13杯目(モスコミュール)
何とかあまり間隔を開けずに投稿出来ました。
拙い作品ですが、今回も宜しくお願い致します。
「そう言えば連れの女性が居ましたよね?彼女はどうしたのかな?」
彼がそう言っていると、化粧室のドアが開き先程の二人組の連れの女性が俯きながら出て来た。
彼女はカウンター席に座ろうとして、あの二人が居ない事に気付きあわてて店内を見回す。
カウンター内の美和さんと目が合うと、美和さんは彼女に微笑みながら「お二人は用事を思い出したみたいで先程お帰りになられましたよ♪」とサラリと彼女に伝えた。
彼女はあっけにとられながら「え、あのしつこい二人があっさりと帰ったのですか?」と呟いた。
彼女は姿勢を正すと、美和さんと彼に「お騒がせして申し訳ありませんでした。」と頭を下げながらお詫びの言葉を述べる。
「お気になさらないで下さい。お酒を楽しく飲むのは結構ですが他人に迷惑をかける様な飲み方は良くありません。あのお二人にはきっとお酒の神様の罰が当たっちゃいますよ♪」
美和さんはいたずらっぽく笑いながら彼女にそう言った。
「では私もこれで帰らせて頂きます。お会計をお願い致します。」
彼女はバッグから財布を取り出しながらそう言うが、美和さんは「せっかく御来店頂いたのに嫌なお気持ちのまま帰って頂く事は出来ません。もしお時間とお身体が許すなら、後一杯だけ飲んで行かれませんか?」
と彼女に言った。
「⋯⋯そうですか。あの二人に前の店でもかなり飲まされてしまっているので、あんまり強いお酒や量は飲めませんが、でも折角なのでお言葉に甘えさせて頂き一杯だけ頂戴させて頂きます。」
彼女はそう言うと財布をしまいながら席に座り直した。
「ではまずはこちらをお飲み下さい。」
美和さんはそう言うとクリスタルガラス製のタンブラーにピッチャーに入った水を灌ぐと、彼女の前にもう一枚コースターを置きその上にスッとグラスを置いた。
「酔い醒めの水は甘露の味と言いますが、酔い覚ましや二日酔いにはまずは水分を取るのが一番ですよ。その水は霊験あらたかなお水ですから良く聞きますよ♪」
と優しく微笑みを浮かべながら彼女に進めた。
「⋯⋯頂きます⋯⋯」
訝しげな表情を浮かべながら彼女はグラスの水を口に運ぶ。
「⋯⋯美味しい!」
驚きの表情を浮かべながらそう呟いた。
「そうでしょうそうでしょう!なにしろ特製の神水ですからね!」
美和さんはどや顔で胸を張りながら訳の分からない自慢をしている。
彼女はあっという間にグラスの水を飲んでしまった。
「⋯⋯あれ?さっきまであんなに頭や胃が重くて気分が悪かったのに、今はスッキリしている⋯⋯何で!?」
彼女はそう言うと不思議そうに自分の頭や鳩尾を触りながらそう呟いた。
「それでは、さっぱりした飲みやすいロングカクテルをお作りさせて頂きますね。」
美和さんはそう言うとバックバーから大きなガラス製の密封式の瓶を取り出した。
瓶の中には大量の生姜がお酒に漬け込まれている。
「自家製のジンジャーウォッカです。年に数本だけ新生姜の時期に私が作るのですが、その中でもこの瓶のジンジャーウォッカは特別で、福岡市東区にある筥崎八幡宮で初秋に開催される福岡三大祭りの一つ「放生会」の時に境内で販売されている縁起物の新生姜だけを漬け込んだ物です。」
「しかもこの中の生姜は八幡宮から特別に頂戴した縁起物をスミノフウォッカで漬け込んだ特製ジンジャーウォッカです。」
「応神天皇と神功皇后と玉依姫命のご利益がたっぷり詰まってますから、このお酒のご利益は凄いですよ~♪」
と美和さんは一部訳の分からない説明を交えながら瓶の中身を二人に説明する。
「あ、因みに酒税法では酒類と他の物を混ぜた場合は新たに酒類を製造したと看做され「自家消費」だけは例外として認められていますけど販売する事は禁じられているんですよ。でも当店は此方の地域を担当する税務署に事前にきちんと申請していますから法律違反では無いんですよ♪」
とも教えてくれた。
次に冷蔵庫からキンキンに冷えた銅製の大ぶりのマグカップを取り出し、目の前のバーマットに置いた。
「バーではモスコミュールの器には銅製のマグカップが良く使われます。マグカップを使う事に関しては、ウォッカメーカーが昔プロモーションの為に広めた説や、禁酒法時代にお酒を飲んでいるのを胡麻化すために広まった説など色々な説があります。モスコミュールはコリンズグラスで出す店も多いのですが、私は銅は熱伝導率が良い為にカクテルが良く冷えますし、また口をつけた時のひんやりとした清涼感もありますので銅製のマグカップを使用致しています。」
美和さんはそう言いながら目の前のフルーツが盛られた籠から良さそうなライムを一つ取り出すと手早く洗い、サクッサクッと手際よく櫛切りにした。
マグカップに櫛切りにしたライムを絞り、絞った身をそのまま落とし込んだら、瓶に入ったジンジャーウォッカをカンロメードルを使いマグカップに注ぎ入れた。
そして手際良くキューブアイスを数個マグカップに投入すると、すかさず別の瓶に入った液体を注ぎ入れる。
「こちらは自家製のジンジャービアになります。当店には市販の物も在庫はありますが今回は自家製のジンジャービアを使用させて頂きます。ジンジャービアを使うとジンシャーエールを使うよりかなりスッキリした辛口のモスコミュールに仕上がります。」
そう言いながら美和さんはジンジャービアを注ぎ入れると
「炭酸飲料で割るカクテルを作る場合はステアしてはいけません。炭酸が飛んでしまいますから。バースプーンを静かにグラスの底まで沈めて氷を下から軽く持ち上げる位で十分なんですよ。」
そう言いながらマグカップの氷を底からバースプーンで軽く持ち上げバースプーンを軽く揺らした。
彼らの目の前であっという間に目の前で美味しそうなモスコミュールが完成した。
「お待たせ致しました、特製モスコミュールです♪」
二人の前のコースターにキンキンに冷えている為に表面にビッシリと細かい水滴の付いた銅製のマグカップが置かれた。
見るだけで間違いなく美味しいと解るオーラがマグカップから漂っている。
キンキンに冷えたマグカップに警戒しながら二人とも恐る恐るマグカップに手を伸ばすと、ほぼ同時に口を付けた。
「うわっ、何だこれ!美味しすぎる!!」
「⋯⋯美味しい⋯⋯!」
二人同時に感想を漏らす。
ジンジャーウォッカのアルコールと生姜の香りの効いたジンジャービアの炭酸の刺激にライムの酸味と香りが加わりさっぱりとした爽やかな一杯に仕上がっている。
居酒屋などで飲むモスコミュールとは天と地程の差のある素晴らしい味のカクテルだった。
「凄く美味しいです。こんな美味しいモスコミュールは東京のバーでも飲んだ事ありません!私、感動しました!!」
彼女の言葉に美和さんは微笑みながら満足げに頷いた。
「しかもこの一杯は神様のご利益がたっくさん詰まった霊験あらたかな一杯ですからね♪明日はお二人はきっと良いことがありますよ♪」
美和さんはどや顔を浮かべながらそう付け加える。
そしてニヤッと悪戯っぽい笑顔を浮かべながらつつっと彼の前に移動すると、オーバーなリアクションを交えながら
「あれ?あれ?彼さん今回は反応薄いですね~?いつもなら私のカクテルをもっともっと褒めてくれるのにどうしたんですか~?さあ、さあ、もっともっと褒めてくれて良いんですよ~♪」
と彼に向って言い出した。
美和さんのセリフとその言葉にアタフタする彼の表情が余程可笑しかったのか、カウンターの彼女が噴出して笑いだす。
それを切っ掛けに店内に三人の笑い声が響き渡った。
「あ、そういえば私、自己紹介をまだしていませんでしたね!私、山崎響子と言います!このお店とバーテンダーさんのファンになっちゃいました!」
彼女は美和さんに頭を下げながらそう言った。
「私もご挨拶が遅れて申し訳ございません。桜羽美和と申します。これからもどうぞ宜しくお願い致します。」
腰のポケットに入れた革の名刺入れから名刺を取り出すと、彼女に名刺を差し出しながら美和さんも挨拶を返す。
山崎さんは彼の方を向くと
「常連さんですよね?山崎響子と申します。これからちょくちょくお会いする機会があるかと思いますので、どうぞ宜しくお願いします。」
と挨拶した。
彼も挨拶を返すと山崎さんは美和さんの方を向くと
「彼さんって桜場さんの彼氏さんなんですか?何か凄く仲が良さそうに見えたんですけど⋯⋯」
などと、とんでもない事を美和さんに問いかけた。
美和さんは顔を真っ赤にしながら大慌てで
「いやいや、それは違いますから!そもそも彼さんはすでにご結婚なさっていますから⋯⋯」
とお目目をぐるぐるさせながら全力否定した。
美和さんのその様子を見ながら彼は心の片隅の小さな疼きに気付いてしまった。
山崎さんはこれからもちょくちょく登場する事になると思います。
また、この作品を読んで頂く事で、皆様のバーに対する敷居が低くなり、気軽にバーの扉を潜っていただく切っ掛けになれば幸いです。
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