024_撒き餌
「もっと頻繁にここで寝泊まりしていいんだよ」
と、神様よりのありがたいお言葉に送られつつ、私は異空間拠点を出た。
あの拠点、私はそれなりに便利に使わせてもらっているけれど、私の能力と云うわけじゃない。神様(端末)が常駐していることからも分かる通り、神様のこの世界での活動拠点だ。
そこに私が居候しているようなものだから、私がこの世界で本格的に活動をはじめてからは、できるだけ使わないようにしている。
……とはいえ、お風呂事情とかもあって、月に2、3回は戻っているけれど。まぁ、ストローツではかなり頻繁に出入りする羽目になっちゃったけれど。
あぁ、そういえばマウラ。あれ、天使級ではどのくらいの強さかを聞いたんだよ。
「ほぼ成りたてだから最弱だね。それに一般的なメイドに憑りついた個体だから、基本戦闘能力が皆無。実際、まともな攻撃なんてしなかったでしょ」
……ほぼ最弱であれですか。周囲の者を喰らって巨大化とか、予想外のことをやらかしていながら最弱とか。
巨大さはそれだけで脅威だからね。多分、あの巨大怪獣の討伐は、こっちの世界の軍隊じゃまず無理だと思う。打撃を与えられても、すぐに修復されるし、ヘタしたら修復材料として喰われまくるんじゃないかな。
そういや、下位級とかも含めて、なんでドラゴンじみた爬虫類に変化するのかも聞いてみたよ。
「あー。それは単純。この世界の人間の共通認識だよ。最強の生物はドラゴンってね。だからそれを模倣した姿に変化しちゃうのさ。
もし君が憑りつかれて喰われたら、その憑りついたヤツはここぞという時に、君が最強と思っている生物に変化するよ」
私の認識する最強生物。なんだろ? ……蚊? 世界で年間もっとも人を殺してる生物だし。いや、さすがにないか。となると――あー、やっぱり爬虫類になりそう。ワニとか恐竜とか。
なるほど、納得だ。
コソコソと周囲を確認しつつ、視界に入る範囲で人が見当たらないことを確信してから私は街道へと戻った。
戻ったところで魔法を解除して、透明な状態から姿を現わす。
今回の姿もケイトリン。本当は変えた方がいいんだけれど、これからやることを考えると、ケイトリンのほうが都合がいいのだ。
クグローツ砦で指輪を最初に発見したわけだけれど、あそこを潰したのが私だとディアドラお嬢様……というか、ヘッドリー家には知られている。
仮面の魔術師=ケイトリン、となっているわけだ。
で、次の町で指輪に関して調べるとなると、ケイトリン以外だと面倒臭いことになりそうなんだよね。
あっちの指輪はお嬢様に押し付けたけれど、もうひとつが私の手元に転がって来たから、こいつを使って釣りをしようと思うよ。
とりあえず身に着けてこれみよがしにうろつきつつ、冒険者ギルドでちょっと聞いてみようと思う。
でもこの指輪、男性用のようで、私の指にはぶっかぶか。だから薄手の手袋(運転手さんがつけているようなヤツ)をした上から嵌めている。
よし、これでぴったりだ。なんだかどこぞのRPGのキャラみたいだけど。
……そういや、ゲームなんかだとガントレットとか着けた上で指輪も嵌めているけれど、あれってどうなってんだろ?
一度やってみたけど、いろいろと具合が悪かったんだよね。さすがにガントレットを着けた上から指輪を嵌めるなんて無理だし。
とりとめもないことを考えながら、道を進む。
さして変わり映えのしない景色でも、私としては十分に楽しいものだ。
実のところ、この自身の心境に自分でも驚いていたりもする。そこまで自然に飢えていたのかな。
こっちで活動を開始して1年以上も経っているというのに、見慣れて変わり映えのないような森や野っ原を眺めていてもまるで飽きない。
……食材いないかな、とか探しているせいかもしれないけど。
正面から数頭の馬が結構な勢いで走って来るのが見える。
引っ掛けられたりしないように、街道から少し外れて草原を歩く。
通り過ぎた馬は10頭くらい? 武装した騎士っぽいのが乗っていたことから、私が片付けた盗賊どもの討伐隊かな?
ほぼ丸一日経過ってところか。まぁ、逃げ出したのが助けを求めてって考えると、妥当な時間なのかなぁ? 町だか村まであとどのくらいか分からないけど、多分、自分の足で走って逃げたんだろうし。
それを考えたら早い方なのかな?
それから遅れること暫し。今度は荷馬車が3台、これまた急いだように通過していった。
多分、あれは後片付け用。
騎士にしろ荷馬車にせよ、夜に出発するとは思えないから、恐らくは早くとも朝一に出たというところだろう。
それであの速度で移動していると考えると、ここから町まではさして遠くないとみた。
だってあの速度で走り続けてたら、長距離に長けた馬でも走り続けるのは無理だ。
多分、現場から町までの距離は、いいとろ10数キロといったところかな? それを考えると、もうすぐ見えてもいいころじゃないかな。
そのまま街道沿いにテクテクと暫く歩き、私は次の町へと辿り着いた。
町へと入る際に冒険者証を提示するだけで、特に荷物検査をされることもなかった。
うん。普通はこうなんだよ。王都でさえ、なんらかの式典とかがある時でもないかぎり、荷物検査なんてしないんだからさ。
あぁ、いや、麻薬騒動が起きてた時には、さすがにやってたか。
さて、先ずは冒険者組合に顔を出そう。
私の右手人差指に嵌めてある指輪は、思いのほか目立っているようだ。町の出入りを護っている兵士が、目敏く見ていたからね。
まぁ、手袋の上に指輪をするとかおかしなことをしているから、目立つといえば目立つんだけれど。なによりゴツイし。この指輪。
冒険者組合で受付嬢に紋章について聞いておけば、指輪に関する話は広まるだろう。
一応、アイテムボックスからゴブリンの耳をいくらか出しておこうか。
ゴブリンの右耳。ゴブリン討伐の証だ。多分、冒険者組合で出されている常時依頼にゴブリン討伐はあるはずだ。
ちなみに、この常時依頼の依頼主はお国だ。ゴブリンは放っておくと際限なく増えてロクなことにならないからね。
まぁ、討伐一体の値段はたかが知れているけれど、駆け出し冒険者卒業といった程度の実力の者たちの稼ぎの筆頭だったりもする。
群れの討伐となると、レイドでもしないと無理だけどね。上位種とか、私みたいに不意打ちでもしないと被害が出るだけだよ。
できるなら、魔法使いは必須。けれど使える魔法使いの絶対数はまるっきり足りていないのが現状というね。
だからレイドを組んで、数の暴力でどうにかするっていう脳筋思想の戦い方しか選択できないっていうのがほとんだ。
魔法をたくさん使える魔法使いは基本、学者になってるから、冒険者とかになってる魔法使いって、言葉は悪いけど出来の悪い魔法使いか、金が無くて落ちぶれた魔法使いのどっちかなんだよね。大抵。
現場からの叩き上げの魔法使いがスゲーって尊敬されるのって、その叩き上げられてる途中で叩き潰されて死ぬのが普通だからだし。
ゴブリンの群れ程度がそんなに凄いのかって?
凄いよ。なにせ達成するのが大変なんだよ。単純な数の暴力。猛獣の群れ。その中に知恵を持って戦術を駆使する象が数頭混じってると思ってよ。
上位種のゴブリンとか、普通に人食い鬼レベルで厄介だからね。
前に一度やり合って、酷い目に遭ったんだ。もう二度とまともに戦いたくなんてないね。私は一方的に攻め立てたいだけなんだ。ヒリつくような戦闘なんて、ゲームの中だけで十分だ。火攻め水攻め毒ガス万歳ってね。
この町の冒険者組合は、北門側にあるようだ。私が入ったのは東門。街壁沿いにぐるっと回って行ってもいいけど、ちょっと入って、町中を進むことにする。
ストローツよりは町の規模は小さいみたいだけれど、ストローツより栄えている感じだね。まぁ、ストローツは公国があんな有様になったせいで、交易地としては価値が無くなったようなものだからね。だとしても、魔獣資源はいまも健在だから、町が廃れるようなことはないけど、昔よりは活気が無くなったのは事実だ。
こっちにその活気が移った感じかな。ここは北西にある王国(名前は知らない。多分、赤い国)との貿易地みたいだし。
隣国→この町→王都。って感じで物流が動いているハズだ。
そういうこともあってか、商店街に入ったところで、店先に並んでいる商品の品揃えはストローツとはちょっと違っている感じだ。
作物関連は結構違うな。まぁ、物流の速度を考えると、食品関連は加工されたものが殆どだろうしね。王都の王侯貴族宛ての商品なんかだと、厳選商品少数を馬を乗り継いで運ぶ感じだし。
……そう、馬車じゃなく馬ね。背嚢に商品を詰め込んで一気に運ぶ感じ。そうじゃないと食品なんて鮮度が落ちるしヘタすると痛むからね。
これだけ聞くと貴族は贅沢をしてると思われるかもしれないけど、貿易のための商品の厳選のためのこともあるからね。
まぁ、贅沢の部類に入るのも確かだけれど。
でも実際の所、貴族もそこまで贅沢な食事はしていないからねぇ。家格にあう見栄を張るのに四苦八苦している貧乏貴族なんてゴロゴロしてるし。
裕福な貴族なんて数えるほどだよ。
それを考えると、ヘッドリー公爵家は凄く上手くやっていると思うよ。質実剛健が信条の家だから、そこまでお金が掛からない生活をしているってこともあるだろうけど。
商店の店先を適当に眺めつつ、且つ、ちょろちょろしているスリを躱しつつ通りを歩いていく。
やっぱり賑わっているところはスリが多いなぁ。
なんか躱すのも慣れてきたよね。まぁ、王都で散々鍛えられたからなぁ。
スリというのは結構デリケートな技術のようで、タイミングをズラすというか、距離をズラすというか、こっちがそういう動きをすると失敗する。
大抵は、ドン! とぶつかってきて、スリ取って行く感じだ。二人組だと、ぶつかって来たヤツが口論を仕掛けてきて、それに気を取られているところをふたり目が財布をスリ取って行く。
日本のスリ事情は知らないけど、海外で起こるスリもそんな感じじゃなかったっけ? ソフトクリームを事故に見せかけてぶっつけて、あれこれやってる内にふたり目がバッグを引っ手繰るなんてのは常套手段みたいだし。って、これはスリじゃなくて引っ手繰りか。
やがて冒険者ギルドが見えてきた。
開け放たれたままの入り口を通り、簡単に周囲を見回す。
時間もお昼過ぎとあって、冒険者の姿はほとんどいない。
つか、いつも思うんだけれど、こんな時間に駄弁ってる人たちはなにをしているんだろう? 仕事にあぶれてる……ってわけでもなさそうだし。
右側の羊皮紙が乱雑に留められた掲示板に視線を向ける。
……。
うん。依頼は十分に……っていうか、なんか依頼数が多いな。冒険者が少ないわけでもないよね、何人かいるし?
まぁ、どうでもいいか。私が用があるのは常設依頼のほうだ。
掲示板端に整然と留められている羊皮紙を順に確認する。
うん。常設依頼は他所と一緒だね。食肉の狩猟依頼に、薬剤の原料採取依頼。それと……うん、ちゃんとゴブリンの討伐依頼もあるね。
依頼を確認した私は、受付カウンターへと足を向けた。
ここでも餌を撒かないとね。




