第九話
竜王の言葉を耳にした瞬間、勇者の顔色が変わった。
何かを思い詰めるようにして、視線を下へと向けたのである。
敵を前にして、視線を逸らすとはよっぽどのことだと感じた。
竜王は口端を吊り上げ、細剣を鞘に戻しすと勇者を見据える。
先ほどの反応からして、彼はムスタシア帝国の異様さに気が付いているのでは? と読んだ。
竜王はある可能性を見出す。諦めかけていたある策を思い出す。
(―――――もしかしたら、いけるかもしれない……)
目の前にいるのが、勇者だからこそ、叶うかもしれないこと。まずは彼に揺さ振りを入れることにした。
「……一つ、聞いてもいいか?」
「……」
彼は視線を反らしたまま、反応がなかった。あからさまに無視してる。
自分の声は彼に届いているはずだ。でも問うことに対しての否定もはなかったので、彼女は言葉を繋いだ。
「お前の国―――――ムスタシア帝国ついてだ。あの国の異様さ、お前は気が付いているか?」
「……」
「周辺諸国の力は弱い。帝国の意のままに動かされている。帝国に逆らった国は攻め滅ぼされた」
「ち、違う。互いに手を取り合って―――」
否定しようと勇者は声を上げようとしたがそれを遮る。
「なら、なぜ、軍を派兵した? なぜ、他国の国に帝国軍がいる?」
「それは……援軍の為に……」
「違うな。武力による占領だ」
帝国軍が他国に駐留しているのはその国を占領したからだ。
「そして、お前が守ろうとしている民とやらは本当に平和を願って戦っているのか?」
「……」
「私には平和の為にというより、むしろ戦いを望んでいるようにも見える」
平和を愛し、穏やかに暮らしたいのなら、そもそも争いなど起きない。
わざわざ、身を危険にしてまで、戦おうとは思わないからだ。
それがだ、人は自らの意思で武器を取り、無抵抗な魔物を殺し続けている。
「それに食料がないからと我々から奪っているのはどう説明する?」
「そんなことしていない!」
「お前たちが口にしている食料はそのほとんどが我々から奪った物だ。違うのなら証明してみろ」
勇者は否定ができなかった。
「お前の国がどれだけ乏しい国か私はよく知っているぞ? 小麦など絶対に育たない」
一年中寒い帝国の広大な土地は瘦せており、作物はムスタシア帝国の土地では全くと言っていいほど、育たない。
だから、豊かな国から作物を奪うしかなかった。自分の目で、魔物たちから奪う光景を目にしている。
「お前の皇帝は飢饉に疫病、それに内紛を収拾しきれず、荒廃していく国をただ見ていることしかできなかった。だから、自分の失策を誤魔化すように国民の不満を我々に向けた。違うか?」
疫病に、飢饉、天災はすべて、魔物の仕業だと公の場で公言している。国民もそれを信じた。
「……違う……違う……そんな……ことはない……」
勇者は地面を見つめたまま、首を左右に振った。
が言葉に否定する強さがなかった。自分の言葉に自信がないのがすぐにわかる。
「――――――この醜い戦争もそうだ。お前たちが始めた。お前たちが災いをもらたしたのだ」
「ち、違う!! そんなの、そんなの、ウソだ!!」
甲高い声が部屋に響き渡る。
「ぼ、僕を騙そうとしているんだッ! 騙されるものかッ!!! 化け物めッ!!!」
もうまともに動けないのにも関わらず、もたつく足で竜王に斬りかかる。竜王はゆっくりとそれを避け、勢い余って倒れ込んだ勇者を見下ろした。
確信に迫る。
「では聞こう。この戦い、いつから始まった?」
顔を埋めた状態で勇者は小さな声で答える。
「……四年前だ……」
「なら、その四年前、いつ、どこで、誰が始めた?」
「……竜王軍がムスタシア帝国の村を襲撃した……。だから聖騎士団が迎撃に出て……そこで小規模な戦闘が行われ、本格的な戦争に発展し……」
「その襲われた村はどこだ? 名前は?」
「わからない……」
「魔王軍が攻め込んだんだろ? なら戦争を仕掛けるのに村だけ襲うのか? この私が直々に出て、わざわざ村一つ制圧して、それで済ますとでも?」
「……」
「私なら国の一つや二つくらい滅ぼそうとするだろう。そもそも私を戦場のどこかで見た者はいるのか?」
「……」
竜王の質問に答えられなかった。
この日、初めて、勇者は竜王を目にした。
他の者も誰も竜王を見たことがない。
こういう姿なのでは? という空想で書いた絵ならいくらでもある。
それも熊のように大きく、腕は丸太のように太い化け物だと勝手にイメージしていた。
だが目の前にいるのは女のように華奢で、角さえなければ、普通の人間と変わらない。
筋肉もなければ、その恐ろしさもない。
そんな彼女が竜王だとは誰も思わないだろう。
しかし、妙な話だ。
竜王軍が本格的に攻め込んできたというのに彼女が指揮を執っている姿を誰も見ていない。
戦っている姿もない。
臆病な者だったとしても軍を動かすのならば、ずっと城に引き籠っているわけにはいかない。
でないと味方の士気にもかかわる。
さらには竜王軍が劣勢となり、自国の領土を奪われている中で、それを打開しょうと動くのが支配者の務めであり、普通の行いだ。
魔物の頂点に立つ者なら自分の力でなんとかしようとするだろう。
だが、彼女は何もしていない。
竜王が好戦的でないことに何かがおかしい、と違和感を覚える。
それは数か月前から違和感を覚えていた。
今、行われている戦争はいつ、どこで、誰が始めたのか。
何のために戦っているのか。自分に疑問を投げつけたこともあった。
誰かに聞くこともあった。
この戦争はいつ始まったのか、と。
しかし、誰も答えない。答えられなかった。
皇帝の直近にも尋ねたがいつも漠然とした情報だけを教えられ、彼は曖昧な状態のままで戦いに身を投じた。
しっかりと確認もせず、曖昧のままで魔物と戦っていたのである。
「どうだ? 私の質問に答えられるか」
「……くっ」
悔しそうにする勇者を見て、竜王は鼻を鳴らした。
「答えれないだろう? なぜなら、我々はそもそもお前たちの国に攻め込んでいないからな」
勇者は咄嗟に否定しようとしたが、それをやめ、唇を噛み締める。
竜王の言葉を認めたくない。でも、竜王の方が事実を言っているようにしか思えない。
勇者も薄々気が付いていた。これが本当に正義の戦なのか、と。
自分がやっているのはただの虐殺ではないのか。そう思い始めていたのだ。
信じられないというより、信じたくない。
でも事実は竜王が言う通りだった。それに勇者も薄々勘付いていた。
勇者は両手を地面に付き、起き上がる。
竜王は彼から少し離れ、距離と取る。
警戒する必要性はないが、万が一ということもある。
警戒して損はないだろう。やられることなどあり得ないが。
「いまさら……」