10杯目(シャルトリューズ③)
やっと更新出来ました。
新型コロナウイルスの影響で飲食店は大変との事です。
知り合いのバーテンダーさん達から悲鳴が届いています。
この騒動が一刻も早く収束する事を切に願います。
Barの中の時間は独特だ。
長居したつもりは無いのに、気が付くと閉店時間になっていた事が何度もある。
この日もふと気付くと既に零時を回っていた。
カウンターの中では美和さんがニコニコしながら機嫌よくグラスを洗っている。
お客さんは相変わらず彼一人しか居ない。
⋯⋯しかしこれで経営は成り立っているのかな⋯⋯
以前、疑問に思い彼が一度美和さんに聞いてみた事があるが、その時は彼女は「あ~、大丈夫ですよ♪他にも収入がありますし♪」とケラケラ笑いながら彼に言っていた⋯⋯
パイプの煙を燻らせながら彼はそんな事をぼんやり考えていた。
店内にはアイルランドのミュージシャン エンヤの曲が流れている。
静かで美しい歌声が耳に心地良い。
静かな店内と美味しいカクテルに美人のバーテンダーさんを独占⋯⋯まさに至福の時間である。
お店には申し訳無いが、この素晴らしいひとときがずっと続いて欲しいとつい思ってしまう。
ふとカウンター内の美和さんと目が合った。
彼女の宝石の様な美しい黒い瞳を見つめていると、何故か自分の心の中をちょっと覗かれた様な不思議な感覚を覚えた。
彼が驚いて視線を逸らしてキョトンとしていると、そんな彼を見つめながら美和さんは「あ~あ、今夜も貸切営業ですね♪今夜もお店と私を独占ですよ♪」といたずらっぽく笑いながら一人呟いた。
◆
「さ、では次は甘めのカクテルを作らせて頂きますね♪」
彼の手元のカクテルグラスを見て美和さんかそう言って来た。
次はどんなカクテルを作って貰えるのか、期待に胸が膨らんでしまう。
そんな彼を尻目に美和さんはバックバーを眺めながら暫し考え込んでいたが、何か思い付いたのか手をポンと叩くと店の奥にあるキッチンに入って行った。
彼はその間にカクテルグラスに残った最後のエメラルド・アイルを口に運ぶ。
冷たく冷えたアルコール度数の強いジンとシャルトリューズが喉を滑り落ち、一瞬カッと来るが、同時に口の中に各種ハーブの豊かで複雑な香りが花開く。
ジンとシャルトリューズを絶妙なバランスでブレンドされていて、きっちり冷えているが水っぽくならないシェイク技術はやはり素晴らしい。
⋯⋯美和さん流石だな⋯⋯彼は彼女の消えていった奥のキッチンをぼんやりと眺めていた。
彼女は少しの間キッチンの中でゴソゴソしていたが、すぐに卵黄の入った小皿を持って現れた。
次にバックバーからリキュールを2本取り出すとカウンターに列べた。
「此方はシャルトリューズ・ジョーヌです。ジョーヌは「リキュールの女王」とも呼ばれており、薬草酒にありがちな苦味はほぼ無く、口に含むとシロップのような甘さと薬草のフレーバーが口の内に広がる感じが楽しめるリキュールです。」
「また、ジョーヌはヴェールと比べると蜂蜜をたくさん使っているのが感じられるマイルドで柔らかな味わいです。」
「そして此方がポーランドの金粉入りハーブ系リキュール「ゴールドワッサー」です。」
「ポーランドの港湾都市グダニスクで生まれた、ハーブ系リキュールで材料にアニスやキャラウェイ等10種類以上のハーブやスパイスが使われています。」
「約40度とアルコール度数は高めですが、添加された糖分の甘味が風味をやわらげています。」
彼女はそう説明しながらテキパキとカクテルを作り始めた。
まずバロンシェーカーに卵黄を1個入れ、ハンドブレンダーでなめらかに撹拌する。
次にシャルトリューズ・ジョーヌとゴールドワッサーをメジャーカップを使わずに注ぎ入れると、バースプーンを使い軽やかに軽くステアして味を確かめた。
シェーカーに氷を詰めると、鮮やかにシェイクを始めた。何時もよりも力強いシェイクの音が店内に響き渡る。
長めのシェイクが終わると、大きめのシャンパングラスにカクテルを注ぎ入れる。
黄色のカクテルの中を金粉が漂う美しいカクテルが彼の目の前に現れた。
待ち切れずに一口口に含むと、甘く濃厚なお酒が喉を滑り落ち、口の中に薬草の香りが広がっていく。まさに締めの1杯に相応しいカクテルであった。
「ゴールデンスリッパーです。甘味の強い2種類のハーブリキュールが豊かな風味を生み出し、そこに卵黄のとろりとしたリッチな味わいと煌めく金粉がゴージャスな雰囲気を醸し出します。」
「またジョーヌのはちみつの香りはハーブの複雑な香りにまろやかさを与え、まさにデザートカクテルの最高峰と言えるでしょう。」
カクテルを美味しそうに飲んでいる彼をカクテルの説明をしながら美和さんは嬉しそうに見つめていた。
ブックマーク、評価、いいね、等頂戴出来ましたら大変励みになります。