020_彼女のカレーの話
閑話ふたつ目。
材料!
じゃがいも。にんじん。たまねぎ。お肉。他色々。
うん定番だね。
お肉に関しては、今回は牛コマを使おう。いつもは豚なんだけど。
ブロックじゃないのかって? いや、そんなの使ったら、馬鹿みたいに時間が掛かるよ。
なにを作るのかと云うと、カレー。
調理スキルなんて、中学のときからまるっきり上がってないようなものだし、レシピなんてひとつたりとて増えていない。
なんのかんのでもう約6……いや、もうすぐ7年か。それくらい神様ルームと異世界で生活していたから、私は22歳となった。
……あ、あれ? これまでの行動を鑑みるに、私、随分と残念な女になってね?
い、いや、大丈夫。大丈夫なハズだ。私は見てくれだけは美人の類だ。整形女と間違われるけど。貰い手くらいいるはずだ。さすがに喪女一直線とかは――
考えるのは止めよう。いまはカレーを作るのだ。
神様のリクエストだからね。作ってと頼まれたからね。なんかえらく目がキラッキラしてたけど。
さて、私のつくるカレーはお父さん直伝だ。
我が家の調理担当は母ではなく父なのだ。別にお母さんは飯マズというわけではない。多分、標準的な主婦の腕だと思う。ただ、父の料理の腕がおかしいのだ。我流なのに。
母曰く。「お前は作るな。俺が作る!」と、父が宣言して台所を乗っ取ったのだとか。そして困ったことに母より料理の腕前が上の父。母は諦めて台所を明け渡した。
そんな父直伝のカレーであるが、明確なレシピはなかったりする。
だってさ、ありものでカレーをつくるんだよ、我が父は。で、それをなんか無茶な調整をして美味しくしてくるのだから始末に悪い。
そんな作り方だから、塩分過多とかになってんじゃないかと思えるけど、そんなことはなく。つか、調味料の類をほとんど使わないんだよね。砂糖と塩は基本使わない。粉末出汁とかは使うけれど、それの塩分で十分とかいうし。
そういや一度、おでんの残りをカレーにするという暴挙にでたな。
ご飯の上に掛けられたカレー。輪切りの大根がその存在をえらく主張していたっけ。
そして美味しかったんだよ。あの時は複雑な気分になったね。カレーに入っている牛蒡巻きとかがんもどきはかなりシュールだ。
もちろん、大失敗もある。キュウリを具材に放り込んであった時は、母に蹴飛ばされてたし。いや、父よ、キュウリはない。カレーにキュウリはないよ。なんで入れようと思ったのさ。なんか、鈴虫の餌にしたキュウリみたいな臭いがしてたし。
そんな父直伝の私の料理スキルである。完全にいわゆる漢飯な有様だ。
それじゃ具材の皮を剥いてと。でもにんじんはガシガシと洗うだけ。これらをカレーに相応しいサイズに刻んだらタマネギもくし切りにしてと。
そういえば、カレーといえば“じゃがいも入れない派”っているじゃない。あいつら凄いムカつくんだよね。なんでじゃがいも入れることにあんなに怒り狂って入れるなと命令してくんだよ。人の食う物にケチをつけるなってんだ。別に食タブーを破ってるわけでもないのに。
じゃがいもが憎いなら、自分でつくるカレーにだけ入れなきゃいいじゃん。なんで私に命令すんだよ。何様だってんだ!
……あぁ、いや、中2の時の林間学校でちょっとね。じゃがいもをゴミ箱に捨てたあ奴は一生涯絶対に許さん。まぁ、ヤツにはごはんだけで、カレーは掛けてやらなかったけどな。ジャガイモ入れたカレーなんて食えないとかいってたんだから、本望だったハズだ。
あ、そうだ、豆を入れよう。確か、サラダ用の数種類の豆をまとめた缶詰があったハズ。
思い付きで具材追加。
それじゃ、調理開始。
鍋に規定量の水を張って火にかけて。その隣りで炒め開始。
油引いて、まずは牛挽肉を炒める。うん。挽肉。
父曰く。「肉塊なんぞいれても、肉の味をカレーに染み渡らせるのにどんだけ時間が掛かると思ってんだ!」
ということで、父はカレーには挽肉。ともすれば肉は挽肉だけだったりもする。
実際、その方が美味しいんだよね(当家比)。
いい塩梅に挽肉に火が通って肉の油もでてきたら、野菜を投入。もちろん、牛コマも投入。
タマネギがバラけるくらいに火が通ったら、煮立ってる鍋にフライパンの中身を投入。
あとは煮込むだけ。
と、豆と、忘れちゃいけないセロリのみじん切り。
そう。セロリだ。
我が家ではセロリは生で食べるモノではなく、カレーやシチューに刻んで入れるモノである。
味が劇的に変わるよ。セロリの入っていないカレーやクリームシチューを食べつけている人はショックを受けるくらいには。
もうね、セロリの入っていないカレーなんて考えられないね。
さて、あとはじゃがいもやにんじんに火が通るくらいに煮込む。だいたい15分といったところか。
ここで味を多少整える。塩胡椒なり、ブイヨンなりコンソメなり粉末出汁なりお好みで。醤油をちょいと入れてもいいし。ほかには……ビターチョコレートとかインスタントコーヒーなんかも入れることもある。今回はコンソメ1ブロックと塩胡椒だけで、他は入れないけど。
そして15分経過後に入れるのはカレールー。
市販のもの。さすがにスパイスを調合して小麦粉と炒めてとか私にはできないよ。
いまだにスパイスのひとつ(ブレンドされてるんだっけ?)の名前を覚えられない有様だし。ガムラマサラ? ガラムマサラ? どっちだっけ?
ルーは甘口。これも父の持論のせいだ。昔は複数のルーを組み合わせたんだけど。
父曰く。「カレーは辛い方がいいという人もいるだろう。きっと、そう云う人が多いと思う。実際、俺もそうだった。でもな。辛いカレーは最後まで味わえないんだよ。ひと口目、ふた口目は問題ない。だが、そのあとは舌が刺激に負けて鈍くなる。途端に残りのカレーを味わえなくなるんだよ。それが腹立たしくてなぁ。その点、甘口のカレーなら、舌が麻痺せず、最後のひと匙まで美味しく頂ける!」
……知らんうちに変な持論を振り回すようになった父である。まぁ、納得できてしまったんだけれど。
でも昔造ってたルーを複数組み合わせてのカレーも美味しかったんだけどな。
……ただ、ルーを組み合わせるなんて事をするから、大鍋で創る羽目になってね。その大量のカレーの消費に最低3日くらいかかったんだけれど。……なんか悔しいから、違うメーカーの甘口を組み合わせてやろう。
ということで、それぞれ違うメーカーのルーをひと欠けずつ準備。ひとつは聞いたことのないメーカーだけど、大丈夫だろ。
ぽいぽいと4欠け鍋に放り込み、蓋をして弱火でコトコトと。
ルーが溶けたところで掻き混ぜて馴染ませて、さらにコトコトと。
よし、こんなところかな。
お皿にご飯をよそって、カレーを掛ける。そして付け合わせは福神漬け。
尚、私はらっきょうは嫌いだ。故に付け合わせにはしない。
よし。カレーライス完成。
……あ、目玉焼きをつくって、ごはんの上に乗っければよかった。
失敗したわけじゃ無いけど、ちょっと悔しい気分でカレーを配膳。
神様の前にカレーと飲むヨーグルトを置く。
「はい。お待たせしました」
「わーい。いただきまーす!」
……なんだろう。神様が見た目相応の小学生にしか見えん。
というか、なぜひと匙、口に運んだ直後に、まさに劇画真っ青な雰囲気の顔になりますかね。
「なんでこの味が出せないんだ……」
「いや知りませんよ。というか、今回はかなりふざけましたよ」
「そうじゃなくて。カレーをカレーたらしめる味から逸脱しながらもカレーであることを思い知らせてくるんだよ君のカレーは! 確かに前に作ってもらったのとちょっと違うけれど、そうじゃない。そうじゃないんだよ!」
いや、そんな風によく分からんことを力説されましても。
私もひと口。うん。上出来上出来。豆のアクセントが思ったよりもいいね。
……。
神様を見る。なんかカレーを睨みつけてるんだけど。
「あの、神様? 先日のアレって、冗談でも揶揄ってるのでもなく、マジだったんですか?」
「そうだよ。なんでだ!?」
なんだか凄い勢いでパクパク食べ始めた。
えっと、4皿分しか作らなかったんだけれど、3皿で足りるかな?
「違うとしたら、セロリを入れてるくらいですけど。あまり一般的じゃないと思うので」
「根セロリだろ? 僕も入れたよ」
はい?
「いえ、普通のセロリですよ」
「へ?」
神様が目をパチクリとさせた。
「え、根セロリじゃないの?」
「ふつうのセロリですよ。みじん切りにしてあるので、ほとんど目立ちませんけど」
「いやいやいや、セロリって生で食べるモノだろ?」
「ウチじゃ煮込んで食べるモノです。シチュー系とか。あとは自家製パンチェッタ(塩漬け豚)、たまねぎ、なす、セロリをみじん切りにして、ホールトマトと一緒に煮る……炒める? とにかく汁っ気を飛ばしてミートソースっぽいものを作ったりとかしますね」
このミートソース的なもの、ごはんの付け合わせにもいいんだよね。もちろんスパゲッティにも。
よし。明日はスパゲッティミートソースを作ろう。
「くっ、原因はそれか」
「ちゃんとセロリって云ったじゃないですか」
「煮込むから根セロリと思ったんだよ。日本でメジャーな茎セロリは普通煮込まないだろ?」
神様が憤っておられる。いや、そう云われてもなぁ。
確か私が5歳くらいのとき、台所で「俺はクリームシチューにセロリを入れるぞー!」とか父が宣って、母が「やめて! シチューのライフが0になるわ!」とか騒いでたのが最初だったしなぁ。
母は実に普通だったんだよなぁ。でも予想に反してシチューが美味しくなって、子供心に父のドヤ顔がくっそうざかったけど。
……あれで調子に乗ってカレーにきゅうりを入れるっていう暴挙にさえ出なければよかったのに。
カレー自体は、基本、ルーのパッケ裏に書かれているレシピ通りだから、妙なことはしていないんだよ。……たまに思いつきで変な材料ぶち込む程度で。
さて、神様はというと、ブツブツいいながらカレーを食べている。もうじき完食だ。
「おかわり」
「はいはい」
ちなみに、私のカレーの盛り付け方はぶっかけスタイルだ。本当はお皿一面のご飯の上にカツなりハンバーグなり目玉焼きなりを載せてからカレーを掛けるんだけれど、今日はそれは無し。
神様にお皿を渡す。
「胃袋を掴むってあるけどさ」
なんだか神様が突然変なことを云いだした。
「意中の人を落とす手法のひとつとして云われてますね」
「結構、真理だよね」
「そうですかね」
我が両親の関係性を見るに、それはなかったろうな。
「僕はすっかり君に掴まれちゃったよね」
殊勝な顔でおかしなことをいう神様を、私はいわゆるジト目で見つめた。
カレーを食べ終え、ヨーグルトのグラスを手にする。
そして私は云った。
「神様は基本的に、食事は不要じゃないですか」
チキンカツカレーがイギリスのソウルフードになりつつあるというのは、
事実なのだろうか?




