表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/23

12杯目(招かれざる客)

長らくお待たせして申し訳ございませんでした。

今回はお酒より迷惑なお客様がメインになります。

 カウンターでゆっくりとした時間が過ぎて行く。

 今夜も閉店までこのゆったりとした時間を過ごせるのかな⋯⋯


 しかし美和さんの横顔を見つめながらパイプ片手にウィスキーを楽しむ彼の至福のひと時は無粋な濁声により儚くも崩れ去ってしまった。

 「お、何だ何だ、洒落た店だな!」

 突然、乱暴にドアが開くと同時に店内に品の無い濁声が響き渡った。

 静かな空間をぶち壊されて憤慨した彼が入り口のドアの方に顔を向けると、そこにはスーツ姿の赤ら顔の中年男性2人と戸惑いの表情を浮かべたまだ若いビジネススーツ姿の女性が立っていた。


 「いらっしゃいませ。空いているお席にどうぞ⋯⋯」

 美和さんが彼らに声をかけると、中年の二人は店内に入るのを躊躇している女性の手を引っぱりながらカウンター席に向かった。


 「こんな田舎町に随分と気取った店が出来た物だな~」

 安物のスーツを着た小太りの中年男がそう言うと

 「ホントですよね~。この町にBarなんかオープンさせて、お客なんて一人しか居ないじゃないですか!」

 ともう一人の痩せた中年男が相槌を打つ。

 「さ、響子ちゃん呑み直そうよ!」

 小太りの男はおどおどしている女性の手を軽く引っ張りながらカウンターに向かってどんどん歩いていく。

 その後ろを痩せた男が追随して行った。


 彼の後ろを通る時、「お、若いのに葉巻か~古臭いよな~。明治や大正時代じゃないんだからよ~、健康に気を使って電子タバコにしろよ~」と笑いながら彼に言った。

 「いや、葉巻じゃ無くパイプだし⋯⋯」

 少しムッとしながら心の中で突っ込みをいれたが、このお気に入りの店で下手にトラブルは起こしたくない。

 あえて無視することにしてグラスのアメリカンウィスキーを煽った。


 三人は席に座ると、美和さんが差し出したメニューを見ながら男性二人が大声でお喋りを始めた。

 どうやら職場の飲み会が終わって流れて来たグループの様である。

 同行しているどうやら女性は断り切れずに無理矢理連れて来られた様である。

 戸惑いと困惑を浮かべた表情がどうしても気になってしまう。


 メニューを眺めながら話をしていた男性二人は、注文しようと顔を上げカウンターの少し離れた所で背中を向けて作業をしている美和さんを大声で呼び付ける。

 「お待たせ致しました。ご注文はお決まりですか?」

 笑顔を浮かべた美和さんが彼等に近づき注文を聞く。

 美和さんと目が合った二人は呆けた様に美和さんの顔を見つめながら固まってしまった。

 男二人は美和さんの顔を暫し見つめていたが、ふと我に返ると二人してニヤリと嫌らしい笑みを浮かべ大声で機関銃の様に美和さんに喋りかけた。


 「お、よく見たら物凄い美人のバーテンさんじゃないか!」

 「ホントですね!うちの山崎ちゃんも可愛いけど、このバーテンさんはレベルが違いますね!!」

 「バーテンさん、今夜はもうお店閉めて一緒に飲みに行こうよ!」

 「寿司でも天婦羅でも何でもおごっちゃいますから!太っ腹の部長が!」

 「その後は四人でカラオケにでも行って盛り上がろうよ!あ、お金は気にしないで!全部奢るから!」

 余りにも失礼な態度に彼は酔っぱらいの二人を怒鳴りつけそうになったが、美和さんはニコニコ笑顔を浮かべたまま

 「申し訳ございません。折角のお申し出ですが謹んでお断りさせて頂きます。そして当店はまだ営業中ですし他にお客様がいらっしゃいますのでもう少しお静かに願います。」

 とやんわりと断り、尚且つ酔っぱらい二人にしっかりと釘を刺した。


 二人は一瞬苦々しそうな表情を浮かべたが、二人して顔を見合わせると何事も無かったかの様にお酒を注文し始めた。

 「そうだな、じゃあ注文しようかね。バーテンさん、俺は焼酎!焼酎は置いて無いのかな?焼酎!芋焼酎がいいな!」

 「あ!じゃあ俺も俺も!でも部長、最初は生ビールが良くないですか?バーテンさんビールある?ビール!〇〇〇ビール!大ジョッキで3杯ね!」

 と大声で注文している。

 彼らに挟まれて縮こまりながら座っている女性は「部長、課長、私はもうお酒は結構で⋯⋯」と小声で必死に断ろうとしているが、酔っぱらった二人には彼女の声は全く届いていない。


 美和さんは少し困った表情を浮かべながら

 「申し訳ございません。当店は生ビールは置いていないんですよ。瓶ビールで宜しければ幾つか置いていますが、〇〇〇ビールは置いておりません。」

 と2人に言った。


 「え~置いて無いのかよ〇〇〇ビール、俺はビールは〇〇〇ビールってこだわっているんだよ!何だよ品揃えの悪い店だな!」

 小太りの男がそう言うと

 「じゃあいいよ。ここはBarだろう?カクテルを頂戴!カクテル!バーテンさんカクテル何なら出来るの!?」

 「若い女のバーテンさんだし、難しいカクテルなんか出来るの?言っとくけど俺らお酒には詳しいよ!」

 と痩せた男も言いだした。

 酔っぱらいの中年男性2人は好き勝手言いながら美和さんに絡みだす。


 「部長、課長、失礼ですよ⋯⋯バーテンダーさん、何か軽い飲みやすいロングのカクテルを3杯お願いします」

 連れの女性がそう言ってフォローするが、酔っぱらい二人は止まらない。


 「あ、じゃあ俺はセックスオンザビーチね!セックス!!」

 小太り男が美和さんに嫌らしい表情を浮かべながら注文したと思えば、痩せた男が

 「じゃあ俺はチチね、チチ!バーテンさんのでも良いけど!」

 と美和さんの胸元を嫌らしく見つめながら注文する。


 いい加減聞くに堪えられず彼が一言注意しようと立ち上がりかけた時、連れの女性が

 「バーテンダーさん、ジントニックを3杯お願いします!部長、課長、それで宜しいですよね。」

 とサッサと注文した。


 美和さんは「畏まりました。」と一言3人に言って頭を下げると、さっさとカクテルを作る準備を始めた。


 二人は美和さんにまた何か言いたそうであったが、美和さんがカクテルを作る作業に入ってしまった為に矛先を連れの女性に変えた。

 セクハラ交じりの会話が彼の耳に嫌でも入って来る。


 そうこうしていると、三人の前のコースターに美味しそうなジントニックが並べられた。

 「さ、まずは乾杯しようか!」

 小太り中年の言葉で男性2人がグラスを鳴らして乾杯する。

 しかし女性はグラスを少し持ち上げただけで他の二人とグラスを合わせて乾杯をする事は無かった。


 高価なクリスタルグラスを使っている事の多いBarでグラスを鳴らしての乾杯は論外である。

 女性にはその気遣いが見て取れ、男性二人の傍若無人ぶりにブチ切れそうになっていた彼の気持ちが少し落ち着く事が出来た。


 「何か普通のカクテルだな⋯⋯そこいらの居酒屋のジントニックとそう変わらないな」

 ジントニックに一口口をつけた小太り中年がそう言うと、痩せた中年も

 「そうですよね!居酒屋の倍以上の値段を取るんだったらそれに見合ったカクテルを作ってもらわないと⋯⋯」

 とニヤニヤしながら美和さんのカクテルに因縁をつける。


 「部長、課長、そんな事はありませんよ。このジントニックはすごく美味しいです。」

 「ジンやトニックウォーターもこだわられていますし、ライムもフレッシュを使っています。そして何よりバーテンダーさんのカクテルを作る手際も鮮やかで凄く美味しかったですよ。」

 一口カクテルを飲んだ女性かそういって美和さんとカクテルを褒めた。

 「君みたいな若い子はこういった店で飲んだ経験がそう無いだろう?我々はいつも色々なお酒を飲んでいるから詳しいんだよ。適当な事言っちゃ駄目だよ。」

 小太り中年が女性に笑いながらそう言う。

 女性は流石にカチンと来たのか「ちょっと失礼いたします!」と言うとスッと席を立ち、バックを持つと化粧室に入って行った。


 女性の姿が見えなくなると同時に二人が美和さんを呼び寄せた。


 小声でひそひそ話をしているつもりであろうが、2人とも酔っぱらっている為に声が店内に響き、彼の耳に嫌でも入ってしまった。

 「なあなあ、何だったかなあのカクテル。一発で酔っぱらうキツーイ奴。ジンとかラムとかテキーラとか入る紅茶みたいな奴」

 「ロングアイランドアイスティーですか?お作りする事は可能ですが⋯⋯」

 「じゃあ今度はそれを三杯作ってよ!俺らの分は薄ーく良いけど、連れの子の分は濃ゆーく造ってよ!一発で足に来る位キツークね!」

 ⋯⋯聞いているだけでムカムカしてくる位下種な注文を美和さんにしている。

 「お断り致します。当店ではその様なご注文をお受けする事は出来ません。」

 美和さんは2人の注文をキッパリと断った。

 しかし二人は

 「ええ~いいじゃないこれ位の注文~!ササっと作ってよ~」

 「そうそう、こっちはお客様だよ、お客様!別にアンタに害がある訳では無いんだし、お金は払うからさ~」

 「あんたバーテンだろ?黙って客の言う通りの酒を出していればいいんだよ!」

 「女のアンタが作ったカクテルならあの娘も警戒せずに飲むだろうし!」

 「嫌ならアンタがアフター付き合ってくれても良いんだよ。このままなら俺たちSNSでこの店のことをある事無い事書いちゃうよ~。感じ悪い店だったって!」

 「そうそう、簡単にアフター付き合ってくれるバーテンが居るとか!」


 美和さんは目を瞑って二人の話をじっと聞いている。

 我慢の限界が来た彼が二人を叩き出そうと拳を握りしめながら席を立とうとした時、彼はふと気付いた⋯⋯

 美和さんの肩が細かく震えている⋯⋯

 そして気のせいであろうか?彼女の背後に真っ赤な怒りのオーラが渦巻いているのが何故か彼の眼にはハッキリと見えてしまった⋯⋯


 あの温和な美和さんが怒っている⋯⋯


 怒りに打ち震える美和さんはスッと顔を上げると、彼の方をチラッと見て一瞬微笑んだ。

 そして未だに騒ぎ立てている二人の方を向くと

 「貴方達の様なお酒の飲み方する方は当店のお客様ではありません。お代は結構ですのでどうぞお帰り下さい。」

 とキッパリと二人に言い放った。

 2人は一瞬呆気にとられたが、次の瞬間顔を真っ赤にして美和さんを怒鳴り出した。

 しかし彼女は臆することなく、二人の眼をジッと見つめるともう一度力強く「お帰り下さい!」と言い放った。

 すると何故か二人は急に騒ぐのを止めると、視点の定まらない目で入り口のドアを見つめると、ボーっとしながら店の外へフラフラと歩いて出で行ってしまった。


 彼があっけに取られて入り口の方を見つめていると「お騒がせ致してしまい大変申し訳ございません。」と美和さんが謝ってきた。

 彼女が悪い事は何一つ無い。

 彼が謝罪など必要無いと彼女に伝えると、彼女は嬉しそうに

 「でも私の事で怒ってくれて、私の為にあの二人に向かって行こうとしてくれましたよね?凄く嬉しかったです。」

 そう言いながら彼に微笑んだ。

今回はお酒では無くお客さんをメインに書かせて頂きました。

バーのマナーに関してはあくまで私の個人の考えです

良く言われる事ですが、バーでは政治と宗教と野球の話はしない、他の店の悪口は言わない、バーテンダーさんを独占しない、バーテンダーさんにうんちくを言わない・・・

キリが無いですね。

かく言う私もバーでの行動で後から思い出して後悔してしまう事が何度もあります。

注意しなければ・・・


この作品を読んでいただいて、皆様のバーの敷居が低くなり、バーの扉を潜っていただく切っ掛けになれば幸いです。


また、ブックマーク、評価、いいね、等頂戴出来ましたら大変励みになります。



5月18日 一部内容訂正

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ボクはBarでのマナーの細かいところはまったく分かりませんがこういう客は本当に迷惑ですね。 関西人の評判を落としているのはこいつらやな…と思いましたww それにしても客の中の女性もなかなかい…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ