美憂の家庭環境・来人の挙動
妹 美憂の住む家は葉山にある。美憂の両親は言わずと知れた橘コーポレーションの経営者であるため本社がある都内に居を構え葉山の家の方には週末にしか戻ってこない。兄である俺、来人も実家を出て一人暮らしをしているため、美憂は家でひとり生活している。もちろんセキュリティーは万全で家政婦さんもいるため何の心配もない。
「お帰りなさいませ来人さん」
年配の女性が出迎える。
「ただいまトキさん。美憂はまだ?」
「ええ、立野城様とのお約束で夕飯はいらないとのことでした。ご存知ですよね」
「そう、だったね」
「来人さんこそ美憂さんがいない時にこちらに来られるなどありませんのに」
来人はリビングを見渡す。
「これっと言って変わったことはない? 困った事とか」
「いいえありません」
「セキュリティーは万全だよね」
「もちろんでございます」
「そう。・・・アルマ」
呼ばれるのを待っていたかに様にAIであるアルマが来人の元に表れる。
「おいで」
アルマは来人の身体を使い、その肩に辿り着く。
「・・・お茶をお入れして来ます」
家政婦がリビングから出ていく。
来人はアルマのその小さな躰をなでた。
すっかり秋も深まった夕暮れ時、黄色に変わったイチョウ並木の葉が風に舞っている。
都内の有名なイチョウ並木を歩くことは私にとっては昔も今も初めてで、かなり感動していた。降ってくる葉を摑もうとして夢中になりよろけそうになる。
その美憂の身体を支え、その腕に抱きとめたのは玲生であった。
「大丈夫?」
「ありがとうございます」
照れながら私は立野城さんの腕から離れようとする。
「心配だから、このまま」
玲生は美憂と手を繋いだ。
「えっあのでも」
私は後ろを気にした。そこには何とも言えない表情を浮かべている百田さんがついて来ていた。
「彼は気にしないでいいから」
説明しよう。なぜ立野城さんの会社の百田さんが一緒なのか。それは本来ここにいるだあろう兄の来人の姿がない事に由来する。
兄は用事の為、私と立野城さんが会うこの日に時間が取れなかったのだが、どうしても2人だけにしたくなかったので、百田さんを見張り役に引っ張りだしたのである。ちなみに兄と百田さんは面識があります。
「私の事はお気になさらず」
百田さんはにっこり笑顔を向けてくれる。私もつられて笑顔になる。
「百田ではなく」
立野城さんの顔が私の顔を覗き込む。
「僕を、見て欲しいな」
近いし、私は思わず俯いた。
「百田、三メートル位離れてついて来て」
「今俺は来人側だから玲生の言う事は聞けないし、お前もやつを怒らしたくないだろう」
「・・・僕は怒らせてもいいわけ?」
百田は降参と言う感じで両手を上げ後ろに下がる。
玲生は満足そげに頷き、美憂を見る。
「美憂ちゃん、ご飯何食べようか」
手を繋いだまま、私は立野城さんと歩く。
「私、あまり外で食べたことがなくて」
「へえ、そうなんだ。じゃあのお見合いの時のレストランは?」
「あそこはご近所さんで、私が小さい頃から家族で通ってる唯一のお店なんです」
「意外だな。なんか外食が当たり前だと思ってた」
私は否定するように首を振った。
思えば不思議だが、美憂には家族でどこかに外食に行くと言う記憶があまりない。いつからだろうか。
「どうかした?」
「そう言えば、あまり家族で外に食べに出たことがないなって思って」
「ご両親は会社の経営で忙しそうだよね。僕の実家も旅館だからその辺は難しかった。家族そろってご飯なんて一年に一回あるかどうかだったし・・・それは個々の家庭事情だから仕方がないよ」
家庭環境によって違う。そう言われればそうかもしれないが、うちの両親は私を人が多い所には連れて行かないような気がした。
「兄が家を出るまではいつも一緒に食事していて、外食が少ないなんてそんな事思ってもなかった」
「今はひとりでご飯食べてるの?」
「住み込みのお手伝いさんがいてくれるので一人ではないです」
「そうなんだ。じゃこれからはなるべく一緒にご飯たべようか」
「それは・・・立野城さん的に無理があるんじゃないかと」
「出来れば毎日美憂ちゃんと会ってご飯を食べたいけど、それは結婚してからのお楽しみにしておいて。今は時間が合えばそうしようって話です」
結婚。そうでした立野城さんとはそれ前提にお付き合いしているのでした。
「だめかな?」
だから、顔が近いです。
「立野城さんのお仕事に響かなければ私は構いませんけど」
「やった!」
玲生は繋いでいる美憂の手の甲に軽くキスする。びっくりした表情の美憂が可愛くてその頬に玲生は顔を近付ける。
「玲生!」
百田の声が止める。
恨めしそうに玲生は百田を一瞥し、美優を見る。
「ごめんね」
「・・・この間から謝ってますね、立野城さん」
今度は玲生の顔が赤くなる。
私なんか変な事いった?
「立野城さん?」
「・・・うん、色々ごめん」
立野城さんの顔を覗き込もうとして避けられる。それが仕草がとても可愛くて何度も顔を見ようとしたら身体を引き寄せられ抱きしめられた。
「しつこいです」
「ごめん、なさい」
「・・・かわいい」
「あーゴホン、ゴホン」
百田の下手な咳払いが聞こえる。
玲生は美優の身体を離し、再び歩きだす。
ひんやりしはじめた夜の風が赤くなった美憂の頬には心地良く感じた。
来人はリビングのソファに座り、その側ではアルマが丸くなっている。
「来人さん。お食事はお済に? 何かご用意いたしますか」
「ありがとう。でも食べて来たから」
「・・・美憂さんがお戻りになるまでお待ちに?」
来人はアルマを見る。
「いや、もう少ししたら帰るよ」
トキは来人の様子を窺う。
「なに、トキさん」
「美憂さんが嫌がる事はなさいませんようにお願いしますね」
「・・・そんな事しないよ。俺、美憂に嫌われるのやだし」
「ご両親様もご心配しております」
「わかってるよ」
アルマの躰がピクピクと動き始め、躰全体が発光した。
来人はアルマの様子を黙って見つめ、動きと発光が消えアルマの頭をなでた。
「じゃ、俺帰るね」
何か言いたげな家政婦を残し、来人は家を後にした。
来人は外に出て星が輝く夜空を見上げる。