4杯目 (シャンパンのカクテル②)
PV145
こんな拙い話を読んて頂き、心から感謝致します。
「...桜羽さんにお詫びしたいと思います。」
カウンター内で美味しそうにシャンパンのカクテルを飲んでいる彼女に向かって彼は真顔で話しかけた。
「え?急にどうなさったのですか?」
少し戸惑いながら彼女は問い掛ける。
「街をぶらついていて偶然こちらのお店を見かけた時は正直馬鹿にしてました。どうせまともなカクテルなんか飲めないだろうと...」
「注文する時もです。若い女性だからきちんとオーダーをこなせるのか、と。だからあんな試すようなオーダーをしてしまいました。」
「でも作って頂いたカクテルはどれも素晴らしく美味しかった。どれも材料だけでは無い、経験と技術に裏打ちされた素晴らしい1杯でした。」
「私に取って理想のバーとバーテンダーさんに大変失礼な態度を取ってしまいました。申し訳ありませんでした⋯」
彼が頭を下げると彼女は
「そんな事ございませんよ。貴方がこのお店に入って来た時から雰囲気で判りました。あ、この方はお酒がそしてBarがお好きな方なんだろうな、と⋯」
美和さんは優しい微笑みを浮かべ、なお彼に語りかける。
「貴方は最初からバーでのマナーをきちんと守っておられました。サービスする私からしてみると、不愉快な事は何一つない素晴らしいお客様です。」
「ですからこの話はこれで終わりです!これからも宜しくお願い致しますね!」
彼女はそう言うと彼に向かって深々と頭を下げた。
「⋯それに私、人の心が分かるんですよ♪」
小さく呟いた彼女の声が彼に届く事は無かった...
◆
「よし!今日は貸し切りです!【CLOSED】の札を出して来ちゃいますね!どうせ昨日も一昨日もお客さん来なかったし♪」
⋯いや、ちょっと待て⁉ さらっと今日1番の爆弾発言を聞いたぞ⋯
「だから正真正銘、貴方がこの店の初めてのお客様なんですよ♪」
彼に楽しそうにそう言うと、軽やかな足取りで彼女は表に出ると扉に【CLOSED】の札を掛けるといそいそと帰った来た。
「さて、では次はさっきのスパークリングワインを使ってシェークで作るカクテルを味わって頂きますね♪」
彼女はそう言うと、バカラの大ぶりのマティーニグラスを取り出した。
続いてタンカレーのジンとピーチリキュールとブルーキュラソーを取り出し、バーマットに並べる。
そしてシェーカーにメジャーカップを使わずにジンとリキュールを注ぐとバースプーンで軽くステアして、中のお酒を小さなリキュールグラスに少し取ると味を確かめた。
満足いく味だったのだろう、小さく頷くとシェーカーに氷をきっちり詰めると、軽く息を吐きシェーカーを構えると次の瞬間鮮やかにシェーカーを振り始めた。
キンキンキン!とシェーカーと氷がぶつかる甲高い音が店内に響き渡る。
シェーカーの振り方にも色々あり、シェーカーの振り方を見ればそのバーテンダーさんがどの店で修行したか分かるというが、彼女はこれだけの技術を何処で学んだのであろうか?
ふと彼女と目が合うと、彼女は彼に向かって軽くウィンクした。
まるで「それは秘密ですよ♪」とでも言うように...
シェークされたお酒をカクテルグラスに注ぐと、最後に先程のスパークリングワインでグラスを満たした。
目の前に鮮やかなマリンブルーのカクテルが完成した。
「お待たせ致しました。スパークリング ブルー マティーニです♪」
彼女はそう言いながら彼の前に置かれたコースターにグラスをそっと置いた。
大ぶりのマティーニグラスが天色のカクテルで満たされカクテルピンの刺さった緑のマラスキーノチェリーが沈んでいる。
まるで真夏の空の様な美しいカクテルである。
そっと一口口に含むと、少し甘めだがそこそこ強いお酒が喉を滑り落ちる。
「美味しい⋯」
思わず呟いてしまった。
二口、三口と美味しそうにグラスを傾ける彼をカウンターの中から美和さんは嬉しそうに見つめていた⋯
【スパークリング ブルー マティーニ】
このカクテルは銀座のBar保志のバーテンダー保志雄一氏の創作レシピでタンカレーのカクテルブックにも掲載されています。昔、タンカレーがマティーニのキャンペーンをやっていた時に中洲のBarでこのカクテルを頂いた事がきっかけで私のお気に入りの1杯になりました。
3月26日 追記 訂正