015_クロ―ディアの憤慨
突如としてガシャガシャとした音が聞こえてきた。
そちらに目を向けると、フルプレートに身を包んだ騎士隊がクロスボウを手に整然と並んでいるところだった。
中央には一際豪奢なフルプレートに身を包んだ騎士。赤いモヒカンみたいな房飾りのついた兜と赤マントが目立っている。色も金ピカだ。
その派手な騎士が振り上げた手を降ろした。
「撃ーっ!」
クロスボウからボルトが撃ちだされる。私に向けて。
体を横に向け、右腕で頸部と頭部を守る。左は奥に回したから胸に当たっても心臓まで抜かれるなんてことはないだろう。とはいえ――
腕や腿、腹部にボルトが何本も容赦なく刺さった。
余りの痛みに意識が飛びそうになるのを、歯を食いしばって無理矢理耐える。
チッ。ふざけんなよクソが。怪しい奴は容赦なく殺せってか!!
慌て立ち上がり、彼らを止めようと『止めなさい!』と叫びながら走り出すお嬢様を一瞥しながらベルトを探る。左6番目。こいつも破格の性能だけれど、使い勝手の良さから別枠にはしていない。……派手だけれどね。
「変身」
《Change Sariel》
《become Archangel》
《mode Evil eye》
姿が変わる。
一般的に天使と呼ばれる存在の姿。スタンダードなイメージのそれに変ずる。
白い翼に天使の輪。
この天使の姿は、この世界でも同様に神の使いとされているものと同じだ。さすがに連中も二射目を躊躇するだろう。
私に突き刺さっていたボルトが地面に落ち、傷も癒される。本当は天使にそんな効果などないのだろうけれど、私のイメージ的には“癒し”も含まれているが故の効果だ。
羽ばたき、飛び、そして“邪眼”を発動する。
今の私は“神の命”。死を司るモノ。そのサリエルの能力のひとつが邪眼。凄まじく物騒な存在の模倣で、それに相応しき力もあるけれど、今回やるのは一時的な視力の奪取だ。失明時間はいいところ1分。ま、模倣だからね。
それ以上やると負荷が酷くて私の目がガチで失明する。
変身した私の姿に呆けていた奴らが騒ぎ出す。
急に目の前が文字通り真っ暗になったんだ。然もありなんというところだ。
私はそのまま上空にまで上がると、魔法で姿を消す。ついでにもう一発連中に魔法をかけたろ。
よし。
魔法がしっかりかかったことを見届け、私は公邸の塀際に降り立った。そしてすぐに“扉”を開き潜った。
「お疲れー」
いつものように神様がコタツに入ったままひらひらと手を振った。
……天板の上がお菓子とジュースでとっ散らかってるところからして、かなりエキサイトしていたようだ。
でも散乱しているのがポテチと大福なのはどうなんだろう。どういう組み合わせだ!
あとあれは……ジンジャーエールかな? こないだ自家製にこだわって作ってたし。
でもって、なんかクロ―ディアさんが真っ青な顔をしているんだけれど、どうしたんだろう?
「運が悪かったねぇ。まさかあのタイミングで公爵が到着して、君を【這いずるモノども】と誤認するとかねぇ」
あー、そういう……。あいつらどこの部隊かと思ったよ。正規の公爵家の騎士団か。
靴を脱いで……って、天使に変身したままだから裸足だ。クロ―ディアさんの前で変身を解くわけにもいかないし、このままでいっか。変身を解く時に、同時に靴をアイテムボックス入れればいいや。
汚れだけ魔法で落とし、室内へとはいる。
お? ……とと。ちょっとフラつくな。狂化だの邪眼だの復活だの、更には必殺技とやりまくったからなぁ。うん。すっごく体が重く、怠く感じる。
気を付けてのんびり歩いていくと、急にクロ―ディアさんが平伏した。なんか、ここは畳敷きでもあるせいか、土下座でもしているみたいだ。
「御使い様、どうかお赦しください」
……みたいじゃなくて、土下座そのものだった。
「我が兄のしでかした愚かな行いに対する罰は如何様にも」
クロ―ディアさんの様子に、私は口をへの字にして神様を見やる。
神様は本当に面白そうに嫌味な笑みを浮かべて肩をすくめてみせた。
私は増々顔をしかめた。私に丸投げですかい。とはいえ、罰とかどーでもいいんだけれど。
そう思ったところで、私は罰ではなく仕返しをしてもらうことを思いついた。一応、最後に魔法は掛けたけど、それに痛みは一切伴わないからね。
本当、冗談じゃなしに痛かったんだよ。下手なところに当たってたら、死ぬより痛い目に遭うところだったんだ。今の私は神様の遊びで死ねないから。さすがにあんなところで1回休みになるのはみっともなさ過ぎる。デスペナもあるし。
「それじゃクロ―ディアさん。私の代わりにお兄さん、公爵を一発ぶん殴っておいてくださいな。まさか天使モドキの討伐報酬が撃ちだされたボルトとは、さすがに酷すぎでしょ。それに見合うお返しとして相応しいだけのコトを。でも死なれたり後遺症が残ったりするとお嬢様に恨まれそうなので、そんなことにならない程度によろしく」
「寛容な御心に感謝します!」
そんなに気にしなくてもいいんだけれどなぁ。
「それじゃ神様、私はお風呂に行ってきますね」
いまだ平伏すクロ―ディアさんの隣りを通り、私は神様のそういって奥へと進んだ。
あぁ、冗談じゃなしにヤバいな。フラフラする。なんか気持も悪くなってきた……。
「変身しまくってさすがに疲れたでしょ。今日はそのまま休みなー。多分、いま食事すると戻すだろうし」
「あはは、お見通しですか。――そうします」
そういって私は変身を解き、仮面もアイテムボックスに放り込んだ。
まとめておいた髪も解き、微かな解放感に安堵する。
あぁ……はやく温めのお風呂にはいって、のんびりするとしよう。
そして私は、入浴剤のフレーバーをどれにするか悩みながら松の画の描かれたふすまを開けた。
★ ☆ ★
■Side:Claudia
私は呆然としたまま御使い様を見送っていた。
まるで闇を溶かしこんだような漆黒の髪。
あぁ……なんと美しいことか。
引き戸を通り抜けるとき、一瞬、そのご尊顔が垣間見えた。
冗談ではなく、私の心臓が止まるかと思った。
「綺麗な髪色だよね。濡烏色っていうんだよ。青みがかった光沢のある真っ黒な髪の色なんて、こっちの世界じゃお目に掛かれないよね」
そう仰られるのは、子供の姿の美しき神。人に対し、僅かでも威圧感を軽減させるために、斯様な子供の姿をとっているのだとか。
「さてクロ―ディア。もう危険もないから戻るといいよ。早く安心させてあげるといい。あ、これお土産。ディアドラちゃんと一緒に食べな。あとディアドラちゃんの盾になろうとしたメイドの子にもおすそ分けするといい。頑張っていたから僕からのご褒美だ」
私の目の前に、突如として紙でできた箱が現れた。
「ついでもこれもあげよう。多分、キミたちのところの連中でも解析できるハズだ。ヤツらを見分ける眼鏡だよ。その鞄に12本入ってる。有効に使いな。邪神からのプレゼントだ」
私は渡されたそれに驚き、不敬であると分かりながらも神の御姿を凝視してしまった。
神は面白そうにニヤニヤとした笑みを浮かべていた。
御身を邪神などと称しておられるが、そうではないことなどもう私は分かっている。
私はあらためて恭しく礼をすると、箱と鞄を手に神域を後にした。
扉を出た場所は、酷い有様となった執務室。スタンリーは……。
スタンリーは瓦礫に半ば埋もれるように倒れていた。だが瓦礫に挟まれているというようなこともなく、引きずり出すのは容易であった。
首筋に手を当てる。
死んではいないな。まぁ、御使い殿が無闇に命を取るとも思えぬしな。
耳を澄ますと、ディアドラが怒鳴り散らしているのが聞こえる。急いで行かねば。少なくとも私は兄上を殴らねばならんのだ。神との約定を違える訳にはいかん。
外に出るべく廊下を進むと、慌てふためいているメイド長を見つけた。どうやら私を探していたようだ。
あぁ、こやつらも再教育せねばな。だがそれはひとまず後だ。
私は手にしていた荷物を彼女に渡し、厳重に、そして丁寧に保管しておくように指示し公邸の外へと向かう。
途中で飾ってあった鎧から右ガントレットだけを取り、腕に装着した。
練兵所ではアンナマリーにしがみつかれたディアドラが兄に向かってブンブンと手を振り上げ、ヒステリックに怒鳴り散らしている。
いや、ディアドラ、お前が御使い様に異様に懐いていたのは知っているし、その怒り様も理解できるが、それではまるで通じていないぞ。
私は微妙に悪趣味なデザインの鎧姿の兄を睨みつけながら、騒ぐディアドラの隣りにたった。
ディアドラの肩に手を置き、ひとまず彼女を静かにさせる。
それに安心したのか、あからさまに兄がホッとしたような雰囲気を見せた。
はぁ。いくら滅裂だとはいえ、愛娘のあの怒り様から、自分がロクでもないことをしでかしたことくらい分かるだろうに。なぜ理解できないのか。
私は大仰に息をついた。
「兄上」
「お、おぉ、クロ―ディア。助けてくれ。どうにもディアドラの云っていることが要領を得んのだ」
「まずは兜をお脱ぎくださいませ」
私は兄に云った。それこそ自分でも驚くほど平坦な声で。
「……クロ―ディア?」
「兄上、聞こえませんでしたか?」
「い、いや、聞こえたが――」
「とっとと兜を脱げ、愚兄」
ジロリと睨み、一際不機嫌そうな声を出すと兄は慌てて兜を脱い――
ちょっ!?
私は思わず顔を背け、口元に手を当てた。ディアドラとアンナマリーも目を丸くしたかと思うと、私と同じように顔を背けて口を手でふさぎ、肩を震わせている。
こ、これはないだろう。こんな不意打ちをされるとは思わなかった。
兄上はなぜにこんな様でここに堂々ときたのだ!?
噴き出しそうになるのを無理矢理堪え、乱れた呼吸を落ち着いて整える。
なにか兄上が狼狽えたように騒いでいるがどうでもいい。
何とか平静を取り戻し、私はひとつ深呼吸をすると、再度兄上に向き直った。
「兄上、なにを思ってそのようなふざけた姿をしているのかは問いません」
「いや、クロ―ディア!? なにを云っているんだ!?」
「片眉と片髭だけ剃った有様で真顔で話などされたのでは、誰でも噴き出すものでしょう!」
「はっ!?」
兄上は慌てたように顔に手を当てた。
……おや? 自分で剃ったのではない? 誰かに悪戯されたわけでもなさそうだな。
「なーっ!? 眉が、私の右眉が!? 自慢の髭が!? つるつるっ!? 何故だ!?」
取り乱す兄の姿に、私はふと頭に御使い様の姿が思い浮かんだ。
視線を周囲の公爵家直属の騎士たちに向ける。
「お前たちも兜を脱げ。そして確かめろ」
ザワリと騎士たちの声が微かに上がった。ディアドラの震えが止まり、私に視線を向ける。その顔は少しばかり強張っていた。
皆が兜を脱ぐ。
あぁ、やっぱりだ。
ディアドラの目がまんまるくなった。アンナマリーは背を向け、震えたままだ。
全員の右眉が、髭のあるものは髭の半分が綺麗に消えていた。はっきりって凄まじく滑稽だ。だがここまでくると笑うに笑えない。
一瞬の静寂の後、自身の状況を理解したのだろう、叫び声があがった。
まぁ、哀れではあるが、御使い様を殺そうとしたのだ。この程度の罰で済んでよかったと思うべきだろう。
さて――
「兄上。兄上たちは神の使いである御方を殺害しようとしました。この地に現れた【魔】をたったひとりで退け、私とディアドラの命を護り救ってくださった御使い様を」
「ま、待て、どういうことだ?」
「つい先ほどまで、私は神の御許で保護されていたのです。そこで私は多くの真実を知りました。
ひとまずその話はあとにするとして、私は御使い様から兄上に罰を与える代行者に任命されております」
「は?」
私が突拍子もないことを云っているとでも思っているのだろう。ディアドラも驚いているようだ。だが、このままズルズルと後回しにするとやりにくくなるだろう。こういうことは勢いも大事なのだ。
私はガントレットを嵌めた右手をギュッと握り締めた。訓練はして来たが、実際に拳を振るうことなどこれまでなかった。馬鹿なことをやった部下を殴る時は、鞘に納めた剣、或いは剣の腹でぶっ叩くのが常であった。
さて、私の付け焼刃まがいの拳はどれだけの威力があるのか。
構え――
「歯ぁ食いしばれぇっ!」
「ちょまっ!?」
かくして私は兄を殴り倒し、ディアドラは驚いた表情を張り付かせたまま、失神した兄、即ち父親を見下ろしていたのだった。




