9杯目(シャルトリューズ②)
「そういえば、今度久住に行こうと思ってるんですよ〜♪」
シェーカーを磨いている美和さんをのんびり眺めながらグラスを傾けていると、彼女が唐突そう言って来た。
「ドライブにも丁度良い距離ですし、何より満開のミヤマキリシマを見たいんですよ〜!」
「そして帰りに黒川温泉で温泉に入って蕎麦街道でお蕎麦を食べるんです〜!」
と何だか凄くハイテンションだ⋯⋯
そういえば、先日美和さんの自宅に偶然お邪魔した際に、カーポートに小さな車があった事を思い出した。
「ああ、そう言えば美和さん宅には小さな可愛らしい赤い車がありましたね。確か新型のフィアットでしたね⋯⋯」
彼がそう言うと、美和さんは嬉しそうに頷くと携帯を取り出し「はい!私の愛車なんです。可愛いでしょ♪」と中に入っている車の写真を彼に見せた。
フィアット500ですね。可愛らしくて美和さんにぴったり⋯⋯ってあれ?なんか違和感が⋯⋯?
「何かスポーティーだし、エンブレムも違う⋯⋯美和さん⋯⋯もしかしてこれアバルト?」
恐る恐る聞いてみると、美和さんはドヤ顔で「お、良く分かりましたね!これはアバルト 695 トリブート フェラーリってモデルです♪車、お好きなんですか?」と訊ねて来た。
それ、フィアットをアバルトとフェラーリが共同でチューンした特別仕様車じゃないか⋯⋯
まあ、別に隠す必要も無いかと美和さんの質問に答える。
昔、草レースに明け暮れていた事や、近々、トヨタのGRヤリスが納車される事を話すと、彼女は大喜びでツーリングに誘って来た。彼女は一台でドライブより二台で連なって走りたいらしい。
「あ、狐白も連れて来ますね!あの子もドライブ大好きですから!」
とも言っていた。
どうやら久住ツーリングはすでに彼女の中では確定事項らしい。
◆
「そろそろ次をお作り致しますね。」
彼のグラスが空いた絶妙なタイミングで美和さんが2杯目を勧めて来た。
どうやら本日はシャルトリューズ尽くしの様である。
美和さんはバックバーを眺めて少し考えていたが、考えがまとまった様で軽く頷くと、冷凍庫からタンカレーNo.TENを、バックバーの棚の奥から木箱に入ったシャルトリューズ・ヴェールVEPを取り出した。
次にバロンシェーカーを取り出すと、慣れた手付きでメジャーカップを使わずにタンカレーとシャルトリューズを注ぎ入れた。
そしてシェーカーの中身をバースプーンを使い軽くステアし、味見をすると満足気に小さく頷いた。
次にオーストリアのリーデル社製のカクテルグラスを取り出した。
そしてトングを使いシェーカーに氷をきっちり詰めると、軽く息を吐きシェーカーを構えると鮮やかにシェーカーを振り始めた。
キンキンキン!とシェーカーと氷がぶつかる甲高い音が店内に響き渡る。
少し長めにシェイクすると、手早く中身をカクテルグラスに注ぎ入れ、最後にカクテルピンを刺したグリーンのマラスキーノチェリーを沈めた。
「エメラルド・アイルです。」
美和さんはそう言うとカクテルグラスを彼の前のコースターにそっと置いた。
美しいクリスタルガラス製のカクテルグラスの中は薄いグリーンのカクテルで満たされており、表面に小さな氷のフレークが浮きとても美味しそうだ。
「こちらのカクテルはジン・ベースで、このカクテルの名称は一年中エメラルド・グリーン色の緑に覆われているアイルランドの愛称からとられています。」
「アラスカと兄弟とも言えるカクテルで、材料にシャルトリューズ・ジョーヌかシャルトリューズ・ヴェールを使うかが違います。」
「このエメラルド・アイルはシャルトリューズ・ヴェールを使うため「グリーン・アラスカ」とも呼ばれます。」
と美和さんが教えてくれた。
彼女の説明を聞きながらカクテルを一口口に含むと、ジンとシャルトリューズとのコンビネーションが絶妙で深い味わいと香りが口に広がるが、かなり強いカクテルだ⋯⋯
これはお酒の弱い人には勧められないな⋯⋯
などと考えながらゆっくりとグラスを傾ける彼を、グラスを磨きながら美和さんが優しく見つめていた。
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4月2日 文章、誤字を一部訂正