交際宣言。恋愛、始めます。
暗く分厚い雲が広がる空に稲妻が光ったと思ったらドン、ガラガラガッシャーン。
「きゃ」
驚いて耳を塞いで身を縮ませると、椅子に座っていた私は頭をテーブルに強打し意識が一瞬飛んだ。そしてその意識が戻った時、私は前世の記憶が戻っていた。
「大丈夫?」
急いで私の元に来て顔を覗き込むのは私の兄である橘来人(23)、そして
「本当に美憂は慌てんぼさんだね」
「あなた、今のは私でも驚きましたよ」
父の橘良樹(45)と母の茉里(43)。
「美優?」
来人の手が美優の額をさすさすなでる。
私は兄を見上げる。6才離れている彼は妹の私をとても可愛がって溺愛している。
「来人、美優は大丈夫だから席にもどりなさい」
そんな兄をいや私を心配した両親が今日のこの場を設けたのだった。
父の言葉に来人は心配そうに美憂を見つめる。
「にいに、平気だから」
「そっか」
兄は私の隣の席に戻っていく。
今の私は橘美憂18才。警備会社大手の橘コーポレーションの娘。来年の春、高校を卒業する。そして今さっき思い出したのは前世である真木野樹の記憶。確か46で事故死、そしてその時の流れで言うなら喪女でした。
でも、恋愛はした事ないけど男の人と2人で出掛けたこともあるし、人を好きになったこともある。あ~けど性体験は無かったな・・・別に後生大事にとっといた訳ではないけど、するタイミングもなかった。そんな前世の私が今や女子高校生。また人生の荒波に揉まれて流されてしまうのか・・・。
「美優ちゃん、本当に大丈夫?」
私は正面から聞こえた声に顔を上げる。
そうでしたさっき両親がこの場を設けたと言いましたが、私は今お見合い中です。前世は喪女で今度は早婚って按配よくいかないもんですね。
「はい、ありがとうございます」
私の言葉に優しく頷くのは立野城玲生23歳。京都の老舗旅館の三男坊で今は東京に出てきている。
「いい人ぶるなよ玲生。美優はお前になんか勿体ない」
「来人!」
父が兄を睨むが兄は全然気にすることなく立野城さんに妹自慢を始める。実は兄と立野城さんは知り合いで、兄の友達の同級生の弟だったらしく会ったことは無かったが名前だけは知っていたとの事。
「美優はな名前は体を表す如く、今は可愛らしさの方が勝っているけど美しく優しいんだぞ。そんな大事な妹をどこぞの輩なんかに任せられるわけがないだろう」
立野城さんはそんな兄を少し困った様子で見ている。
「それにまだ18だよ。恋愛なんてましてや結婚・・・ああ考えたくもない」
そうでしたね。兄のお蔭で18なのに未だに恋愛をしたことがありません。いいなと思った人がいたとしても兄が全て調べ尽くし、粗を探して追っ払い終わりにしてしまう。本当に優秀な守り対策。
「お前は妹より自分の事を心配しなさい」
「俺の事は放っといてください。仕事もしてるし恋人もいる。家を出て自立してる。他になにか?」
ぐうの音も出ない父。
前世の樹には耳の痛いリア充ぶりの兄です。恋人までいたとは今の私も知りませんでいた。
「ああっその恋人の事でしたら父よそれこそ馬に蹴られてください。いくら身内だからと恋愛事情を勝手に調べないでくださいね」
視線が泳ぐ父。あ~やっちゃったんだ。ちらりと立野城さんを見れば彼の視線と目が合った。私はこんな親子ですいません的な笑いをすると彼はにっこり笑って返してくれた。
「そこ! なに2人でほんわかしてるの」
兄よ、うざい。
「にいに、恋人いたんだ。知らなかったな、私」
「美優が一番、恋人は二の次だから心配するな」
それは心配するよって言うか恋人がお気の毒様です。
「来人。兄として妹をかわいがるのはいいでしょう。でも、美優を貴方の思いで縛るのはおやめなさい」
「母さん。俺は美優の幸せを願ってるそれだけ」
「なら」
「俺の妹離れする口実の為のこのお見合いに、美優の幸せがあるとは思えないから言ってるの」
今度は母の口が閉じた。
でも兄よ。このままいったら美優も前世の二の舞になる可能性がありますよ。私的には別にいいんですけど、出来れば前と違う事したいかな。
「にいに」
「来人さん」
立野城さんと私の声が重なった。
お互いの顔を見合って、言葉を譲り合う。
「いいからお前から話せ玲生」
「はい。もし叶うのでしたら美優ちゃんと結婚を前提にお付き合いさせて頂きたいと思います」
この場にいる立野城さん以外が驚いて固まった。
「な、なに言ってるんだお前」
「来人さんが美優ちゃんの幸せを願う気持ちはわかります。そのお手伝いを私にさせてください」
「立野城さん・・・」
「もちろん美優ちゃんがよければだけど」
優しく笑いかけるこの人を信頼していいのかわからないが、この席にいると言う事はうちの調査も一応はクリアしていると言える。
「よし、このまま話を進めよう」
「そうね。好いお話だわ」
我に返った両親は俄然乗り気だ。兄は立野城さんを睨んでいる。
「お前、本気か」
「はい。彼女さえ良ければ」
またしても私に同意を求めてくる。
来人が美優を見る。
「美優はさっきなにを言いかけたんだ」
ちゃんと妹の事を見ている兄である。だから美優は彼が自分の周りから異性を追っ払っても、兄の事が好きなのである。
「うん。にいにが私の幸せを想ってくれているのと同じくらいに私もにいにに幸せになって欲しいなって思ってるから。にいにが嫌ならお見合いもういいかなって」
兄の瞳が潤む。あっ泣くかな。
「俺の幸せは・・・美優の幸せなんだよ」
大丈夫か兄よ。なんか感動してる。
「美優、こいつと付き合ってみるか」
「にいにのお墨付き?」
「今のところは問題ないと思う」
「これからもないですから!」
立野城さんは少し困りながらも言いきり、私はそんな彼をみて頷いた。
「玲生。美優を、よろ、しく、頼む」
「はい。美優ちゃん、お願いします」
「こちらこそ」
「みゆ~」
来人が美優に抱きつく。
「こんなオプション付きですが、よろしくお願いします」
楽し気に笑う立野城さんにつられて私も笑う。
レストランから出てすぐの海岸にさっきの雷雨が嘘のように夕日が海に沈んでいく。
「きれー」
水面がオレンジ色にキラキラ輝き、私は眩しさに目を細めた。
「本当だ」
「ですよね」
車が用意されるまで私と立野城さんは海岸に降り立っていた。
「美優ちゃん」
「はい?」
横に立つ立野城さんを見上げる。
「さっきの話しだけど、本当にいいのかな」
「にいにがいいって言ってるんで大丈夫ですよ」
「君は?」
私は多分キョトンとした顔をしていたのだと思う。立野城さんが不安げに見つめる。
「僕は来人さんと付き合うのではないよ。美優ちゃんと恋愛したいんだ」
立野城さんの手が私の手を取り、指先を優しく握る。ピクリと身体が跳ねた。
前世も今世も恋愛値ゼロの私にどう答えろというのでしょうか。でも、この胸の高鳴りは嫌いではありません。
「じゃ、私が初めての恋愛が立野城さんになりますね」
立野義の瞳が驚いて美優を見た後、嬉しそうに笑った。
「美優ちゃんにとって最初で最後の恋愛になるように精進しますね」
「・・・立野城さんは違う?」
「そうですね・・・最初ではないですが、最後になりますねきっと」
握っている私の手を引き寄せ、その指先に彼は口づける。
この人なんか手馴れてる感があり過ぎるんですけど、そう思いつつ私は赤くなったであろう頬を海に向け夕日で誤魔化した。
「玲生―、美優から手を離せ―!」
遠くで来人が叫ぶ。
さあ、恋愛を始めましょう。