20杯目(メシャムパイプ)
今夜の風花はいつにも増して華やかだ。
カウンターの中にはトレードマークの真っ白なバーコートをぴしっと着こなしたこの店のオーナー兼バーテンダーの美和さんがシャンパングラス片手にニコニコ笑っている。
いま咲いたばかりの白い百合の花のような楚楚とした艶かな美人さんである。
そしてカウンター席には彼ともう一人、白人の美しい女性が優雅にシャンパングラスを口に運んでいる。
彼女の名前はソーニャ。
美和さんの古い知り合いで、スラヴ系のまるで女神の様な全ての男を魅了させる程魅力的な目が覚めるほどの美人である。
高級ブランドのスーツにビシッと身を固めた彼女もケラケラ笑いながら美和さんと昔話に花を咲かせている。
楽しそうに話している二人の会話を邪魔するほど野暮ではない彼は、ちょっと一服しようかと考えて脇に置いていたパイプポーチから1本のパイプを取り出した。
今日持参しているパイプはビンテージのメシャムパイプとダンヒルのローデシアン・ベント。
メシャムパイプとは通常のプライヤーと呼ばれる地中海沿岸に育つ、エリカ・アーボリアと言うツツジ科の木の根を加工した物と違い、海泡石と呼ばれるパリゴルスカイナイト郡に属する粘度鉱物を成形したパイプで、パイプの女王とも言われている。
今回持参したメシャムパイプは1900年代のイギリス製で、メシャムの部分は美しい琥珀色に色付き、ボウルとステム部分に純銀で銀巻きが施され、なおかつその部分に美しい彫刻がビッシリと施されている。
そしてマウスピースは琥珀を加工して使用しており、まるで美術品の様な1本である。
銀色の折りたたみ式のパイプスタンドを広げ、パイプを置こうとしていると
「へ〜、その若さでパイプとは洒落てるわね。しかもメシャムじゃない?ちょっと拝見させて頂いても良いかしら?」
パイプを取り出してゴソゴソしている彼の様子を見つめながらソーニャさんが話しかけて来た。
特別断る理由もないので彼女にパイプを手渡すと、彼女は懐から小さなルーペを取り出して、それを使い真剣な眼差しでパイプの細部を観察し始める。
「このパイプはイギリス製ね⋯ホールマークは1893年のバーミンガム製⋯銀細工も綺麗だわ⋯そしてマウスピースの琥珀も本物⋯」
一頻りパイプを弄くり回して気が済んだのか、ゆっくり顔を上げて一息つくと、彼に顔を向けてにっこり微笑むと
「貴方、随分と良い物を普段使いしてるのね?これビクトリア期の本物のメシャムパイプよ。100年以上経つメシャムでこのコンディションを保っているのは珍しいのよ。これは資料館で大切に展示されてもおかしく無い位の品ね。」
と言った。そして
「もしこのパイプを手放す時は私に言って頂戴。良い値段で引き取らせて頂くわ。私のお店のコレクションに加えたいから♪」
悪戯っぽい笑顔を浮かべてソーニャさんはそう言った後
「大切にしてあげなさいね♪」
彼女はそう言って軽くウィンクすると、彼の手に優しくパイプを置いた。
「へ〜、綺麗なパイプだとは思っていたけどそんなに凄いパイプだったんですか〜」
カウンター内で話を聞いていた美和さんもそう言いながら話に加わって来る。
「それにしてもソーニャさん、貴女本当の古物商みたいでしたよ!」
「失礼ね!『みたい』じゃなくて本当に古物商よ!ちゃんと古物商許可も持っているわ。古物商はカバーじゃないわよ。それに古物商やっていれば色々な曰く付きの品も手に入るから都合が良いのよ♪」
と言った。




