ。ひとりの目玉をくり抜いてやったら、全員聞いてもいないことまで喋りまくってくれたよ
理解したか? 私はお前が私を殺そうとしたことをもう知っているんだ」
受付嬢は強張った笑顔のまま身じろぎひとつしない。
不意に私の右頬を掠めるように背後から刀身が現われた。
後ろに冒険者のひとりが近づいて来たのは分かっていたが、まさかいきなり剣を抜いて来るとは思わなかった。
「おい、てめぇ。なに言いがかりをつけてんだ? 斬られたくなかったらとっとと失せろ」
はぁ。
私はため息をついた。
まともに正義の味方の真似事もできない馬鹿か。面倒臭い。斬るか。
居合の様に振り向きざまに抜刀し一閃。ケチをつけてきた冒険者を斬り、チン、と刀を収める。
さて、どれだけの者が私の剣閃を視れたかな?
口元に笑みが浮かぶ。
同時に私にケチをつけた男の鎧の前面が完全に十字に両断され、ガシャンと床に落ちた。もちろん、突き出されていた剣も、その刀身を根元から斬り落とした。
「で、なんだって? 私を斬る? その様でか? もう少し自分の腕前を自覚したらどうだ? そうじゃないと――」
容易く命を落とすぞ。
歯を剥くような笑みを浮かべる。
変身中の私の顔は素顔だ。即ち、仮面に隠れていない口元あたりが晒されている。無駄に整った、まるで作り物みたいな私の半面が。
男は腰を抜かしたように尻餅をついた。
なんだなんだ、意気地のない。その強面は飾りか?
「おいおい、しっかりしろよ。貴様もこの女の仲間なんだろ? なら、これまで大勢の冒険者を殺して来たんだろ? だから私をこの場で咎ある者として始末しようとしたんだろ? ほらほら立ち上がれ。私を殺して見せろ。もちろん、私は冤罪で殺される気などないからな。次は首を落とすぞ」
「そりゃこっちの台詞だな」
背後から聞こえて来た声に、私は肩越しに視線をそちらに向けた。
カウンターの向こう。怯えた受付嬢の隣りにガタイのいい筋肉質な中年男が立っていた。
やや髪の後退した頭とは裏腹に、馬蹄髭がやたらと目立っている。
「誰だあんた」
「ここのギルドマスターだ。どういう了見で暴れてやがる」
「あぁ、流れの冒険者を殺して金を奪ってるクズの元締めか」
「あっ?」
ギルドマスターを名乗る髭面の中年が私を睨みつけてきた。
「なんだ? 脅してるつもりか? いいか、私はソレに嵌められて殺されるところだったんだ。その抗議に来てなにが悪い」
「そんな訳があるか。大方お前が罪人ってところだろうが」
「なるほどなるほど。そうか、それが貴様らの見解か。いいだろう。なら、こいつは返す」
私は冒険者証をギルマスに向けて投げた。もちろん、神様の所で徹底して鍛えられた技を以てしてだ。
薄い金属板はギルマスの頬掠め、耳を切り裂き奥の壁に刺さった。
突然の痛みにギルマスは左耳を押さえ、微かに身を屈めた。そして当てた左手を眼前に広げ、血まみれたソレを確認するや脅威に満ちた目を私に向けてきた。
「貴様……。お前ら、コイツを捕えろ! 殺しても構わん!!」
ギルマスが喚いた。
「【閃光の衝撃】」
先手必勝。私はパチンと指を鳴らす。
直後、足元で魔法が炸裂した。
もちろん、私自身は【遮音結界】と【遮光結界】を即座に展開し、その効果から逃れることを忘れない。
一瞬でも周囲を視認できなくなるわけだが問題はない。この世界に【閃光の衝撃】より逃れる術、魔法の類は存在していない。あるとすれば原始的な方法、目を覆い、耳栓をするくらいだが、そんなものを即時用意して実行することなどできやしない。
結果として――
私の周りでは、行動不能状態の冒険者たちが転がっていた。
さてと。
私は蹲っている冒険者たちの脚の腱を斬って回り、武器も奪い取って棚の上に放る。武器が墜ちてきたりしないことを確認し、最後に蹲って呻いているギルマスの元へと向かう。
そしておもむろにその腹を蹴っ飛ばした。
と、そうだ。後ろからナイフとか投げつけられるのは嫌だから、【矢避け】の魔法を掛けておこう。見落としたかもしれないしね。【矢避け】なんて名前だけれど、投げナイフなんかも弾ける優れモノの防護魔法だ。
「さてと、あんたの指示で受付が私を殺そうと謀ったのか、それとも受付の独断なのかは知らない。が、あんたはいま明確に私を殺そうとしたな」
「賊を始末して何が悪い」
「へぇ、自分たちが正義と云い張るのか? ふざけるなよ」
そういって私はあの受付嬢を指差した。
視力は完全に回復はしていないだろうが、だいたいのところは察知できるハズだ。
「一応聞いてやる。お前が予め冒険者を殺すように、アレに命じておいたのか?」
私はカウンターで呻いている受付嬢を指差した。もちろん、冒険者同様、まともに動けないように脚の腱は斬ってある。まぁ、教会にいけば治してもらえるさ。もちろん、相応のお金は掛かるけどね。さすが宗教。合法ペテン師集団だ。
いや、ちゃんと怪我を治してはくれるんだから、ペテン師じゃないか。云ってることはファンタジーだけど。
あぁ、残りのふたりは、同じ穴の貉でなかったのならご愁傷さまだね。治療費はそこのから毟ればいいよ。
「なんの話だ?」
「じゃ、質問を変えよう。この大樹の彫られている指輪を持つ部外者が現われたら、殺すように指示しておいたのか?」
目を見開き、口元が引き攣れるように歪んだ。
ほほぅ。あからさまに狼狽えたね。
「やれやれ。冒険者ギルドは真っ当な組織だと思っていたんだが、どうやらそれは幻想のようだ。よもや盗賊団と結託していようとは。まぁ、その盗賊団はどこぞの貴族の子飼いらしいが。もしやギルマスもその辺りは承知で結託してたのかな?
いや、そんなこともうどうでもいいか。
あぁ、盗賊団だが、私が叩き潰したぞ。襲っていた貴族だかを助けるついでにな。
さて、ギルドマスター。正義の味方はどっちなのかな?」
「知るか。だからといって、この狼藉が許されるとでも思っているのか!!」
ギルドマスターが喚いた。まったく、声だけはでかいな。
私は目を瞬いているギルマスの頭に拳骨を思い切り振り下ろした。
うん。なかなかいい音がする。
「知らねーよ。私は王都でもこうやってきたんだ。盗賊団を叩き潰し、得体の知れない暗殺者どもを斬り殺し、くだらない新興宗教家共を血祭りに上げて来たんだ。少なくともこの国は、私が暴れたおかげでほんの少しは平和になったハズだぞ」
ようやく視力が戻って来たのか、ギルマスが目を瞬きながら私に視線を向けた。
「か……仮面の魔術師!?」
「あ? あぁ、そういえば王都でもそう呼ばれてたな。あっちでは名乗ったことはなかったんだがな。なんだか王族が私を探し始めて面倒になって来たから、こっちに流れて来たんだ。褒美だなんだって話だったらしいが、衆目に姿を晒すのは好きじゃないんでね。
というか、この無駄に目立つ仮面を見て気がつかなかったのか?
ま、そんなことはどうでもいい。で、あの盗賊団を使って悪事を働いてる貴族ってな誰だ? どーせ今後は、私に対して暗殺者を送り込んだりしてくるんだ。そんな面倒は御免だからね。とっとと殺さないと」
「な!? 貴族を殺すっていうのか!?」
ギルマスが目が見開く。
なにを驚いているんだ?
「あぁ、殺すけど。なにか問題でもあるのか? 悪事を働いて周囲に迷惑を掛けているんだ。この手の輩が改心するなんてことはないんだから、殺しちまうのが一番の解決法だろう? 代わりなんていくらでもいるんだし」
「相手は貴族だ! 出来る訳ないだろ!」
私は肩を竦めた。
そして口元に薄く笑みを浮かべる。
「なぁ、正義の味方ってのは辛いと思わないか? 良いことをすると命を狙われる羽目になるんだ。善人も悪人も、末路は一緒って狂ってると思わないか?」
盗賊に云ったことと同じことを云ってやった。途端にギルマスはだらだらと冷汗を掻き始めた。
どうやら、私の云わんとすることを今更理解したらしい。そ、どうせ殺されるんだから、だったらヤッちまったほうがマシだってことだ。
「私はこれまでそうやってきた。だからこれからもそうする。それだけだ。なにか問題でもあるか?」
そう問うた時、どやどやと事務所内に何者かが騒がしく入って来た。
揃いの鎧で身を固めた騎士らしき者たち。治安部隊か? にしては装備が華美だな。もしかしたら領主のところの騎士かもしれないな。
「やれやれ、忙しいねぇ」
嘆息しつつ、私は立ち上がった。




