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012_通りすがりの仮面の魔術師だ


「お帰り―」


 相変わらずの神様の気の抜けた声。


 私は派手に倒れ込んだ姿勢から身を起こした。私の下には身を縮こまらせたクロ―ディアさん。


 まさか堂々と乗り込んできて、いきなり自爆テロみたいな真似をやらかすとは思わなかった。


 いや、あれ、魔法だから、恐らくは自身のことは【防壁】でも張って護っていたんだろう。


 とはいえ詠唱無しであの世界の【魔法】を発動させたということは、神モドキがあの世界の魔法を学んで自身の力に昇華、その上でアップデートしたものを配下に渡した、というところか?


 でなけりゃ無詠唱、詠唱破棄なんて出来ないからね。この世界の【魔法】はそういうものだ。さすがに世界の論理を書き換えたとは思えないし。


「な、なにが起きた?」

「どんな理由、事情かは知らないけど、【支配】が攻めて来たね。あのメイドに見覚えは?」

「いや?」

「アレがお嬢様の専属だったマウラとかいうメイド」

「うん。天使級の【這いずるモノども】だね。まぁ、緊急事態だったし、ここに彼女を連れ込んだことは大目に見るよ」

「あー……すみません、神様」

「そう思うなら、今度僕にカレーを作ってね。どうにも僕が作るとアノ味がでないんだよ。同じ材料、同じ手順なのにさ」

「いや、神様が再現できないとか、そっちのが謎なんですけど?」

「それこそ僕の方が訊きたいんだけど? 君、いつの間に僕を超えたの?」


 いやいやいや。


「神様、クロ―ディアさんがいるからって私で遊ばないでくださいよ。私は至って凡人ですよ。魔法を伝授して頂いて、体操選手みたいな身体訓練を散々させられただけの」

「高校に行ったら、体操部で即戦力になれるね」

「……私の受験予定の学校に体操部はないんですけど」

「安心するといい。体操部のあるところに願書を出してあることにしておくから。もしくは志望校に体操部が存在しているように改変するよ」


 ちょっと!?


 そんなアホなやり取りをしている私の隣で、クロ―ディアさんが呆然と佇みながら、ボソリと言葉を発した。


「か……神?」


 神様は口の中のたい焼きを飲み込むと、少しばかり眉根を寄せると思案するように呻くような声を上げる。


「うーん……。神、と云っても僕はこの世界の神じゃないからなぁ。それに、現状、この世界の神をやっているあの女神は殺すことにしたから、僕の事を崇め奉る必要はないよ。君からしたら邪神だろう?」

「それを自分で云うんですか、神様」

「正直は美徳ってね」

「過ぎた正直さは不和をもたらすものですよ」


 私がそう云うと、神様は意地の悪い笑みをニタリと浮かべた。


「というか、やっぱり始末することにしたんですか」

「うん。こないだから云ってるじゃない」

「冗談とか軽口の類と思ってたんですけど」

「上の神に申請が通ったからね。止められると思ったんだけど、申請したのが僕だと分かった途端に、異常に早く手続きをしてくれたよ。既に次の神の選定に入って、しっかりと教育した上でここに派遣されることになってる。

 あ、そういや前任の教育担当神はクビになるって云ってたな」


 のほほんと答えながら、神様は次のひとくちを齧った。……中身は餡子じゃないな。チーズかな?


「いや、神様。どんだけ影響力があるんですか」

「下手に扱うとヤベェってレベルにまで強くなると、結構無理が通るよ。道理さえしっかりしてればね。今回に限れば【這いずるモノども】に関して報告を上にあげず、その上放置だもの。厳罰もやむなしってことさ。“神モドキ”は放っておくと“神殺し”になるからね。そうなると管理神程度じゃ手がつけられなくなる」


 それこそ僕みたいにね。などと云って、神様は最後の尻尾を口に放り込んだ。


「はいはい、そんなところに座り込んでないで、こっちにおいで。たい焼きの他に大判焼きもあるよ」

「いやいやいや、すぐに戻らないと」


 私が慌てて立ち上がると、神様は「ちっちっちっ」と云って人差指をふる。


 古い特撮の「日本じゃあ2番目だ」のシーンを思い出させる。


「戻るのにもタイミングってものがあるじゃない。もうちょっと待とう」


 パチンと神様が指を鳴らす。


 するとコタツの上に映像が現れた。それはつい先ほどまで私たちのいた場所だ。まるで火事の現場のように、真っ黒な煤だらけになっている。

 窓と壁が吹き飛び、天井も半ば崩落している。床が抜けていないのが不思議なくらいだ。


 いまだに混乱しているのか、呆然自失気味のクロ―ディアさんの手を引いて、私たちはコタツにはいった。


 半壊した部屋にはまだマウラがいた。


 私たちがいた辺りを確認している。あのおっさんは瓦礫に埋もれているようだ。まぁ、あの“鳥かご”は頑丈だから無事だろう。


「君、あの一瞬で身代わり置いてきたの?」

「置いてきましたよ。あれだけ派手にぶっ放してくれましたから、適当な死体ですけど、私たちが死んだと思うでしょうね」


 大判焼きを頬張り、私は硬直した。


 な、なんでこれをチョイスしたの神様!?


 私は涙目になりながら口の中のモノを無理矢理飲みこんだ。


「あれ? どうしたの?」

「神様、なんでこれを選んだんですか!」


 かつて柏駅前の屋台で買った大判焼きじゃないですか! ホカホカの出来立てあったか大判焼き。イチゴ入り。


 熱されたイチゴの果汁と餡子のハーモニーは筆舌しがたい味なのだ! 少なくとも私の味覚にとっては害悪だ!


「いや、君の記憶に強烈に残ってるからさ。それにいちご大福は好きだろう?」

「神様、それはそれ、これはこれです。あ、クロ―ディアさん。これは食べないように。大判焼きに対する冒涜だから」

「そこまで云う!? ……僕も食べてみよう」


 食べてなかったんですか!


 神様は私の食べ掛けを奪うとそれを口に入れた。その途端、変な声を漏らして固まった。なんだか私と同じで涙目になってる。


「な、なんでこんなの買ったのさ」


 どうにか飲み込んだらしい神様が問うてきた。


「興味本位で買って失敗した好例です」


 好例って言い回しは合ってるのかコレ?


「くっ。仕方ない。具合を悪くしてまで食べる物じゃない。残りは処分しよう。神力で出したものだから、食材の無駄ってわけでもなし」

「……まだ以前に私の云ったことを気にしてるんですか?」

「君の怒った顔は色々とショックだったんだよ。怖いと思ったのはじめてだ」


 酷い言い種だ。


 画面のメイドは、焼け焦げ潰れた2体の死体を確認すると、壊れた開いた壁の大穴から外へと飛び降りた。


「お、また随分と人数を集めたな。天使級はあのメイドだけだけれど、下位の【這いずるモノども】をあれだけ用意したのか。【増殖】に関して調べ直したほうがいいかもしれないな」


 公邸の脇にある開けた場所。学校でいえば校庭のような場所に、武装した者がぞろぞろと集結しはじめている。人数的には80名くらいだろうか。

 装備はバラバラ。烏合の衆のようにも思えるが、【支配】の支配下にあるのであれば、普通の軍隊並に厄介だろう。


 いや、しぶとさを考えたら国が傾くレベルかな。国の魔法使いの手練れ具合で存亡が決まりそうだ。


「一般兵に騎士に魔法使い。魔法使いが10人とか結構多いですね」

「君なら簡単に滅殺できるだろう?」

「ゴブリン相手じゃないんですから。真っ当な鎧を来ている分、面倒臭いです」

「魔法を使えばいいじゃん」

「アレをまとめて始末するとなると、周囲の影響が酷いことになります」

「あ、気にするんだ」

「当たり前でしょう!」


 本当にこの神様は。


 でもあいつらをサクッと始末するとしたら――時間限定のアレに変身するのが一番楽かな。でも人数を考えると制限時間ギリギリになりそうだ。


 画面を眺めていると、爆音と閃光が断続的に端の方から聞こえてくる。


「【閃光の衝撃】を教えたんだ」

「えぇ。魔法だけではまだ使えなかったんで、マグネシウムが必須ですけど。一応、海水から取り出す方法は教えましたよ。もちろん、魔法での製錬です」

「なに教えてるの!?」

「いや、神様がやっちまえって云ったんじゃないですか。ついでに豆腐の作り方も教えました。『まずにがりを作ります』って教えたので」

「豆腐!? 本当になに教えてるの!? 僕の思ってたことと違う!」

「いや、知りませんよ。とはいえ、サンプル用に渡したマグネシウムの量を考えると、もう撃てないんじゃないですかね」

「これは彼女を捕えて、入換えるのが目的で間違いないねぇ。公爵家を乗っ取れば、いろいろとやりやすくなるだろうし。そろそろ助けに行ったほうがいいね」

「それじゃ行ってきますね。クロ―ディアさんをお願いしますね」

「ほいよー。楽しく見物させてもらうよー」


 ひらひらと手を振る神様を尻目に、私は魔法で姿を消して外へとでた。


 出る場所は半壊した執務室。神様ルームに入った場所からしか出られないのはちょっと不便だ。入るのはどこからでもできるのに。


 すっかり吹き飛んだ扉の脇をみると、鳥かごが埋もれ、いまだにあの執事が苦しんでいる。一応魔法を解くか。この状態で解くと、ちょっと瓦礫に埋もれるけど、致命的なことにはならないだろう。


 ってことで解除っと。


 そして大穴から外を見やる。うん。3階は高い。


 さすがに他人に化けただけの状態だと、こっから飛び降りるなんてできない。普通に大怪我をしちゃうよ。


 呻き声をあげるいけ好かない執事を尻目に執務室を出る。


 すでに公邸は勝手知ったる他人の家。小走りで移動しながら、ついでに着替えもする。アイテムボックスを使っての服の入換えくらいはもう慣れたものだ。


 革鎧の冒険者風スタイルから、恰好をまるで違うものにかえる。


 演出なんかも考えると、顔を若干隠せるほうがいいだろう。ということで、帽子もデフォになっているスタイルに着替えた。


 階段を小走りに駆け降り、メイドや衛兵が逃げ惑っている間を縫って玄関から外にでる。


 本当にクソの役にも立たない使用人たちだ。主を守ろうという気概がないのか。


 庭を駆け抜け、練兵所(?)へと入る。


 そこではあのメイドが率いる兵士たちによって、お嬢様が追い詰められていた。けなげにも、適当な兵士から奪い取って来たであろう中盾を手に、お嬢様付きになったメイドのアンナマリーがお嬢様を守るべく立ち塞がっている。


 へぇ。あの子、お嬢様がこっちにきてからついたメイドなのに、あんなに忠義に溢れてるんだ。随分といい子を引き当てたねお嬢様。で、お嬢様はと……あぁ、魔法の使い過ぎだねぇ。限界近くてヘタってるじゃん。まぁ【閃光の衝撃】は殺傷力がないから、どうにもならないからねぇ。


 腰のホルスターからショットガンを抜く。


 装填している弾頭は散弾ではなくスラッグ弾だ。それも対【這いずるモノども】用に奇跡付与済みの特別性だ。


 歩きながら構え、いまにもふたりを取り押さえようとしている兵士を容赦なく撃つ。


 お、当たった。命中精度なんてロクでもないハズなんだけれどな。あいつは運が悪い。よろけ、まだ立っているが付与の影響のせいか動けないようだ。もう一発。命中。……しぶといな、さすがに。


 この突然の状況に、連中が慌てて周囲を見回し始めた。


 ショットガンを折り排莢する。次弾装填と。


 ガチンとショットガンを戻し、歩む速度を落とす。


 カツン、カツンと、やたらと私の足音が響きはじめる。


 それこそ、周囲にいる者が無視することができないほどに。


 余りの大音量というわけじゃない。ただ……そう、聞き逃すことができない、そんな気持にさせる靴音。奴等も動きを止め、音の出どころを探している。


 ……また神様が変な効果をつけてる。なんか「ボス戦だ! ヒャッホーッ!」って、はしゃいでる姿が思い浮かぶなぁ。


 はっきり云って、私のここでの活動は神様にとっての娯楽だからね。ここ一番の盛り上がりになるだろうここからの時間は、もう楽しみで仕方がないのだろう。


 まぁ、あの容姿もあって、はしゃぐ姿はとても可愛らしいんだけれども。


 お嬢様まであと少し、というところで私は【Invisible】の効果を解く。いまの姿はケイトリン。即ち、先にクロ―ディアさんと一緒に殺されたハズの冒険者の姿をとっている。


 再度射撃。先の銃撃で動けなくなっていた奴は無様に倒れた。


 お嬢様たちもメイドたちも、私が何者かいまだに気がつかない。それもそうだろう。なぜならいまの私の恰好は西部劇のガンマンだ。テンガロンハットにマントのようなポンチョ。シャツにベスト、そしてジーンズ。もちろん、靴は拍車のついたウェスタンブーツ。まさにウェスタンスタイルのガンマンだ。


 唯一(ゆいいつ)おかしいのは、手にしているソードオフダブルバレルショットガン。拳銃のように扱えるように銃身とストックを切り詰めた代物だ。銃身を切り詰めるなんてしているから命中精度は酷いことになるが、ショットガンとして使うのだからなにも問題はない。いましがた騎士を仕留めもしたし。いや、散弾じゃなくスラッグ弾だから、当たったのはほとんど偶然なんだけどさ。


 それに弾頭に魔法を付与しておいたから、人モドキでも簡単に倒せたわけだけど。行動不能なだけみたいだから、あとで止めをささないとなぁ。


 カツッ。


 お嬢様とメイドの前に立ちはだかる。


 俯き加減の私の顔は、テンガロンハットの鍔もあいまって、口元しか見えないハズだ。


「なんだ貴様は!」


 集まっている連中の誰かが叫んだ。


 やっべぇ。なんだかワクワクしてきたよ。


 連中に対し、斜に構える。


「通りすがりの【仮面の魔術師】だ。

 あぁ、覚えておく必要はないぞ。お前たちはここで終わる」


 銃口を連中に向けつつ、二本指を立てた右手でクイッとテンガロンハットの鍔をあげ、私はニヤリと笑った。



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