新入りは黙って鍋洗い
とりあえず冷静になろう。
頭の中でざっとまとめてみる。
俺は授賞式の最中に死んでしまい
料理の神様が俺の前に現れ、脅しまがいの事をされ異世界に飛ばされた…と。
「あっれぇ〜?やっぱりイミワカンナイ」
とりあえずどうしようか?言葉は通じるのだろうか?
こんな事ならもっと異世界モノのアニメとか見ておくべきだった…
とりあえず町の喧騒に耳を傾けてみる。
(言葉は理解できるみたいだな。)
設定ゆるめな異世界に飛ばしてくれた事だけは
あの神様に感謝しておこう…
異世界で料理させられるとは思ってもなかったけどな
(てかこういう時は厨房内からスタートするもんじゃないのか…?)
料理はしたいか?と聞いてきたくせに
飛ばされたのは町の中。
どうすりゃいいんだ???
とりあえず俺は料理をする為にこの世界に飛ばされたんだよなぁ…
料理できる所はどこか無いかな…
考えたところでどうしようもないのでとりあえず辺りを散策する事にした。
あたりには出店が並び、人々で賑わっている。
珍しいモノを見るような人々の視線をよそに商店街を抜けると
今度は役所的な建物が続いていた。
ー職業安定所ー
こう書かれた建物が目についた。
「え!職安あるの!?」
思わず口に出してしまった。
どの世界でも職を探す人は絶えないんだな〜と
思っていると
「何か御用でしょうか?」
ゴブリン風の中年男性職員が声をかけてきた。
驚きつつも咄嗟に
「料理人の案内ってありますか?」
正直答えは分かっていた。異世界だろうが現実世界だろうが、料理人の求人なんて腐るほどあるだろう。
なぜなら我々の業界は人手不足が常に悩みの種になっているからである。
するとそのゴブリンは怪訝な表情を浮かべ
「ある訳ないでしょう!あんなに人気な職種!!!弁護士や医者ならまだしも!!!」
ほぇえ〜…
こういうところで異世界発揮してくるのねぇ…
この世界ではコックさんは人気なのね。
いきなり壁にぶつかったにも関わらず
なぜか嬉しい気持ちも湧いてきていた。
「すいません他当たります」
足早に立ち去ろうとする俺の服を掴み
中年ゴブリンが口を開く。
「お兄さん見ない顔だね?異国から来たのかい?
これもまた何かの縁さね。そんなお兄さんに特別に有名なレストラン紹介するよ?」
え?まじでっ!?
いきなりのおいしい話に思わず笑顔が弾けた。
職員ゴブリンも笑顔で頷いた。
職員ゴブリンはすぐにどこかへ電話をかけはじめ
俺にこの先の噴水の公園で待つようにと言ってきた
俺は深々と頭を下げお礼をした。
ゴブリンも合わせて頭を下げた。
(ニヤッ)
ん?今笑わなかったか…?
気のせいか…!
公園に着きしばらく待っていると
「職安からの紹介は君かい?」
黒艶スーツを身にまとった白髪オールバック爺が声をかけてきた。
「申し遅れました。わたくし王都ホテル支配人を務めさせていただいております、カルトと申します。早速ですが料理人志望という事で宜しいですか?」
「はい!そうです!!中条龍と申します!よろしくお願いします!」
まだ異世界に来てそんなに経ってないのに
こんなに事が簡単に進むとは思ってもいなかった。
厨房にさえ入れば俺の土俵だ。
異世界だろうが何だろうが俺の名を轟かせてやる!
「では行きましょう」
「カルトさん、面接とかはしなくて良いんですか?
あの一応料理には自信があ」
「異国の方は面接は免除ですので…」
食い気味に支配人は答えた
嫌な予感がした。
実際ここに来てまだ数時間しか経ってない。
この町のこともほとんど把握していない。
やっと冷静になれたと思ったと同時に恐怖心が込み上げてきた。
しかし帰る場所ももう無い。
(えぇい!出たとこ勝負だ!!)
「どうぞこちらへ」
え?え?
「なんじゃこりゃー!!!!!!!!」
想像を遥かに超える高級ホテル風の佇まい
これは本当にアタリかもしれない!!
まだまだ料理人人生終わってなかったー!
「では厨房へご案内致します」
重い鉄格子の扉が開く。
包丁のテンポのいい音、鍋が奏でる金属音、そして鼻の奥を刺激する良い匂い。
一気に五感が冴え渡った。
「おう!カルトのおっちゃん!何だソイツは?」
真っ赤な目をした鬼のような見た目の強面が近づいてきた。
「料理人希望の異国の方でございます」
「おー!おー!そうか!そうか!俺はここで料理長をしてるロゼってもんだ!よろしくな!」
「中条龍と申します。よろしくお願いします」
(厳しそうだけど気さくで良さそうな人だな)
内心凄くホッとした。
職安のゴブリンの笑みが不気味だったからである。
「それでは私はこれにて。何かありましたらいつでもお声掛けください」
支配人は急ぎ足で厨房を出て行った。
いよいよ異世界料理人生活がはじまるぞ!
沢山俺の天才的センスでおいしいもの作ってやるからなー!!
「おいお前ニヤついてねぇで早く鍋洗え」
「え?」
「職安のゴブリンからちょうど良いパシリ捕まえたって連絡あったからよ。天下の王都ホテルの厨房に立てるだけありがたく思えよ?異国のあんちゃん」
「え?ハローワーク?」
「ハローワークって何じゃボケぇ」
…くっそゴブリンの分際でー!!!
やっぱりあの不気味な笑みはこういう事だった!
何が職安じゃ!何がハローワークじゃ!何がこんにちはお仕事じゃー!!!!