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010_天使は笑う


■Side:Gladys


 マウラの持つランタンの灯りを頼りに、トンネルを進む。


 壁面は凸凹としているが妙に滑らかで、ツヤツヤとガラスのようにランタンの灯りを反射している。


 ここはグクローツ砦よりさらに東に進んだ場所に建てられていた木造の砦より入った、地下通路だ。


 先を尖らせた丸太を突き立て塀とした中規模の砦。その向こうの遠くに見えるのは歪んだ景色。“女神の封印”。


 まさに公国との国境に隣接するように建てられた砦から、地下へと潜り、この赤い溶けたような壁面のトンネルを歩いている。


 どれほど歩いただろうか?


 真っ暗な向こうに、ポツンと灯りが見えた。


 そのまま進んでいくと、トンネルは行き止まり、その壁は歪んだガラスのような壁となっていた。


 そしてそこには粗末な椅子に腰掛けたみすぼらしい姿の小男がひとり。


 その男は私たちをほんの一瞬睥睨すると、ニヤリとした笑みを浮かべた。


「よう。随分と可愛らしいのを選んだじゃないか。……他の連中はどうした?」

「死んだわ」


 マウラは肩を竦めた。


「外には私たちを単体で殺せるモノがいる。私たちのことも知っているみたいだわ」

「……女神の使徒か?」

「それはないわ。オリアーナ様が云っていたでしょう。女神はこの世界を見捨てたのよ」


 女神様が私たちを見捨てた!?


 マウラの言葉に私は思わず目を見開く。


 オリアーナ……確か、前第8聖女がそんな名前だったが、25年前に死亡したはずではないのか? 公国の滅亡と共に。


 戸惑っていると、椅子に座っている小男が私に視線を向けた。


「……後ろの姉さんは? ルーサー様が予定していた人物ではなさそうだが」

「その護衛騎士よ。当初の計画は失敗よ。云ったでしょう。手駒は殺されたの。たったひとりに。全員ね」

「一大事じゃねぇか。完全な操者(ルーラー)なんてそう数はいねぇんだぞ」

「そうね。でも失ったのは“ゴブリン操者”だもの、そこまで慌てるほどじゃないわ。危険なのはひとりだけ。オリアーナ様の云っていた勇者とやらも特定できそうよ。それと、もうすぐ第1聖女が寿命で死ぬわ」

「ほう? そっちは順調のようじゃないか」

「第5聖女、第6聖女はこちらにつくわ。第5聖女は()()()()()()いるわよ。第7聖女はどこにいるのか、5年前から放浪しているようね。第2、第3聖女は予定通り退場してもらうわ。第1聖女同様もう高齢ですもの。第4聖女も第7聖女同様行方不明。現第8聖女と第9聖女は……まだ若すぎるし、資質がいまいちなのよね。ルーサー様がどう判断なさるか」


 やれやれと云わんばかりにマウラが首を振る。


 ……これは、誰だ?


 私の知るマウラではない?


「そこまで聖女が必要かねぇ。まぁ、いれば民衆を扱うのは楽になるが」

「ルーサー様が成り代われば万事うまくいくわ。もっとも、その為の一手がなかなか進んでいないのだけれどね。

 オリアーナ様がルーサー様に嫁ぎでもすれば簡単なんだけれど、そう上手くいくものでもないしねぇ」

「そもそもアルトゥル様が認めねぇだろ。ルーサー様のやったこと自体、結局はただの私欲だしよ。オリアーナ様はともかく、アルトゥル様との仲の悪さはどうにもならんと思うぞ」

「本当、面倒よねぇ。ま、(ルーサー様)に仕えている私がいうことでもないんでしょうけど。オリアーナ様が教会を掌握してくだされば簡単なんでしょうけど、教会はオリアーナ様を死亡扱いにしているから、いまさらどうこうするのも面倒なのよねぇ」


 第5聖女で掌握できればいいんだけれど。


 マウラがそう呟くと、男はお手上げと云わんばかりに両手を挙げてみせた。


「消えた女神に成り代わって8柱もの新たな神が降臨してるんだ。いもしない神をあがめる教会なんざいらねーよ。聖女も然りッてな。オリアーナ様を主に、新しい宗教を作っちまえばいいんだよ。それくらい、ルーサー様も認めんだろ。んで、第5聖女と第6聖女はいつこっちに来るんだ?」

「抜け出すのに手間取っているのよ。中央が放したがらなくてね。仕方ないから騒ぎを起こすわ。【魔】がストローツで暴れたらどうなるかしら?」

「……おい」

「国の重職にあったものが死ねば教会も動くわよ。特に、公爵家は寄付をたっぷりしているんだもの。聖女が派遣されるのは常よ。ついでに、襲撃のどさくさに紛れてお嬢様を今度こそ攫ってくるわ」

「いま来ている代官を殺すのか? アレもヘッドリーの血族だろう?」

「近衛との繋がりは魅力的だけれど、必要なものでもないわ。今回は生贄になってもらいましょう。彼女が死ねば教会だけでなく、否応にも国の中央も動くでしょう。王妃殿下のお気に入りだもの」


 私は、なにを間違えた?


 小男が座ったままひらひらと手を振る。


 すると歪んだガラスのような壁が、急にピシッと綺麗に整のい、壁の向こうが綺麗に透けて見えるようになった。


 それこそ、そこに壁などないかのように。


「行くわよ」


 マウラはそういうと、その壁を通り抜けた。


 私もおっかなびっくりしつつも、その壁を通り抜ける。


 硬い地面を踏みしめる音が響く。


 ユラユラとマウラの持つ灯りが揺れる。


 あとどれほど歩めば良いのか。


 ふと、先ほどの小男の事が気になり、マウラに訊ねた。


「彼? 彼は天使のひとりよ。門の天使、といったところかしらね」


 天使。神の御使い。だが天使には翼と天使の輪があるものではないのか?


「あぁ、それは女神の使徒ね。そんなモノ居るわけないわ。なにせ、女神は我らが神が顕現した直後に逃げ出してしまったもの」


 振り返りもせず答えるマウラ。


 私は心もとない灯りの中、顔を強張らせることしかできない。


「私たちはどこへ向かっているんだ?」


 遂に私は問うた。現状は、私が勝手にマウラについてきているようなものだ。


「神の御許へ」


 マウラが答える。


「向こうについたら、イニシエーションに望んでもらうわ。えぇ、天使に選ばれることを願っているわ」


 足を止め、マウラが私を振り返る。


 ニコリと微笑む。


 その微笑みは私の知るもので――


 ――なのに、どうして違和感が膨れ上がっていくんだ。


「選ばれる?」

「えぇ」


 再びマウラが歩き始めた。


「……マウラは選ばれたのか?」

「えぇ」

「だから……変わったのか……」


 再びマウラが足を止めた。


 私を振り向く。


 その彼女の顔が妖しく見えるのは、ユラユラと揺れるランタンの灯りのせいだろうか?


「えぇ、私は選ばれ、天使になったのよ。人を導く(操る)天使にね」


 そういって微笑むマウラは、私には――のように見えた。



 ★ ☆ ★



 ■Side:Maura


 グラディスを預け、私は王国へとトンボ返りをした。


 彼女が天使に選ばれたなら、いろいろとやりやすくなるだろう。


 私はと云うと、弱い【人類(Mankind)操者( ruler)】でしかない。転向者であるならともかく、普通の人間相手では、多少の意識誘導をするくらいしかできない、不出来な天使だ。


 やはり素体の才能が必要であるのだ。


 お嬢様であればなにも問題もない。それどころか公爵家の総領姫だ。少々考えが浅いところはヘッドリーの血そのものだが、その資質、才能は文句なしどころか、これ以上にないといえる。


 天使に選ばれることはほぼ確実。たとえ選ばれずとも、私が側にいれば問題なく操れもするだろう。


 ストローツの町へとはいる。丁度門番をしていた衛兵のふたりは転向者。私は問題なく町へと入ることができた。ついでに人間と交代し、町にいる転向者を公邸に集めるように指示する。


 もちろん、人間の衛士が疑うような気持を持たないようにその精神を操作しておく。


 さて、これで問題もない。


 この町にもそれなりの数の転向者を浸透させているはずだが、短時間でどれだけ集められるか。


 堂々と、だが急がず慌てず殊勝な顔で公邸へと入る。


 公邸にはいるのは初めてだが、誰も私のことを気にも留めない。公爵家のお仕着せであるというだけで、誰も怪しむことがない。


 なんともザルな警備だ。


 前任の執政官。確かハスケルとか云ったか。まったくいい仕事をしてくれた。おかげでこの町ではやりたい放題のことができるというものだ。


 少なくとも、クロ―ディア様がしっかりと綱紀粛正を行き渡らせるまでは。


 粛々と階段を上る。


 廊下で足を止め、窓より外を眺める。


 順調に配下のモノどもが集まってきている。冒険者として動いている魔術師も集まっているのはありがたい。

 弱いと思っていたが、自身の操者(ルーラー)としての力は思っているほど弱いものでは無いのかもしれない。


 試しにすれ違ったメイドを支配できるかやってみる。


 ふむ。支配は出来ずとも、一切の警戒心を抱かせることはないか。これはいいな。情報を抜き放題だ。


 彼女と軽く会話をし、クロ―ディア様のいる場所。執務室の場所を聞き出す。


 3階の中央の大部屋か。一番奥ではないのね。


 人気のない廊下を進み、階段を登る。


 目指す部屋はすぐそこだ。


 両開きの大きな扉の部屋。護衛のひとりでも立っているかと思ったが、誰もいない。


 本当にこの公邸はどうなっているんだ? あまりにも人がいない。酷い状況であるということは聞いていたが、いくらなんでも酷すぎるだろう。人手不足もいいところだ。


 まぁ、おかげで私は動きやすかったのだから、この状況を作り出した愚か者には感謝するとしよう。


 いまはどこぞに逃げているという執政官と会うことがあるなら、少なくともひと思いに殺してあげるくらいには。


 扉の前に立ち、ノックを4回。同時に、声に出さずに魔法の詠唱を開始する。


 人の間ではもはや失われてしまった、古い古い【爆轟】の魔法。


 ややって、私を誰何する声が扉の向こうから聞こえた。


 その声に私は堪え切れず笑みを浮かべ、扉を開いた。



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