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025_箱罠、引っ掛かったのは?


 二階のその部屋に入り、ぐるっと見回す。


 大きさは六畳間くらいかな? 冒険者が常宿とするひとり部屋としては、やや大きめの部屋だろう。普通は縦長で、寝台ひとつおくだけでほとんどスペースを使い切るような部屋がほとんどなのに。


 普通はふたり部屋にするんじゃないかな? このサイズだと。


 確かにちょっぴりお値段は張ったけれど、高いというほどでもない。正直、あの値段でこの部屋は破格だろう。


 だからお薦め?


 ギルドの受付嬢のことを思い出し、口元が嫌な形で勝手に笑む。


 はてさて、この広さはなんの為かな? 本当にここは冒険者向けの宿なのかな? なんだか作為的なモノを感じるねぇ。


 木戸の開け放たれた窓から見えるのは、隣りの宿の壁。まぁ、景色なんて端から期待していない。隣りまでの距離は……2メートルくらいかな?


 窓から身を乗り出して下を見る。路地は薄暗いが、障害物となるようなものが乱雑に置かれたりはしていないようだ。


 ま、逃げようとするならここから飛び降りるのが普通か。とはいえ逃げ道がそれだけとか、簡単に詰むな。襲撃するとすれば、逃げ道に人を配置するのは当然のことだ。


 そんなことを考え、私は苦笑した。


 上を見る。すぐ上は屋根だけれど……ここから出て登るのはちょっと面倒臭そうだ。


 ふむ……。


 ここは冒険者ギルドで紹介された宿だ。


 寝台がひとつ置かれただけの部屋。


 ちなみに、寝台は木製のテーブルに毛皮が敷かれただけの代物だ。マットレスとか布団なんてものは量産さていないからね。


 理由? 多分だけど、そう云った方面の繊維を生産するよりも、食糧生産を優先させているからじゃないかな。

 一応、藁束みたいなのを布で包んだマットレスっぽいものはあるけど、日持ちしないしね、アレ。基本的にお金持ちが使うような代物だ。


 さてと、毛布も2枚レンタルしてきたし、準備をしよう。


 ひとつは丸めて寝台の上にポイ。もう一枚をその上に被せてと。


 ……人が寝ているように見せかけるには、ちょっと足りないなぁ。自前の一枚を追加するか。多分、ダメになるだろうけど。


 ということで、背嚢に括りつけてある毛布を追加。


 うん。いい感じかな。


 荷物も適当なところに置いておこう。


 と、大事なものは出しておかないとね。しくじって持っていかれるかも知れないし。


 結晶は身に着けているし、お金は……背嚢に分散させてある分も持っておくか。そして例の指輪はアイテムボックスの中だ。


 窓から空を見上げる。日も暮れ始め、空は茜色に染まっている。


 この宿は食事つきというわけでもない。本当に寝るだけの場所だ。通りを挟んだ向かいには、酒場や食堂がある。食事はそこでということなんだろう。


 まぁ、今から賑やかなところに行く気分でもないな。


 アイテムボックスからランチボックスをだす。神様のところでおさんどんをしている時に、ついでに作っておいたサンドイッチだ。


 神様謹製のジンジャーエールをお供に、サンドイッチを平らげる。


 最後のひと口をゴクリと飲み込み、これからどう行動するかを思案し始めた。



 ★ ☆ ★



 【遮音結界】を部屋の形状に会わせて張り巡らせる。ついで【物理防護結界】も扉の部分を空けた形で展開。


 よし、っと。これでこの室内でどれだけ暴れても問題ない。うるさい! と壁ドンされたり下の部屋を借りている人から突撃されることもない。【遮音結界】だけだと、暴れた時の振動が伝わっちゃうからね。それを【物理防護結界】で防ぐのだ。扉の位置に張らなかったのは、そうしないと出入りができないからね。【物理防護結界】は【遮音結界】と違って、出入り自由とはいかないからね。


 あ、そうだ。窓の目張り? もしておこう。木戸は閉めたけれど、隙間はあるからね。そこから光が漏れるのはいただけない。


 マントでなんとか覆えないかな? ……面倒だ。ガムテープを出して無理矢理覆おう。これでよし。


 そしてガンベルト左の2番目の結晶をとりだす。


「変身」


《Change Black Cat》

《become N・I・N・J・A》

《mode Shadow》


 忍者モードに変身。これで準備は完了。


 いろいろと考えた結果、当初考えていた屋根の上での待ち伏せは止めた。却って手間が掛かりそうだからだ。


 それなら、この部屋で迎え撃った方が簡単だ。そもそも、私は基本的に気の長い人間ではないのだ。


 時刻は深夜。しかも曇天ともあって、外は本当に真っ暗だ。当然だが、こんな時間の来客に対応する宿屋などない。


 ダンダンと扉を叩き続けて、無理矢理にでも応対させない限り。


 うん。気配は察知済みだ。


 宿屋の前に集まった連中。数は5人。ややあって、3人は宿内へと入って来た。


 そして残りのふたり。そいつらはこの部屋の窓のある路地で待機している。


 まったくもってあからさまだ。


 階段を登って来る複数の音が聞こえる。多少は忍び歩きのような真似をしているようだが、ギシリギシリと木製の階段のきしむ音が聞こえる。


 踏板に足を載せる場所を考えないからそんな音がでるのだ。ということは、暗殺や泥棒を生業としているような輩ではないということだろう。


 それにしても、餌はそれなりに撒いてきたけれど、私の動向をあれこれ観察することもせずに、いきなり仕留めに来るとは思わなかった。


 なにか切羽詰まったような事情があるのか、それとも私に背後関係があるなんてことは一切考えていないのか。


 トン、と跳び、私は天上の隅に張り付いた。四肢で壁と天井を押さえるようにして、体を固定する。


 場所は出入り口の扉の真上。


 ややあって、カチャリと鍵が開いた。


 ほうほう。これでこの宿の人間も完全にグルと確定。ピッキングしているような音がしなかったことから、合鍵を使ったことは確定だ。外からここに来るまでの時間を考えると、合鍵を入手するための行動なんてしていないということだ。


 つまり、宿の者から合鍵を渡され、それを使って開けたということ。


 うん。宿の人間はクロ。そしてギルドの……少なくとも受付もクロ。私にこの宿を紹介したのは、あの受付嬢だ。そして、指輪はギルドを出た後に外してアイテムボックスに放り込んである。


 つまり、この宿のあの娘は、私があの指輪を所持していることを知らない。だから、この宿が盗賊団と繋がってる、或いは、盗賊団を使っている貴族と繋がっているって線はないってことだ。


 ということはだ。ギルドからのお薦めで来た冒険者を、こうやって拉致なり殺害なりする場として提供しているということだ。


 ギルドの狩場とでも云っていいかな? まぁ、もしかしたら、ギルドを隠れ蓑にして、犯罪組織が好き勝手やってるだけかもしれないけどね。もしそうなら、もうギルドは欠片も信用できないボンクラ組織ってことだけど。犯罪者を受付嬢として喜んで雇ってる、ってことだからね。


 よし。この宿の娘と親父も拷問して確認するか。こりゃあ、今夜は眠れないぞぉ。


 ゆっくりと扉を開く。


 寝ている私を起こさないように慎重に、ってことなんだろうね。つーか、油まで用意したんかい。しっかり蝶番に差してから扉を開けるとか、どんだけ手慣れてんだ?


 3人は部屋に入ると、開けた扉もそのままに寝台の側にまで進む。


 私はそっと扉を閉めた。ひとりが灯りを持っているから、閉めたところで気付きもしない。なにより、扉は【遮音結界】の向こうになるから音は聞こえない。


 扉が閉まる。


 連中のひとりが毛布の塊に短剣を突き下ろした。


 お、さすがに感触で分かったか、狼狽えてる狼狽えてる。


 それじゃあ、プレゼントだ。


 【閃光の衝撃】!


 閃光と爆音。たちまち襲撃者たる3人は行動不能に陥った。


 天井から降り立ち、竦んでいる3人の頭をアイテムボックスから取り出したブラックジャック――レザービリーでぶん殴る。


 レザービリー。いわゆる暗器のひとつ。懐に忍ばせることのできる……警棒のような物、で、いいのかな? そういった代物だ。


 革製で先端部には鉛が詰めてあり、仕込まれたスプリングの効果もあってかなりしなる。


 そのしなりのおかげもあって、威力も結構高い。


 私が容赦なく後頭部を殴った3人は、たちまち昏倒した。


 ……戦闘訓練と実戦の賜物だけど、これ、地球に戻った時、普通の学生に戻れんのかな、私。変身しなくても使える地味な魔法も覚えちゃったし。


 自身の未来に一抹の不安を覚えつつ、落ちて割れ、燃え上がったランタンを魔法で消化する。


 よし、委細問題なし。


 3人を拘束し、自害されたりしないように猿轡も噛ませる。


 それから【透過(Invisible)】を掛けて姿を消し、廊下へとでる。


 灯りの消された廊下、階段は真っ暗だ。もっとも【夜目】が使える今なら、この程度の暗闇などまったく問題がない。


 受付をした宿の娘は、受付の席にひとり座っていた。退屈そうに、足を交互にブラブラとさせながら。


 これで確定。あの3人に押し入られたってわけじゃない。


 聞こえるか聞こえない程度に鼻歌を歌っている彼女の背後に忍び寄る。


 あ、殴るのは見合わせるか。【遮音結界】は地味に魔力を喰うし、音を出すような真似はいただけない。


 ってことで、古典的に薬物を使おう。


 アイテムボックスからクロロホルムを染み込ませたタオル地のハンカチを取り出す。


 ん? なんでそんなものを即時使えるような状態で準備してあるのかって?


 そんなもの、"こんなこともあろうかと”を実行するために決まってるじゃん。


 背後から彼女を押さえこむ。その口と鼻を覆うようにハンカチを押し付けて。


 昔のドラマとかだと、クロロホルムは睡眠を即時に誘発させる薬品みたいに描かれているけど、実際は昏倒させる――劇薬? なんだよね。


 量によっては後遺症がでたりするみたいだけど、それは頭を殴った場合も一緒だ。もし後遺症がなにかしらでたら、運が悪かったと諦めてもらおう。なにせこの状況は、彼女の自業自得だ。


 それから外にでて、路地で待機しているふたりも昏倒させて拘束。ふたりを引き摺って宿へと戻り、一階奥で寝ている親父、この宿の主人も拘束。私の借りた部屋へと連れ込む。


 さすがにこのまま4人を運ぶのは重労働だ。仕方なしに魔法で身体強化をする。正確には、骨と腱を魔力で保護、補助して身体のリミッターを外す。


 いわゆる火事場の馬鹿力というのを引き起こしただけだ。


 特に鍛えてもいない普通のおっちゃんでも、火事場の馬鹿力状態だとグランドピアノを持ち上げることもできるとか。それくらいのポテンシャルを人間の筋肉は持っているということだ。


 まぁ、そんなパワーを常時出そうものなら、筋肉が力を出すための土台となっている骨が折れたり腱が損傷するとか、自壊するようなことになるからリミッターが掛かっているわけだけど。


 私はふたりずつ担いで部屋へと放り込んだ。


 ……さすがに7人、私を含めて8人ともなると狭いな。寝台を一時的にアイテムボックスの放り込んでおこう。


 ゆいつ意識を保ったままの宿の主人が、それを見て驚愕しているが気にしない。


 なにせ今はケイトリンだ。仮面の魔術師であり、困ったことに天使と誤認されている人間だ。常識の埒外のことをひとつふたつやったところで問題ない。


 寝台がなくなって広さに余裕ができた。私は改めて連れ込んだ連中を並べ直すと、アイテムボックスから椅子をひとつ取り出し、それにどっかと座った。


 6人はいまだ昏倒中。


 薄暗いランタンの灯りの下、主人は顔を引き攣らせたまま私を見つめている。


 やれやれ、そんなに怖がるなら、こんな犯罪行為を行わなければよかったんだ。返り討ちに遭うことを考えていなかったのかねぇ。


 さてと――


「それじゃ、主人、ちょっとばかり話をしようか。惚けてもらってもいいし、嘘をついてもいい。それならそれで、真実を話すまであらゆる手段を講じるまでだからね」


 宿屋の主人が顔を引き攣らせた。それもそうだろう。黒猫の仮面を着けた、黒づくめの得体の知れない女がおかしなことをいうのだ。


 しかも、娘と、知り合いかどうかは知らないが、冒険者風の男5人がすぐ隣で昏倒して転がっている状況だ。


 質の悪い強盗にでも襲われているようなものといえる。


 まぁ、強盗は私じゃなく、そっちだけれどね。


「あぁ、もちろん、黙秘して貰っても構わない。安心するといい。夜は長いよ」


 そういって私は、錆びだらけの見るからに切れ味が悪いと分かるナイフを、アイテムボックスから取り出した。


 騒音、振動、そういったものに対する対策は万全だし、なんの問題も起こらないからね。



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