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不安な奴は読め。  作者: こども
39/138

その1

 「なあ、俺の書く小説ってなんでつまんないんだと思う?」


 「そりゃあ、リアルすぎるっていうか、そもそもお前の体験談をそのまんま書いたようなもんだろ?鬱展開っていうか。誰もお前の苦労話なんか興味ないし、もっと夢とか希望とかに溢れたもんを読みたい人が多いんじゃないのか」


 なかなかきつい意見だが俺は何も言い返せなかった。その通りだったからだ。


 「異世界とか魔法とかが流行るのはそういうことなのかな」


 「まあ何と言っても読みやすいしな。わかりやすい設定で大した努力もなく生まれ持った才能だかなんだかで主人公がカッコよく勝つ!みんな笑顔!世界平和!この時代だからこその文化だろうな」


 「面白さがわかんねえよ……」


 「少なくともお前の19年間の人生よりは遙かに面白いってことだろ。主人公の重い過去とか葛藤とかもう誰も求めてないわけよ。お前のそれは小説っていうよりは自慰行為なんじゃないの」


 ここまで言われて言い返さないほど、俺はプライドが低くなかった。


 「そっちこそ、もうありふれてるどっかのパクリみたいなファンタジー小説しか書けないだろ!」


 「お前、異世界物の小説とか興味あったっけ?読んだこともないのによくパクリだなんて言えるな」


 「うっせ」

 

 こういう口喧嘩は日常茶飯事だったし、それができるくらいには俺たちは仲が良かったし、お互い他に友達もいなかったから授業が終わったらバイトに行くか、どっちも暇な時は部室に集まるかのどっちかだった。お互い大学には退屈していたし、大した夢も将来の展望もなかったし、読書と少しの哲学が好きだった。つまり全くどこにでもいる大学生だった訳だ。


 「まあ、なんだかんだ言っても俺はお前の鬱小説好きだけどな」


 無垢なようでいてバカにしているような、どっちとも取れる笑顔に見えた。俺たちは読書に飽きるとちょっとした小説なんかを書いてネットに投稿することがあったけど、いずれも続かなかった。才能も、努力する根気もなかったからだ。いろんな所でお互い似ていたんだと思う。こんな皮肉めいて嫌味がちなこいつと仲良くしているのにも理由があった。


 

 そもそも俺たちが出会ったのは文学部とは全然違うスキーサークルかなんかの新歓で、チェーンの居酒屋だった。いわゆる飲みサーで、そん時生まれて初めて酒を飲んだ。俺は弱いらしくて一瞬で頭がぼーっとしてきて、それでも勢いには抵抗できず先輩に飲まされそうになってた時に「あー、そいつ弱いんで、その辺にしといてもらえます?」とか言って手を引いてくれたのがこいつだった。盛り上がってる中で俺を連れ出して酔いを覚ましてくれた。とても同年代には見えなかった。ちょっと話すうちに、『大人なやつだなあ』、と酔っ払った頭で考えたもんだった。しばらく黙った後、こいつは聞いてきた。 


 「お前、まだ酔ってる?」


 「いや、頭は痛いけど、もう大丈夫。どうもありがとう」


 「別に。」


 よく見たら同年代のはずなのにタバコをふかしていた。またそいつは言った。


 「お前さ、」


 「何?」


 「お前、家とか家族とか友達とか大学とか人生とか、全部煩わしいやつだろ。」


 突然なんだこいつは、と思ったけど、その通りだった。


 「煩わしいっていうか」


 なぜか俺は今まで誰にも話したことのないことを、初対面のこいつに話していた。


 小学生の時に父親が自殺したこと。それがきっかけで母親がヒステリックになって精神病院に入院したこと。その後6つ離れた姉が失踪したこと。頼れる親戚は一人もいなかったこと。寂しいってなんだかよく分からなくなってしまったこと。死ぬことを本気で考えたこと。それでも自分は不幸かどうかにそれほど興味がないこと。いろんなことをこいつに話した。自分でも信じられないし、とんでもないことを初対面のやつに話してるなんてことを、不思議と考えなかった。下を向いて聞いてたそいつは顔を上げて、口から白い煙を細長く吐き出したかと思うと、一言、


 「俺も似たようなもんだわ」


 そう言った。


 

 俺の人生に影響を与えたこいつのことを俺は『シロ』と呼んでいた。名字からとったあだ名だ。少しだけ、こいつの話をさせてほしい。

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