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021_お茶会の風景

閑話みっつ目。


 事件からほぼ丸一日が過ぎました。


 公邸のほうの被害は執務室の一室だけでしたが、後の安全のことも考慮し、修繕ではなく建て直しをすることとなりました。


 ……予算のほうは大丈夫なのでしょうか?


「問題ない。国から奪い取って来る」


 叔母が息まいています。


 ここはストローツにある公爵邸。公邸を使用禁止としたため、現在はここに行政機関を置いています。


 正直なところ、ここは別荘のようなものですから、行政機関を置くにはかなり手狭となります。そのため半ば物置となっていた離れを民間との窓口とし、母屋のほうで各種業務の処理などを行っています。


 必然的に公爵家、すなわち私たちの居住空間が隅に追いやられることとなりました。


 まぁ、あまり不便はありませんね。生活の範囲などたかが知れていますから。


 さて、叔母ですが、明日にはここストローツを発ち、王都へと向かいます。今回の事件の報告と、今後の対策を決定するためです。

 本来は軍務大臣である父が行くべきなのでしょうが、なにせ内容が内容です。下手をすると一笑に伏され兼ねません。


 さすがに父であればそのような扱いをされることはないでしょうが、父は当事者ではありますが当事者ではありません。


 最後にちょろっとやってきて、余計なことをした阿呆です。ですから事情説明をするには、又聞きしたことを報告することになります。


 さすがにそれでは問題だろうということで、王妃殿下の信頼厚い叔母が向かうこととなりました。


 叔母は王妃殿下にお姉様などと呼ばれていたそうですからね。元々は前王妃殿下、王太后殿下専属の近衛騎士でしたから。


「お、お待たせしました」


 ゴロゴロとワゴンを転がして、私たちのいるテラスにまでアンナマリーが来ました。


 これから叔母と私、そしてアンナマリーとでお茶の時間なのです。アンナマリーは単なる給仕であると思っていますが、彼女も参加です。


 叔母曰く「神よりの褒美なのだ。彼女にはどう固辞されようとも受け取ってもらわねばならん。幸い、残るものではないのだから問題はない」とのこと。問題なのは、今以て尚、アンナマリーにそこのことを云っていないということです。


 魔術師殿のおかげであの爆発から逃れる事ができた叔母ですが、その爆発から逃れた場所が神の座す場所であったというのですから驚きです。


 普通であれば、あの爆発で「叔母上、頭が……」と云うところでしょうが、その証拠となる品まで持ってきているのですから疑いようもありません。


 神より下賜された品。神器です。それは人に憑りつき喰らい、入れ替わった者を見破るものとのこと。


 ですがその品を見るまでも無く、それを収めた金属製の鞄……ケースを見れば、それが人の手で作り得るものではないとわかるでしょう。


 見たこともないほどに滑らかで、加工したと思しき跡が欠片も見られない白みの強い銀色の金属。鉄の様にも見えますが、明らかに鉄ではありません。


 えぇ。鉄剣など、鉄製品はよく手にしていますからね。見ただけならともかく、触れ、手に持ってみればそれが鉄かどうかくらいは分かるのです。


 そしてそのケースにつけられた取っ手や、開閉の為の蝶番に留め金、さらには鍵です。ここまで精密で均一な金属加工をできる職人となると、かなりの腕前の細工職人となるでしょう。


 鍵に至っては訳が分かりません。鍵らしい形をしているのですが薄べったく、凸凹とした円形の窪みがあるだけです。


 恐らくですが、この鍵と錠前を鍵職人見せたら、狂喜するんじゃないでしょうか?


 カチャカチャと妙に音を立てる茶器に、私は音の発生源であるアンナマリーに目を向けました。


 いつもならこんなことはないハズなのに、どうしたのでしょう?


 音も無くお茶を淹れる技術だけなら、誰にも負けませんと豪語した彼女。そしてその言葉通り、お茶を注ぐ音さえもさせずにお茶を用意するという技術を見せてくれたのです。お茶の味は、まぁ、さすがにシュタインベッツの淹れるお茶には到底かないませんでしたけれど。さすがに年季の差は覆せなかった模様。


 そんな彼女がこの有様というのは異常事態です。どうしたのでしょう?


「アンナマリー?」


 声を掛けると彼女はびくりと震え上がりました。とはいえお茶は一滴たりとも零れていない当たり、彼女の侍女魂を感じます。


 えぇ、私の目は間違いなかった。


「し、失礼致しました」

「いえ、そうじゃないわ。らしくないわよ。どうしたの?」


 問うと、何故だかいまにも泣きそうな顔。え、本当にどうしたの!?


「どうしたのだアンナマリー。なにかあったのか?」


 叔母も怪訝に思ったのか、彼女に問います。


「い、いえ。その、こちらの菓子なのですが……」


 そういって彼女は紙箱から取り出しました。


 ワゴンの上に載せられたそれを見ると――


「……え?」


 箱から取りされたモノ。それは……なんでしょう? パイ?


 パイ生地で作られた外殻に水を湛えた物? いえ、ですがその水の表面に果物のスライスの差し込まれた白いもの。


 え? なんですかこれ?


「おぉ、これが神の菓子」

「か、神の菓子、ですか? これが?」


 叔母の言葉に、私は目を瞬かせました。


「美術工芸品のように見えますが。いえ、美術工芸品とするなら、この意匠はどうなのかと思いますが」

「菓子であるのだから、当然のことだろう? いや、菓子として見ても、なんというか、不可思議なものではあるが」


 叔母も私と同じような感想の様子。


 とはいえ、いつまでも眺めているだけとも行きません。いまだにオロオロとしているアンナマリーに切り分けるように云います。


 ……いや、切って大丈夫なのかと問われても、私には分からないのですけど。


「問題ない。躊躇せず切り分けるのだ。もとより箱には本日中に食せよと記されていたのだ。食べずに廃棄することになっては、それこそ神に対する不敬だ」


 叔母に云われ、アンナマリーが悲壮な顔でナイフを入れました。


 以外にもあっさりとその菓子はナイフを受け入れ、綺麗に切り分けられていきます。


 それを丁寧に更に載せ、紅茶と共にわたしたちの前へと並びました。


 本当にまったく透き通った氷がパイ生地に載っているかのようです。ただ氷とまったく違うのは、それがプルプルと微かに揺れているところですが。


 どんな味がするのか、想像もつきませんね。


「アンナマリー、お前も席について食べろ」

「え?」


 叔母の言葉に、緊張の仕事を終えほっとしていたアンナマリーは顔を引き攣らせました。


 ……まぁ、気持はわかりますが、アンナマリー、諦めなさい。


 叔母上から聞きましたが、これは神よりの褒美なのです。断るという選択肢は有り得ません。






 なんとも不思議な食感の、素晴らしく洗練された味に打ち震えていると、酷い悲鳴と共に庭に男がひとり落ちてきてゴロゴロと転がって行きました。


 私とアンナマリーが目をまるくして庭に視線を向けていると、くっくと叔母の笑い声が聞こえてきました。


「叔母上!?」

「いや。こっちの使用人共の再教育をシュタインベッツに頼んだのだよ。なかなか派手にやっているようだ。「云って聞かぬなら、聞くまで殴れ」というのが父上の言であったが、さすがシュタインベッツ、父の右腕として我がベッドリーを支えて来た男だ」


 再度庭に視線を向けると、綺麗に刈られた芝の上で呻いているのは、ここストローツの公爵邸を取り仕切っていたスタンリーという執事です。公邸でも、首を切った役人の代わりに、他の使用人たちと共にあれこれと働いていました。


 非常に尊大な男だと思っていましたが……なるほど、シュタインベッツがあそこまで痛めつける必要があると認識した人物ですか。


「叔母上、あの様子では、アレは解雇した方が早いのでは?」

「いわれるまでもなく切り捨てるぞ。なにせ天使様に対する態度があまりにも酷く、天使様も自ら仕置きされたくらいだからな。そもそも使用人共の大半がアレに右に倣えした結果、どいつもこいつも鼻持ちならなくなったのだ。主人の云うことを聞かぬ犬など、ただの狂犬に過ぎん。そんな者はいらぬよ」


 ばっさり切り捨てましたね。


 叔母の言葉が聞こえたのか、スタンリーが目を見開いています。


「いま行っているのは躾ではなく制裁だ、スタンリー。

 いまさら殊勝な顔をしても無駄だぞ。貴様が陰で我らヘッドリーに対しどう云っていたかは把握している。これまで放置していたのは、ここのあまりの有様に人手不足であったからに過ぎん。

 あぁ、このことに関し訴えを起こしても無駄だぞ。例え我らに関しての行いに対し咎めがなくとも、天使様に対する所業は赦されん。教会に身柄を渡さずにいる現状を感謝するがいい」


 スタンリーが憎々し気な表情を浮かべていますね。


 はぁ。本当に酷いものです。確か、雇い入れた時には優秀で真面目な人物であったと聞いています。それがこうも堕落し、傲慢な輩に成り果てるのか。


「やれやれ。仕置きが足りないようですな」

「黙れ! 平民如きが――!?」


 シュタインベッツが投げた何かがスタンリーの顔を掠め飛んで行きました。


 はて? なにを投げたのでしょう?


 あ、スタンリーが立ち上がり、勝ち誇ったように攻撃を外したシュタインベッツを侮辱しています。


 なんでしょう。物語によくいる3流の噛ませな悪役みたい――あ。


 すこーん!


 凄まじく軽快な音がして、何かがスタンリーの後頭部に激突しました。そのなにかはスタンリーの頭に直撃した後、くるくると回りながら宙で弧を描き、すっぽりとシュタインベッツの手に収まりました。


 あれは……トレイ?


「相変わらずトレイの扱い方がおかしいな。しょっちゅう兄上の頭を叩いていたのは知っていたが。まさか投げたトレイが戻って来るとか、そんなことができるなんて知らなかったぞ」


 思わず私とアンナマリーは叔母の顔を見ました。そしてあらためてスタンリーの方へ。


 スタンリーはというと、無様にひっくり返っています。どうやら失神した模様。


「やれやれ、使えませんな。これでは【死兆星】などで簡単に殺されてしまいますよ。主人の肉盾にもなれぬ使用人など、なんの価値があるというのか。

 クロ―ディア様、お嬢様、これはとんだお目汚しを致しました。申し訳ございません」


 シュタインベッツが私たちの方へと向き直り、変わらずの優雅さで一礼します。


「シュタインベッツ、その【死兆星】というのはなんですか?」


 知らぬ単語に好奇心が駆られ、私は思わず彼に問いました。


「遥か東方の暗殺者が扱う、星型をした投擲用の特殊な刃物です。星型意外にも三角形のものがあると聞いてます。少々投げ方にコツがあるのですが、変幻自在に飛ばすことのできる刃物です。先ほど私が投げたトレイのように、(わざ)と外して油断させたところを後頭部にグサリ、とかしてくるので、なかなか侮れません」

「あぁ、20年前の国王陛下暗殺未遂事件で使われたアレか。おかしな軌道を描いて戻って来たから、少しばかり慌てたな」

「えぇ。【ソルテール解放戦線】なるテロリスト共が引き起こした事件で使われた武器です。

 ふふふ、あの暗殺者も運がありませんでしたな。よりにもよってクロ―ディア様のいる場で事に及ぼうなどとは、無謀極まりない」

「相変わらずお前は私をなんだと思っているのだ」

「なにを仰います。当時の王妃殿下に侍り護る者と、仮にではありますが選ばれたのですよ。それに見合う嗜みをみっちりと私が鍛え上げたのです。魔法や薬物以外であるなら、クロ―ディア様が不覚をとることなどないでしょう? 事実、それを掴み投げ返して暗殺者を足止めしたではありませんか」


 叔母とシュタインベッツが互いにしたり顔でニヤリとします。


 いや、ちょっと、ちょっと待って。え? どういうことですか? え、もしかして叔母上の戦闘技術の師はシュタインベッツということですか!? そしてそれが元で叔母は王太后殿下お気に入りの近衛となったと? 色々と初耳な事なんですが!?


「ヤツは後程教会に放り込んでおきます。天使様をさんざん侮辱し、いまもってなお改心の兆しなしと伝え置けば、しっかりと教育的指導を受けられるでしょう。

 クロ―ディア様、天使様よりお嬢様が賜りました知識の書の写しは、各1部ずつですが完了しました。明日、出立の際にお持ちください」

「さすがだ、シュタインベッツ」

「それと、貴族家出身の使用人連中ですが、処置無しです。やはり一度腐ったものを元に戻すことは無理かと」


 叔母が呆れたように肩を竦めた。


「やれやれ。なかなかに難しいな。志願して来る貴族は勘違いした阿呆が多く、平民は過ぎた野心を持つ者が多い。正直、使用人としてはどちらも不適だ」

「本邸のほうはそんなことはないのですが。これはきちんとした教育係を育てねばなりません。

 いっそのこと、執事、女中関連を専門に育て上げる教育機関を設立した方がよいやもしれませんな」

「ほう。面白いな。騎士養成学校はあるが、そういった機関はないからな。ふむ、いっそのこと当家の事業としてしまうか。指導員として見合う人材はいるか?」

「本邸の者であれば誰でも」

「ではヘッドリー……いや、私の方がいいな。ガードナーの名での設立準備を進めてくれ」

「畏まりました」


 再び一礼し、シュタインベッツはスタンリーの襟首を引っ掴むと、ズルズルと引き摺りながら庭を後にしました。


「叔母上、あっさりと決めましたが?」

「ここの始末をつけるのに、色々と思い知ったからな。なにより、魔術師殿に対する無礼が酷かったからな。――神罰が落ちず、本当によかったと今更ながらにな……」


 は……はは。気持は分かります。えぇ。あの護衛騎士など、魔術師殿……天使様にあからさまに殺意を向けられていましたからね。まぁ、アレが殺意を向けていたから返されただけですけれど。

 そういえばあの男、昨日の騒ぎの際には、しっかりとどこぞへ逃げていましたね。まったくもって使えません。


 ふむ。人材教育の大事さを思い知らされます。そしてアンナマリーが私の侍女となったことに感謝しなければ。




 こうして、すこしばかり騒がしいお茶会は終わりを告げたのです。



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