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017_ヘッドリー公爵、死す?

坊ちゃまなどと呼ばれていますが、公爵様はアラフォーです。

015の数日後までの公爵様視点のお話です。


 リスタリア王国公爵ダグラス・ヘッドリー。それが私だ。


 先ごろ、ストローツの掃除を任せた妹のクロ―ディアより手紙が届いた。内容は泣き言のようなことだ。


 そのような事があるはずがあるまい。ハスケルは優秀な男だ。大方、慣れぬ内政に弱音を吐いているだけだろう。


 ……なんだ? シュタインベッツ。矛盾している? そもそも優秀ならここまで税収が落ち込み、人が流出するなどありえないと。


 ふむ。資金はともかく、クロ―ディアがここまで人を、文官を寄越せと要請しているのはおかしくはあるな。普通、役人がここまで人手不足になることはあるまい。


 内偵をさせるだと? クロ―ディアがこのような手紙を送ってくること自体異常というのか?


 いや、クロ―ディアのことは知っている。ちゃんと理解しているとも。だが、あれも母となり、現場を離れたことで甘くなったのでは――


 は? 甘くなぞない? 今も近衛たちからは最も恐れられているだと? そんな話はきいたことが――は? 王妃殿下がそのことに関して緘口令を発していると?


 い、いや、確かに近衛は以前と違い、お飾り騎士団などと揶揄できぬようになったが。1対1でグレイベアを倒せるなど、本来なら有り得ぬからな。いまでは熊殺し集団などと呼ばれておるし。


 それを成したのがクロ―ディアであると? クロ―ディアの教官としての能力があまりにおかしいために王妃殿下が動いたというのか?


 いや、それが事実としてだ、なんでお前が知っているのだ?


 いや、『それを聞いてはいけません』とか、どういうことだ?


「ご安心くださいませ。私は先代よりこのヘッドリー家を護るよう仰せつかっている、しがない執事でありますゆえ。どうぞご安心を」


 ……何故か途端に不安しかなくなったのだが。親父殿は何を? もしや、私を信用しておらぬのか?


「坊ちゃまは脳筋でございますからなぁ。いや、ディアドラ様が坊ちゃまと奥方様のいいとこ取りに育ちましたことは、ヘッドリー家にとって僥倖でしたな」


 シュタインベッツ!?


 いや、確かに脳筋であることは私も自覚はしているがな。だがこれでも我が国の軍事を一手に担っているのだぞ。


「確かに、坊ちゃまは戦術家としては優れておりますが、戦略家としては……。まさに脳筋、ここに極まれりですな。アビントン参謀長閣下には感謝せねばなりませんよ」


 いや、確かにそうなのだがな! 少し私に厳しくないか、シュタインベッツ!?


 私は思わず呻き声をあげた。


 ついうっかり自慢のカイゼル髭を擦ってしまった。髭の形を整えるためにワックスを使っているのだ。指先が油でべたついてしまった。


 書類にワックスをつける前に、ハンカチで拭う。


「いずれにしろ、これは異常な状況です。思うに、ハスケルは坊ちゃまが思うほど有能な人間では……いえ、別の意味で有能だったのでしょう」


 私は睨むように目をそばめた。


「はは。私の憶測の類など役に立ちませんな。送り込む人材に密偵を紛れ込ませますので、それよりの報告をお待ちください」


 シュタインベッツはそう云うと、トレイを胸に優雅に一礼した。



★ ☆ ★



 前回の手紙より20日程経過し、再度クロ―ディアより手紙が届いた。


 その内容は驚くべきもので、そして到底許しがたいものであった。


 シュタインベッツ、兵を集めよ! 戦争だ。我らに仇成す者どもの血を一滴残らず消し去るまで、いかなる代償を払おうとも終わらぬ戦争だ!


「坊ちゃま、落ち着きなさいませ」


 ガツン! と、私の脳天に衝撃が走る。目の前を星が舞う。


 ちょっ!? シュタインベッツ、トレイを縦にして私を殴るな。


 って、おい、なぜトレイだけなんだ!? 茶はどうした!? 普通はトレイの上に載せて運んできているものだろう! なぜトレイだけなんだ!!


「執事の嗜み。我が得物にございますゆえ」


 ……。


「我が得物にございますゆえ」


 あぁ、うん。聞いてはならんことなんだな。


「落ち着き遊ばれましたか?」


 う、うむ……いや、落ち着いていられるわけがないだろう!!


 ドーラが! ディアドラがかどわかされたんだぞ!


「坊ちゃま。先をお読みくださいませ。お嬢様は既に助け出されております。ときおり噂になっております、仮面の魔術師の手により助け出されたと書かれておりますよ」


 む? ……お、おぉ。これは素晴らしいな。是非とも彼の魔術師にはしっかりと礼をしなくてはな。


「左様でございますな。ですが、それと同様に火急の問題が上がっておりますな。旧ソルテール公国より【魔】が這い出してきていると。お嬢様誘拐にも絡んでいるようですな

 あぁ、忘れずに王宮に報せておきませんと。陛下が仮面の魔術師に褒賞を与えると公言しておりましたからな」


 お、おぉ、そうであったな。【暁天の毒蛇】【暁闇の影月】【暁鐘教団】などなど、盗賊団や暗殺結社をたったひとりて潰した功績は驚くべきものだ。特に得体のしれない宗教団体を潰したのが素晴らしい。なにせ各種違法薬物流布の源となっていたからな。


 彼の魔術師の功績を思い出しつつ、うんうんとひとり頷く。


 まったく心強いものだ。そのような御仁が、いまはドーラの護衛をしているというのは。


「坊ちゃま。部隊の出陣準備が完了しました」


 は?


 待て、いつの間に指示したんだ!?


「私はヘッドリー公爵家の筆頭執事でございます故」


 いや、そうではなくてな。さすがに食糧だのなんだのの準備には時間がかかるだろう?


「物資に関しては後に私が指揮し、後を追います故。まずはご出陣を」


 キランと目を光らせるシュタインベッツに、私はただ頷くのであった。



 ★ ☆ ★



 ストローツに到着したとき、そこはまともに秩序が保たれているようには思えなかった。


 なぜ町を護る衛士がおらん。なぜ門が開け放たれたままになっている。これでは誰でも彼でも出入り自由ではないか。


 そもそもここに到着するまでに、盗賊団に襲われること2回。魔物に襲撃されること7回だ。いったいそれらの討伐はどうなっているのだ!


 クロ―ディアがそれらを放置するとは思えぬ。となれば、そっちまで手が回らないような状況にあるということだ。


 シュタインベッツの言葉が思い出される。


 ハスケルは有能な人間ではない。


 顔をしかめていると、異様な轟音が響き渡った。


 晴天であるというのに落ちる雷。そして金色の光の柱。


 私は急ぎその異常が起きている場所へと、騎士たちを率い向かった。


 そこは公邸に隣接する訓練場。


 煙を上げ、小山となった消し炭のようなものの近くに、奇妙な姿の者が立っていた。


 竜のような頭部をもつ、藍色の見慣れぬ恰好の……女?


 そして訓練場の端にいる……あれは、ディアドラ!!


 私はすぐさま騎士たちに命じ、あの者に対し攻撃を開始した。


 【魔】なる者に接近戦をすることが愚策であることは、記録からわかっている。先ずはクロスボウの斉射を敢行する。


 大半は外れるも、幾らかは直撃した。ヤツはよろけ、いまにも倒れそうだ。


 よし、効いてる。


 2射目の準備をさせる。


「止めなさい!」


 そこへディアドラの我々を止める声が聞こえた。


 なぜだ!? なぜ止めるのだディアドラ――


 聞き慣れぬ声が聞こえた。


 訓練場にいる敵が、突然、その姿を変じた。


 流れる金髪。白い翼。頭上に輝く光の輪。


 なっ……て、天使!?


 身を庇うように地に屈んでいた天使は立ち上がると、地を蹴り空へと舞い上がった。


 そしてその右手を伸ばし、歯を食いしばるように我々を睨みつけた。


 直後、世界が暗転した。


 なんだ!? なにが起きた!? 真っ暗だ。すべてが闇に閉ざされ、なにも見えなくなった。


 狼狽えつつも、下手に動かず周囲に注意を向ける。部下たちも同様なようだ。


 うむ、よく訓練されている。さすがは我が騎士たちだ。


 そう思っていると、バタバタとした足音がふたつ近づいて来た。


 ひとつは力強く、もうひとつは慌てたような足音だ。


「お父様!」


 おぉっ、この声はディアドラ! よか――


「なんてことをしてくれやがるんですかこのバカ親父がっ!」


 !?!?!?!?


 思いもよらぬ暴言と共に、腹部に衝撃が走った。


 あまりの威力に数歩よろける。


「お嬢様! ドロップキックなどいけません! 御召し物が――」

「どっからどこまで戦闘でボロボロよ! いまさらどうでもいいわ! それよりも!! 私の命の恩人であるお姉様を害そうとするなど、我が公爵家の名折れどころの話ではありません! いますぐその軽すぎる頭を肩の上から落とすレベルの案件です!」


 ディアドラの怒鳴る声が聞こえる。


 いや、待て、なにがなんだか――


 そう思っていると、闇が晴れ――でぃ、ディアドラ!?


 目の前にいる、まさに今にも噛みつかんばかりのディアドラ(侍女にしがみつかれ、いまにも殴りかからんとしているところを止められている)の姿に、私はたじろいだ。


 その直後、今度はクロ―ディアが現れた。途端、ディアドラが静かになる。


 驚愕に満ちた顔でクロ―ディアを見ているが、どういうことだ?


 そう思う間も有らばこそ、クロ―ディアに笑顔で恐怖に陥れられ。兜を脱げと命じられ。そして私の眉と髭が消えたことに驚いていると――


「歯ぁ食いしばれぇっ!」


 私はクロ―ディアに本気で殴られ、昏倒したのだ。



 ★ ☆ ★



 はぁ……。


 シュタインベッツのため息に、私の落ち込んだ気持ちが増々落ち込んでいく。自慢の髭は剃り落とし、眉は化粧で描くことでどうにかごまかした。だがこの落ち込みの原因は、我が眉と髭のことではない。


 ここはストローツにある我が公爵邸だ。政務をおこなう公邸の修復……というよりも、建て直しの為に、この公爵邸が公邸の役割を担うことと成った。公邸として使うにはかなり手狭ではあるが、もとより寝るためだけの屋敷だ、致し方あるまい。


 本来はクロ―ディアが取り仕切るのであるが、今回の報告を行うために王都へと戻っている。王妃殿下のお気に入りである、もっとも信用されている我が妹だ。ここで起きた信じがたい報告をするのには最適の人選と云える。


 そして私はクロ―ディアよりこのストローツを立て直す仕事を引き継いだのだが、余りの状況に頭を抱えた。


 おのれハスケルめ。私の信頼を踏みにじりおって。ここまでの所業、もはや国家反逆罪といっていいだろう。己の首が自身以上にとって他人に価値あるものになる状況に戦くがよかろう。


 奴の首に掛けた賞金は没収した奴の実家の資産から出してあるため、ヘッドリー家の懐は欠片も痛まん。


 それは置くとしてだ。……あぁ、この大失態をどうしたものか。


「坊ちゃま、失態どころではありません。お嬢様とクロ―ディア様の話からするに、彼の魔術師殿は、単身我らを守護してくださっていたということです。

 しかも、その正体は天使様であったのでしょう?

 その御姿はストローツの司祭殿も目撃しており、いままさに教会はお祭り騒ぎです」


 わかっておる……。


「更には、学術的なことであれこれ争点となり、学者と教会とでその見解で争っていたことの殆どが、お嬢様が魔術師殿……天使様よりいただいた知識の書によって解消され、よりよい方向へと向かっております」


 わかっておる……。


「幸い、新たに降された神託により、天使様を害したヘッドリー家にお咎めはありません。それどころか、【魔】――【這いずるモノども】でしたか。それらの対処における献身にお褒めの言葉を賜り、教会より賞賛されております」


 頭を抱えた。


 良心の呵責というものに私は苛まれ続けている。本来ならば、教会に出向き懺悔するべきなのだろうが、内容が内容だけにそんなことをするわけにはいかない。いや、できようがない。


「しかし、教会も少々頭を抱えているようですな」


 む?


「前第8聖女オリアーナ様のことです。【這いずるモノども】に憑かれ、神に近い力を得たというではありませんか。教会側でもオリアーナ様に追従しようとする勢力がいくつかできておるようです。オリアーナ様は非常に人気のある聖女でございましたからな。25年経ったいまでもそのシンパは大勢おりますから」


 ふむ……確かに問題だろうが、我らが手を出せることでもないだろう?


「えぇ。ですので、それに対抗するために、お嬢様を担ぎ上げようとする勢力がでてきています」


 なんだと!?


「お嬢様は天使様より直接知識を享受されましたからな。教会としてはうってつけの人材ということでしょう。

 えぇ、もちろん、そんなものにさせるわけには参りませんから、全力で阻止いたします。

 幸いと云ってはなんですが、神託には勇者なる【魔】に対抗する者ふたりについてもありましたからな。いまはそのふたりを庇護しているという第7聖女の行方を明らかにすることが先決でしょう。彼らに神輿になってもらわねば」


 もちろんだ。頼むぞシュタインベッツ。ディアドラを聖女か、それに近しい者にするなどあり得ん。


 ディアドラの、我が可愛い娘の幸せは、なんとしても護る。


「まぁ、その前に、どうにかして坊ちゃまはお嬢様に赦しを得なくてはなりませんが」


 呆れ果てたようなシュタインベッツの言葉に、私は泣き崩れたのだ。



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