002_猫パンチを放ちたかった
目の前の暢気にしているジェネラルにスティレットを容赦なく突き刺す。装備している金属鎧をぶちぬいて、恐らくは腎臓あたりに一撃。
金属鎧の厚さなんて2ミリもないからね。スティレットでぶち貫くなんて容易いことだ。つーか、そのための武器だし。
次いで、鎧の隙間にクリスナイフを差し込み、すぐさま能力で再度蛇毒の塗布を連発。これで、普通にヘビに噛まれた時に注入されたくらいの毒は入っただろう。
ジェネラルは私に振り向こうとし、そのまま転倒した。
さすが即効性。いい仕事してくれる。
効果に満足しつつもしっかりと確認などせずに部屋中央へと突っ走る。極力テーブルに当たったりしないように気を付けて。
私の姿は見えないハズだ。“透明化”の能力を発動している以上、僅かばかりに陽炎のように揺らいで見える程度でしかない。
よし。偉そうな若造のところに到着。ジェネラルの転倒した音に驚き、腰を上げている。テーブルについた手に麻痺毒を塗ったスティレットを突き刺す。
貫通したけど、末端なんだから問題ない。感染症にでもならなければ、死ぬこともないだろう。掛かったとしても、魔法なんて云う便利な治療法がある世界だ。どうとでもなるだろう。
若造が転倒する。騎士がこちらに視線を向ける。
あ、ヤベ、完全に知覚された。凄いなコイツ。
背の大剣を抜き放ち横殴りに振る。
慌ててテーブルを押し倒しつつ、私はその範囲から逃れる。
完全に私の位置はバレた。
騎士が大剣を投げ捨てる。
思い切りがいいな。まぁ、室内じゃ振り回すにしてもかなり制限されて、まともに戦えないだろうからね。
とはいえ、私もこのままじゃちょっとアレだね。
ガンベルトに右手を這わせる。1、2、3……。確か、6番目だったはず。
本来なら弾丸を込めておくベルトのホルダーから、円柱状の石を取り出す。真っ黒なその石は、よくみれば黒の濃淡でぶち模様となっているのが分かるはずだ。
手に取ったそれを指先ではさみ、仮面に、眉間あたりに当てる。
「変身」
《Change Black Jaguar》
《become Martial Artist》
《mode parry》
石が砕け仮面が騒ぐ。この辺りは神様がノリノリ作ってたからなぁ。
かくして、私は変身する。
仮面はブラックマンバからブラックジャガ―に。恰好は動きやすい革鎧のままだけれど、ブーツだけは頑丈なものへと代わり、腕にも鈎爪付きの手甲が装備された。変身で“透明化”も解除されたが、知覚されている以上大した問題じゃない。
ん? どこぞの特撮ヒーローものを想起させるって? そうだよ。それをリスペクトして作ったようなものだもん。つか、私が原因で神様がドはまりした結果がこれだよ!
テーブルをなぎ倒しつつも、私はしっかりと自分の足で着地した。
装備の防御力もあって、ガタガタとテーブルにぶつかったものの、痛みはない。
騎士はサブウェポンであろうメイスを振りかざして来る。
ブンブンと振り回されるそれを私は躱す、躱す、躱す!
つか、結構な手練れだな。見境なく振り回しているようで、しっかり私のことを誘導しようとしてる。
なにも考えていなかったら、部屋の隅っこに追い詰められるところだ。
まぁ、これだけガタゴトとやったおかげで、それなりに動けるだけのスペースもできた。うっかり転けるなんてこともないだろう。そろそろこっちも手出しをするとしようか。
腰を落とし、ややだらりと両腕を下げて対峙する。私の体勢はというと、レスリングの選手のような感じだ。前後左右、どこにでも即時反応できる。
横殴りに振られたメイスを躱す。切り返しの追撃をいなして、腹部に一撃。鈎爪はチェインメイルを貫けなかったが、打撃はしっかりと入ったはずだ。
って、あれ? 打たれ弱い? がくりと膝をついたところを、髪を掴んで膝を顔面に一発。
いや、なんでこんな簡単にクリーンヒットすんのよ。
……え、失神した? うそでしょ? いやいやいや、警戒して慎重になってたのが馬鹿みたいじゃん。ふっざけんな畜生!
鼻を潰され、無様に失神している騎士を見下ろし私は毒づいた。
くっそ。ジャガ―最強の猫パンチをお見舞いできなかった。
つか、ヘビのまんまでも勝てたなこれ。……一応、生きてるなぁ。こいつもふん縛っておくかぁ。
鉄格子の向こうのふたりが得体の知れないものを見るような目をしているけれど、とりあえず放っておこう。
騎士と偉そうな若造を後ろ手に縛る。ついでに両の親指も結ぶ。両の足首も、一定の長さで縛る。これでやや歩幅は短いものの歩行はできるだろう。あとでそこのふたりを解放するわけだけど、連行するのにそこまで苦労はしないはずだ。
そうだ。ついでだから目隠しもしといたろ。
ふたりを縛り上げた後、ゴブリンジェネラルに止めを刺す。多分、放っておいても死ぬだろうけど、確実に仕留めておけば不安はない。
それから砦中を駆けずり回って、金目のものを掻き集めた。うん、実入りはそこそこだ。
自分の懐に入れるものはアイテムボックス(異世界転生ものでは定番の、容量無限で時間も停止する、異空間の……物置?)に放り込む。
それ以外は、食糧庫にあった木箱に詰め込み、入らないものは紐で括って担いで戻った。
ここがただのモンスターの巣、もしくは盗賊の根城だったならこんなことしなかったんだけどな。我ながら人の良いことだ。……はぁ。
まぁ、放っておいたら、変な罪悪感を延々と感じることになって嫌だからね。
ってことで、広間に戻ってきましたよ。
鉄格子の前にまで行って、抱えたきたふたつの木箱を置く。
ひとつは細々としたもの。金貨とか宝石とか装飾品など。もうひとつは剣だの鎧だのそこそこ大きく嵩張ったもの。変身していなければ、こんな重たいもの、ひとりで持って来るのは無理だったと思う。
「ここに、おふたりさんの荷物はあるかな?」
剣だのなんだのを並べ、鉄格子越しに問う。
「あぁ、扉を開けるのは最後だ。悪いけど、あんたたちを信用できないからね。助けたところをバッサリなんて願い下げだ。
で、ここにあんたたちの装備はあるかい?」
いかにもお嬢様然とした金髪碧眼のお嬢様を背にしつつ、赤毛の女性、恐らくは護衛の彼女が木箱を含め、ならべた物品を確認する。
「あぁ。全てある」
「そ。じゃ、これは全部置いていくから」
そういうと赤毛の彼女は怪訝な顔をした。
「我々の持ち物ではない、金貨や宝石、良い値で売れそうな物品が多くあるが?」
「ん? いらないよ」
「いらない?」
女騎士? が眉をひそめ、お嬢さんが可愛らしくも首を傾げた。
「あぁ、いらない。理由は簡単なことだ。換金する際にあれこれ聞かれて面倒。本来の持ち主が金持ちとかだと命を狙われ兼ねないし、そこらの店で金貨なんて使おうものなら、それこそ命取りだ。下手すりゃ捕縛される。平民如きが金貨をどうやって手に入れたってね。しっかりとした商人でもなけりゃ、金貨なんてもってるとロクなことになりゃしない。そんな面倒願い下げだ。だから銀貨銅貨万歳。二束三文で売れる装備最高、ってね。理解したか?」
私がそういって大仰に肩を竦めて見せると、牢のふたりは驚いたように目を見開いていた。
「ってことで、この物品はそっちに任せる。なんか紋章入りの指輪とかもあるし、持ち主が探してそうだしね。どうみても厄介ごとだろコレ。持って行くなり放棄するなり好きにしな。
あぁ、それと、厩には馬が数頭、良好な状態で繋がれてる。馬具もしっかりしていたし、あんたたちがこっから逃げるにはなにも問題ないだろ。いまから牢を開けるから、それで私との関りは終わりだ。いいね」
「待ってくれ。もうひとり私たちの仲間がいる。栗毛の女は見なかったか? 私と同じくらいの年頃の長身の女だ。お仕着せ姿だから分かりやすいと思う」
問われ、私は直感的に察した。
いまの特長の女性はいなかった。囚われていた女性はいた。いや、みんな死体になっていたけれど。いわゆる慰み者になっていた者たちだ。その中にもいなかったことは確かだ。なにせ、お仕着せ、いわゆるメイド服とか侍女服なんて呼べるものはどこにも無かったからね。
ってことはだ。
「みなかったね。死体の中にもいなかったよ。というか、思うに、そいつが手引きしたんじゃないか」
「え?」
狼狽える彼女を尻目に私は立ち上がると、壁にあるこれ見よがしなレバーを回しはじめた。
フライホイールっていうんだっけ? 円盤状になってるあれ。多分、壁の中に鎖だかワイヤーがあって巻き上げているんだろう。
グルグルとレバーを回すのに合わせ、金属製の扉が少しずつ持ち上がって行く。
半分ほど扉が開いたところでレバーを固定して、私はとっととそこから姿を消す。あれだけ開いていれば、身をかがめれば問題なく出られるだろう。
あとはこっから出て、近場の町に向かえばいいだけだけど、あのふたりに追っかけられるのも面倒だ。こっからは隠密モードで行くとしよう。
小走りに砦内を進みながら、左の2番目の石を取り出す。
「変身」
《Change Black Cat》
《become N・I・N・J・A》
《mode Shadow》
黒づくめのいかにも忍者な服装に変身する。鈎爪手甲はそのままだけれど、全身は黒地のクロースアーマーとなり、足元はサンダルだ。仮面は黒猫の仮面となり、口元の部分は覆面という姿となっている。
……いや、あと猫耳もついてるんだっけこれ。なんでこんな変なところにこだわりを持っているんですか神様。
外に出る。天気は上々。時刻は正午前くらいか。朝から突撃したわけだけれど、意外に時間が掛かったな。4時間くらいか。
堂々と壊した砦の門から出、そこで私は足を止めて顔を顰めた。
はぁ……ついていない。
砦の前。その開けた場所にゴブリンの集団が整然と並んでいた。
これまた貴族っぽい服装のおっさんと、それに付き添うようなメイドを先頭に。
……あぁ、栗色の髪のメイド。こいつか。