▲短編:和也ホーム
11月ぐらいのこと
「なあ、知ってるか?ルフィとゾロって付き合ってるんだぜ?」
「…は?何いってんの?」
「…姉ちゃんが持ってた本に書いてあった」
「この話もうやめよっか!」
朝っぱらからなんて話をするのだろうか。
月曜の朝、快晴の天気につられて少し御機嫌で風を切り、自転車を学校まで転がしてきた僕に会うなり、和也はそんな話を切り出した。友達のお姉ちゃんの趣味なんて知りたくないんだけどなあ。
ただ、僕の反応を尻目に和也は結構真面目な顔をして、IT社長のようなポーズをとっている。案外真面目な悩みなのかもしれない。
「でもまあ、普通なんじゃないの?」
「そーなのかなあ?」
「和也もなんだ、その、可愛い女の子たちが絡んでるのとか好きだとか言ってたじゃん?」
「まあ、そうだけどさー」
「そんなもんでさ、女性だって、イケメンたちが絡んでるのとか好きなんだよ。きっと」
「でも、してたんだぜ?」
「……その、それは、け、結合?」
「そう」
「…………………」
キーンコーンカーンコーン
僕らの前に重く横たわった沈黙を、予鈴のチャイムが壊す。
「…授業の準備しよっか」
「…ああ」
この時だけは、授業が始まるのが嬉しく思えた。
****
授業が終わり昼休み。和也と机を合わせご飯を食べながら、自然と話題は《A,U,J》の事になった。
「んで、なんでそんなの見つけちゃったんだよ」
「いやー、姉ちゃんに英語の辞書借りに行ったんだけどさあ、そこでたまたま見つけちゃったんだよ」
「見つけちゃったか」
「うん、世界の名所って表紙がかかった本をなんとなしに開けてみたら…」
「それがあったと」
「それがあったんだなあ」
しかしまさか、ルフィとゾロがなあ…
そういうものがあるとは聞いていたが、実際にどんなものかは知らなかった。そして、これからも知ることはないだろう。
「それがこちらになります」
ブホッ!
「な、何持ってきてんだよ!?」
和也は某お料理番組のように取り出したが、全然求めてないし、軽快な音楽も流れていない。それは、表紙でゾロのことを後ろからルフィが抱いているという表紙の本だった。
そして何故か、ゾロに犬耳が生えている。
「なあ、これどう思う?」
「…」
和也に手渡されて手に取ってみるが、結構ちゃんとした本のようだ。絵柄は少女漫画みたいで、なんかふわふわしている。
興味本位でパラパラとめくってみる。
…お、おお、そうか、まあ、仲がいいのはいい事だよな。…うん?あれ、…え?そんなことが?は?は?は?何してんの?いや、そこに、ええ!?そんなことしたら痛いでしょ!?あああ!?
「…どう?」
「ぼ、僕の知らない世界も有るんだね…」
「うん、それ俺も思った」
なんというか…その…すごい。…すごい、なあ。
そんぐらいの感想しか湧かない、というか、驚きが大半を占めてしまっている。
軽いトラウマだ。
「んで、気になったんだけどさ、ろっきーの姉ちゃんはどうなんだ?」
「え?」
「いや、だからさ、こーいうのとか、興味無い感じなの?」
「ええー?いや、わかんないけどさあ、なんでそんなの知りたがんの?」
「だってさあ、俺の姉ちゃんだけとかだったら嫌じゃん!お前の姉ちゃんもだったらなんか、安心出来んじゃん!」
「和也、自分の安心のために友を売るなよ…」
「いいじゃん!仲間になろうぜ!」
「やだよ!」
別にお姉ちゃんがどんな趣味だろうと構わないけど、知りたいとは思わない!
「てか大丈夫なの?それ学校に持ってきて。お姉さんにバレたりしない?」
「大丈夫大丈夫。代わりに俺のオススメのえろ本入れてきたから」
「何も大丈夫じゃないと思うんだけど…。というかバレた時の被害がさらに大きくなってると思うんだけど…」
こういう所何故か和也は肝が太い。お化け屋敷とかダメな癖してな。
****
その後、和也の家に遊びに行き、きちんとお姉さんの本を元あった場所に返させた。
しかし、次和也のお姉さんにあったときどんな顔をすればいいというのだろうか。
いや、いつも通りでいいのはわかってるけど、いつも通りって意識すると難しいんだよね…。
「んでさあ、見てよこれ」
てれれれってれーと和也は紙袋を取り出した。中に入っていたのは…
「剃刀?」
「そう。使ったことある?」
「いや、うちは電動のやつ使ってるから、ないなあ…」
「ああ、普通は使ったことないだろうな」
でもさあ、と和也は続ける。
「朝起きて寝ぼけながら剃刀で髭そるとか、かっこよくね?」
「…あー、洋画とかでやるやつ?」
「そうそう」
「寝起きにだるそうにタバコ吸うのとか?」
「あれかっこいい!あと仕事終わりにとかやれやれだぜ、みたいな感じで吸ってるのもかっこいい!」
「わかる」
ああいうハードボイルド?みたいなの、憧れるよなあ。
「んで、話ずれたけどタバコはまだ無理じゃん?」
「うん」
そういえば和也は子供の頃、かっこつけてタバコを吸ってみたことがあるらしい。その時は不味すぎて吐いて、オレンジジュースをいっぱい飲んだと言っていた。
うちでは誰もタバコとか吸わないから僕も吸わないだろうな。
「だからさ、剃刀使いたいと思って買ったはいいもののさあ、ちょっと怖いんだよ」
「和也は行動力はあるけどビビりだよな」
「うっせ。とりあえず、1回風呂場で剃ってみようぜ」
「まあ、いいけどさ」
そう言って僕達は髭剃りセット一式を持って風呂場へ向かった。
****
「ふわぁ…」
大きなあくびが出そうになるのをどうにかかみ殺して、大学からの帰路についた私は、玄関で和也のものではない靴を見つけた。
「ん?和也の友達でも来てるのかな?」
ろっきーくんだろうか。
ろっきーくんというのは和也の友達で、和也が高校に入ってからよく家に遊びに来ている。
彼は少し中性的で可愛らしい顔立ちをしていて、礼儀正しく、和也と違って優しいためよく可愛がっている。
今度来た時はクッキーでも焼いてあげようと思っていたのだが、丁度いい。材料もあるし、焼いてあげよう。
そういえば和也がろっきーろっきーと読んでるから私もろっきーくんと読んでるけど、本名は何なのだろう。
「…あれ?」
ご挨拶をと、和也の部屋を訪ねて見るが誰もいない。
靴があったから家にはいるはずだけど、トイレだろうか。
カバンを部屋に置いてスマホ片手に少し探してみる。
すると
「────!」
話し声が聞こえた。
あ、なんだ。いるじゃん。
どこだどこだ?
その話し声がする方に言ってみると、お風呂だった。
…え?なんでお風呂?ま、まさか…
………
あ、そかそか、どっちかが入ってるのかな。なんだ、私また変な考えを…
「ろっきーそれとって!」
「はいよ」
いや、2人で入ってる。えええ!?おふろって男ふたりで入るもんだっけ!?うちのお風呂そんなにおおきくないよ!?
いけないことだとは思いながらも脱衣場の扉に耳をあて、浴場の様子を探る。
「なあ、ほんとにやんの?」
「当たり前だろ!それに、ろっきーだって興味あんだろ?」
「まあ、そりゃ、僕も年頃の男の子だからな」
なに!?何が行われようとしてんの!?
お風呂場で…?男子ふたりきりで…?年頃の男の子が興味があることをしようとしてんの…?ほーん?kwsk。
「うお、すげえな…ヌルヌルだ」
「ローションだからな。専用のやつ買ってきたんだ」
ローション…へえ…?
「じゃ、じゃあやるぞ」
「ああ、ローションがとれないうちにやった方がいいと思う。優しくな?」
そうだよねー!優しさは大事!
「…ああ、ダメだ!怖い!!!」
「大丈夫だって!一思いにやっちまえよ!」
「いや、ちょっとろっきーやってくんない?」
「え?僕がやんの?」
「いや、最初だけ、ちょっとだけでいいから。そしたら後は俺がやるからさ。最初の勇気が出ねえんだよ」
おおお!逆シチュかあ!いいよいいよ!勇気でちゃうよお!?
そ〜れそれそれお祭りだーーーっ!
「じゃ、じゃあいくぞ」
「ああ!来い!」
これは来ましたわ!!
ポロッ
「あ」
興奮し過ぎて、手に持っていたスマホを落としてしまった。
****
最初の勇気が出ないという和也の代わりに剃刀を持ち、ローションを塗りたくったモミアゲに狙いを定める。
和也はどこから引っ張り出してきたのか、よく床屋さんなどで髪が服につかないようにかけるような布を上半身に巻いている。
あ、やばい。なんか手震えてきた。
和也の代わりにやることを承諾したはいいが、剃刀なんて持つのは初めてなのでドキドキする。
「じゃ、じゃあいくぞ」
「ああ!来い!」
震える手をどうにかおさえ、モミアゲに近づけていく。
…すっごい緊張する。
もし自分が失敗したら、友達を傷つけてしまうのだ。
モミアゲに近づけば近づくほど、緊張は増し、自然と息は荒くなっていく。
横顔から、和也も緊張しているのがわかった。
慎重に、
慎重に、
ゆっくりと、
少しづつ、少しづつ刃を皮膚に近づけていく…
そして、刃が皮膚にふれ…
ガタンッ!
「うおっ!」
何かの物音に驚き、和也が身震いしてしまった。
ザクッ
「あーーーーーー!!!!」
「わーーーーーー!!!!」
「きゃーーーーーーー!?」
その身震いによって起こった衝撃で、刃が和也の頬に軽く入ってしまった。
「なになになに!?ど、どうしたの!」
「お、お姉さん!」
「え、え、え、なに?どうなってんの?やばい感じ?」
「わあ!血ぃ出てるよ!?血!」
「と、とりあえずティッシュか何かで止血しないと!」
「え、なんで誰も答えてくれないん?死ぬ?これ死ぬ?」
てんやわんや。
****
「あ、ああ、なんだ、そういうことだったんだ!」
そう言って和也のお姉さん、和日さんは安心したような、残念そうな顔で頷いた。
「まったく、和也は馬鹿みたいなことばっかり考えるんだから」
「うっせえなあ」
「あはは」
和也の頬には大きなガーゼが貼られている。
とりあえず消毒して、救急箱に入っていたよさげなガーゼを貼っておいた。
「なにはともあれ、大きな怪我がなくて良かった。和也は、髭剃りなんて使わないで電動のやつがあるんだから、もうそれ使いなさいよ」
「まあ、そうだなー」
よほど怖い思いをしたのか、和也は素直に頷いていた。
こういう、何かあったあととかの一息をつく時間が僕は好きだ。人は刺激が無ければ生きていけないとはいうが、幸せというのは、今みたいに何かが終わったあと、みんなで感想を言い合ったりたわいの無い話をしている時のことを言うのではないだろうか。平和がいちばんだ。
「あ、そういえばクッキー焼こうと思ってたんだった」
しかし、その平和も終わりを告げた。
「えぇ!?姉ちゃんクッキー焼くの!?」
「うん、最近やってなかったし、ろっきーくんにはまだ振舞ったことなかったじゃない?」
「いやあ、でも、ちょっと色々あったしさあ!」
「そ、そうですよ!お姉さん!疲れてるんじゃないですか?いいですよ、僕なんかに気を使わなくて!!!」
「いいのいいの。お菓子作りは私のストレス解消にもなるんだから。それに、しようと思ってて材料買ってたけど、時間無くて出来なかったから。ろっきーくんが来てくれて丁度いいわ」
「いやいやいや、僕がいただいていいんですか?元は和也のためでしょう?家族水入らずでそういうのはやった方が」
「はっはっは、気にしない気にしない。もうろっきーくんはうちの弟も同然なんだから。和也もいつもお世話になってるし」
まだ必死にとめようとする僕らを和日さんは、気にしないで!と一蹴し、ちょっとまっててねー!と下の階へ降りていってしまった。
「ろっきーおめー今俺を売ろうとしただろ!」
「ばっか和也、死ぬのはお前だけでいい!!」
「俺たち親友だろ!?」
「お前の遺志は俺が継いで生きる!!」
「クソやろーが!!」
僕達がこんな民度最悪のオンラインゲームのワールドチャットのような頭悪い言い争いをしているのには、もちろん理由がある。
和日さんの料理はこの世のものとは思えないほど不味いのだ。
確かあれは去年のハロウィンの時。僕は和也に、和日さんが焼いたというプリンを貰っていた。
そのプリンはパンプキンプリンだということで、少し黄色い色をした、至って普通のプリンで、とても美味しそうに見えた。
しかしそんな外見はフェイクであり、味は誰かが食べた瞬間に違うものにすり替えたのではないかと思うほど美味しくなかった。はっはっは!すり替えておいたのさ!
具体的にはすっごぃ渋い。もうすんごい。
子供の頃、もみじ饅頭が好きだった僕はもみじの葉っぱも美味しいのでは、と食してみて、その苦味と酸味と渋味の三重奏に驚愕したことがあるが、そんなものの比じゃなかった。
あのプリンはそう…あのトラウマもみじを何回にも濃縮して、選び抜かれた一滴を寄せ集めて作られたという感じだ。
一言でいうなら地球。きっと地球を食べたらあんな味がするのだろう。大いなる大地の味がした。
あの時は「くげぇぇぇぇ!」と変な奇声をあげた後、友達のお姉さんがせっかく作ってくれたのだから、とキヨミズの舞台どころか華厳の滝から飛び降りる思いで地球を飲み込み、美味しいよと言おうとしたところで力尽きた。
後で聞いた話だが、和日さんの料理を口に含んで吐き出さなかった友達は、僕が初めてだという。和也はまじで許さない。
そんなこんなで、僕はもちろん和也も和日さんの料理は食べたくないのだ。
「くたばれ!」
「くたばれっていう方がくたばれ!」
「ろっきーのバカ!」
「和也のアホ!」
「はーーい、できたよー!」
「「………………」」
クッキー完成の発表を聞いて、僕と和也の心が死んだ。心の中でお通夜が滞りなく行われる。お前はいいやつだったよ。
「やっぱろっきーが食べるべきだよな!!俺はいつも食べれるしな!うん!!」
「いやあ!僕が食べるのはもったいないよ!和也が食べるといいよ!やったね!」
「大丈夫、ちゃんと二人それぞれにつくったから」
「「……………」」
絶望だ。心の中で慎ましく告別式が行われる。
(和也からどうにか言えないのかよ!)
(姉ちゃんあれで自分の料理が不味いって気付いてないんだよ!言えるわけないだろ!)
(……!っ………そうだな!)
和也はなんだかんだお姉ちゃん思いだ。和也がそういうのなら、僕も和日さんに気づかれるわけにはいかない。静かに、バレずに死ぬしかない。
…………死にたくない……!!!!
「こっちが和也のぶんね」
じゃーん、という音とともに今まで布で隠されていたクッキーの全貌が明らかになる。さあ、地獄の釜の蓋が開いたぞ…!
そのクッキーは、真っ赤な色をしたごく普通のクッキーだった。赤いからイチゴ味だろうか。
和也は、地獄で裁判にかけられる罪人のような面持ちで閻魔大王こと、和日さんに尋ねる。
「おっ、イチゴ味か?」
「いや、和也はさっきちょっと血が出ちゃったからね。元気が出るように、生レバーとか、ホルモンとか入れてみたよ」
血の赤かよ!!!
どうやって今言っていた臓器がクッキーに変化するというのだろうか。
僕にはもう、その真赤なクッキーがでっかい赤血球に見えてきた。今日も運ぶよ酸素酸素〜♪
そんな、リアル血の池地獄クッキーをプレゼントされた和也は、クッキーの色とは反対に青ざめている。
「あ、ありがとう」
「はいはいほー」
でも、この血みどろブレンドも和也の調子が悪いからだ。僕のはふっつうの食材で作ってくれたものに違いない。そう信じるしかない。アイビリーブフューチャー。
「ろっきーくんにはこれ!」
ででーんと悲劇の幕があがる。
僕のクッキーは…とても普通の色をした、普通のクッキーだった。ちゃんと茶色い。これはワンチャンあるか?
僕は断頭台に登る死刑囚のような面持ちで死刑執行人こと、和日さんに尋ねる。
「これは、何が入ってるんでしょうか…?」
「ろっきーくんもやっぱ年頃の男の子だからね。元気が出るものを入れてみたよ」
「つまり…?」
「うん、とりあえずあったニンニクとか、ニラとかいれてみた」
あっこれダメなやつだ。
ニンニクとかニラ!?え、クッキーの材料だよね?餃子の具じゃないよね?
クッキーというよりは苦危胃という感じだ。
なーにが恐ろしいって、ニンニクとニラを材料にしているというのに、全く匂いがしないんだよなあ。全くの無味。
生物の危険察知能力のひとつである嗅覚を完全に欺いている。
「ほら、2人ともなにクッキーとにらめっこしてるの、食べて食べて」
…!
ついに腹をくくる時が来たか…。
ちらりと横を見ると和也と目が合う。
…そうだな。死ぬ時は一緒だもんな。
「じゃあろっきー、せーので一緒に食べようぜ」
「ああ」
僕らの思いは一つだ。
「「せーの」」
パクリ
和也が赤血球を食べた。
もちろん僕は食べていない。
それに気づいた和也が僕に非難の視線を向ける。
「…!ろっきー裏切っ」
それが和也の辞世の句となった。
みるみるうちに顔が青ざめ、死神のような様相になる。
「あれ?どうしたの、和也」
「かーずや大丈夫か!ほら、もっと食べろ!血がいっぱいで元気になれるぞ!?赤血球増量中だあ!」
「むがむがむごっうごぉ!?」
意識どころか魂まで手放しそうな和也の口に半ばヤケになりながらデカイ赤血球…もとい和日さん手作りクッキーをぶち込む。
…あれ、動かなくなった。いや、もうここまで来たなら同じだ!僕のために死んでくれ、和也!
「ほら、僕のクッキーも食べな!元気元気!ファンタスティック!」
動かない和也に無理くりクッキーを詰め込みモグモグと口を口を動かし飲み込ませる。
「和也寝ちゃったのかな…?」
「そーみたいですね…!あっ、じゃあ僕そろそろ帰らないと」
「ん?ああ、そう?ごめんね、和也ほんっと自分勝手なんだから」
「いえいえ、お構いなく!おじゃましました!!!」
一刻も早く逃げなければ!
僕はそそくさと殺人現場から逃げ去ると自転車を走らせて行った。
****
ちなみに後日談だが、元あった場所にルフィとゾロの姿はもう無かったらしい。あれは夢だったのだろうか。ただ春の夜の夢の如し、だったのだろうか。
そして和也はあの事件のことを覚えていないらしい。
「なーんかよく覚えていないんだけどさ、途中寝ちゃったらしくて、ごめんな?」
「いや、和也が悪いことなんてないよ。疲れてたんだろ」
「ありがとな、いやーでもなんか凄いことがあったような気がするんだけど…」
「なんだろうなあ!?あっはっは!」
和也、それはきっと思い出さない方がいいと思うぞ。人の記憶なんて、結構適当なもんだし。
…偏に、風の前の塵に同じ。なんてな。