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冷血な女帝

 ――――――あの日、竜王が治める王都は地獄と化していた。


 襲撃に備え、守りを固めた城へ、難を逃れようと城門前では魔物であふれかえっていた。


「お願いだ!! 子供だけでも!!」

「頼む!! 助けてくれッ!!」


 城の広場は難民で埋め尽くされ、これ以上の受け入れることができず、止むを得ず、城門を閉ざすように門兵に告げる。


 ゆっくりと閉まっていく城門に無理やり入ろうと押し退けて魔物たちがなだれ込んだ。


 城に入れなかった魔物たちは城門を叩き、竜王に懇願し救いを求める。


 竜王はその悲痛な叫びを無視した。


 彼女の側に伝令が駆け込む。


 すらっと伸びた鼻先と頭に三角形の耳、短い尻尾、毛むくじゃらの男が報告する。


「竜王様! 帝国軍がカラス丘を越えました。既に迎撃に出た部隊と戦闘が始まっている模様です」

「遂に来たか……」


 竜王は瞼を深く閉じる。


 大混乱となった王都では、竜王軍の兵士らが落ち着かせようと声をかける。


 だが、もうその声は届かない。


 帝国軍がカラス丘を越えたということは期待していた要塞が陥落したことになる。


 カラス丘の近くに要塞を複数も設けていた。


 そこにたくさんの兵を配備し少しでも時間を稼ごうとしたが、あまり意味がなかったようだ。


 多くの街を失った。


 これまで大陸の半分を治めていたが、今やこの城と城下にある小さな街だけとなった。


 帝国の進撃は止まらない。破竹の勢いで進み続け、王都が陥落するのも時間の問題だろう。


「一体……私が何をした……私たちは……」


 城のベランダから逃げ惑う魔物たちを見下ろした彼女は彼らを見殺しにしていると感じると悔しさが滲み出てきた。


 拳を震わせ、ベランダの柵を叩き、唇を噛み締めた。


「竜王様……?」

「……すまない」


 だが竜王は知らなかったが実は人間側もギリギリのところだった。


 数か月にも及ぶ竜王討伐遠征は資金、人員の損失が激しく、遠征とあって、補充員も回せないといった継続が困難な状態となっていたのだ。


 そして、帝都の守りがガラ空きで、そこを攻められたら、と考えると今すぐにでも軍を退いて、守りにつかせたいくらいだ。


 だから、竜王に時間を与えない戦法を取った。


 この総攻撃が失敗に終われば、逆転もあり得る。


 多くの優秀な帝国兵が死んだ。勇者もまたこれまでの激しい戦いで身体はボロボロになり、顔には大きな斬り傷を受けていた。


 身を守るはずの鎧は裂け、盾も砕けている。 


 満身創痍の状態なのに寝る暇も与えられず、ただひたすら、魔物と戦っていた。

 

 惨めに思わないのだろうか。戦いが嫌にならないのだろうか。


 勇者と周りからもてはやされ、実際には特別な力もないし、魔法すら使えない。


 そんな彼がどうして、勇者と呼ばれなければならないのか。


 やめたい、逃げたい、という気持ちが心の底にあるにも関わらず、勇者は世界の平和の為に、この戦いを終わらせるために、重たい足を前へと進めていった。


 城の外ではムスタシア帝国軍と竜王軍が激しい攻防戦を繰り広げ、敵味方入り乱れている。


 そんな中、ラッパが吹かれた。


 それを耳にした帝国兵らは攻撃の手を緩め、一目散に後方で待機していた部隊へまで後退していく。


 突然の出来事に呆気に取られた竜王軍の兵たちはどうすればいいのか、わからないでいた。


 相手の動きが止まっている間にすぐさま、帝国軍が陣形を作り直していった。


 かなり統率がとれた集団と言える。


 なにせ、ムスタシア帝国の現皇帝が直々に指揮を執っているのだから無理もないだろう。


 帝国兵の士気も以上に高い。


 重圧な盾を構えた帝国兵らが横隊を組み、その後ろに長槍兵が槍を構える。


 少し離れた後方で皇帝は自軍の動きを目を凝らして見ていた。


 彼女の鎧は美しく、煌びやかで、白を基調に揃えた鎧には傷一つ、汚れすらない。


 癖のない赤い髪は腰まで延び、顔は凛として、凛々しかった。


 まさに美男子というべきか、その姿は女性でも惚れてしまうほどだ。

 

 そんな彼女が戦局を見つめながら隣に並ぶ将軍に声をかけた。


「……どうやら魔物はしょせん魔物のようだな?」


 それに口髭の将軍は同感するように頷く。


「おっしゃる通りです皇帝陛下」


 皇帝は感心したように顎に手を置く。


「……それにしても、お前が言った『戦いは数だけでは勝てない』と、いうのはまさしくその通りだった。勉強になる」

「は。戦いとは有能な指揮官がいるか、いないかで左右されますので。皇帝陛下がお出になられているからこそです」

「あぁ。負けるはずがない。負けそうになってもこの私が出る」


 その言葉に将軍は顔を引きつらせ、それだけはおやめください、と止めに入った。


「このままでは私の出番はなさそうだ」


 残念そうにつぶやく彼女こそ、ムスタシア帝国第二代皇帝ラニアスである。


 ―――――――別名❝氷の女帝❞と言われている。


 ムスタシア帝国はもともと寒い地域にあることから、常に雪が降っている。


 帝都にある皇城は年中、雪に覆われ、白くなった城に住んでいることから氷の女帝と呼ばれるようになった。


 他にも、そう言わせる理由がある。彼女は特別な力を持っていたのだ。


 それは氷の力を自在に操れること。


 空気中にある水を瞬時に凍らせ、氷の塊を作り出すことができ、それを武器にすることも。


 氷を使った戦いをする彼女は畏怖を込めて、氷の女帝と呼ばれるようになった。


 性格も氷のように冷酷だ。彼女は自分の望み通りにする為には手段を選ばない。


 例えそれが常軌を逸していても彼女は迷うことなく実行する。


 ラニアスの視線がある方向へ向けられた。


 将軍も釣られるように視線をラニアスが見ている方を見る。


 すると竜王の城から離れた場所に魔物たちの街があった。


 そこにムスタシア帝国軍が包囲戦を開始していた。


「……そろそろか」


 ラニアスは意味深い言葉を漏らし、口端を吊り上げ、何かを待っているように見えた。 


 すると、街に動きがあった。


 突然、魔物の街から炎があがったのである。


 至る所で、激しい炎が上がり、街が真っ赤に染まる。


 迫る炎に巻き込まれないようにと帝国軍の兵士らが逃げていくのが見えた。


 ムスタシア帝国軍の別動隊が街に火を放ったのである。


 魔物たちの街から耳を塞ぎたくなるような甲高い悲鳴が上がり、泣き叫ぶ声がはっきりと聞こえてきた。


 その光景を見て、将軍の顔が曇る。ラニアスは将軍の様子がおかしいことに気が付く。


「……どうした?」

「い、いえ……」


(―――――なんと恐ろしい方だ……)


 あまりの恐ろしさに身震いがした。彼女の目は笑っていたのだ。この状況を楽しんでいる。  


 魔物とはいえ、人の姿をしている種もいる。


 狼人間、トカゲ人間、吸血鬼……どれも、言葉を話し、意思疎通ができる。


 性別もあれば、子供もいるし、魔物とて、突然、現れるわけではないのだ。


 そんな時、伝令の兵士が顔面蒼白になって、崩れ込み、勢いよく両手を地面についた。 


「も、申し上げます! 街に、街に、人がおりまするッ!!!」


 それに将軍が目を見開いた。


 側近の兵士も驚きのあまり、半歩前に出てしまう。


「なんだと?! なぜそんな場所に人が???」

「わかりません! しかし、生活をしていたように見えたとッ!!」

「あそこに住んでいた……? まさか? 人が魔物の街に? 奴隷の間違いではないのか?」


 それに伝令兵は首を横に振り、否定した。


「保護した者はみな、ちゃんとした服を着ておりました」

「どういうことだ……?」

「わからん。本当に住んでいたのかもしれん」

「魔物の街に? 有り得ん」


 動揺を隠せない兵士らを横目に将軍はラニアスにさりげなく視線を送る。


 するとラニアスは顔色一つ変えることなく、黙ったまま、馬上から街が焼き払われるのを見ているだけだった。


 伝令兵が頭を下げた。


「皇帝陛下! 部隊長から直ちに攻撃の中止と帝国の民の救出命令を出してほしいとのことです。ご命令を」

「却下だ」


 即答だった。


「し、しかし!」

「私は同じことは二度は言わんぞ」

「そんな……」


 正気なのか? という顔をした伝令兵は隣にいた将軍を見る。


 将軍はラニアスに意見具申した。


「恐れながら皇帝陛下、我が帝国の民を守るのも我らの務めかと考えます」

「いいや。今すぐにでも焼き尽くせ。その者達も全員、殺せ」

「帝国の民をですかッ!? 正気ですか?!!」

「黙れッ!!! 帝国の民がこんなところにいるはずがない!! 魔物と共存するなど私は人とは認めんぞ!!!」


 ラニアスは珍しく激昂した。それに将軍は気圧され、反論ができなかった。


 言い争いをしている間に魔物兵らが陣形を組んだ盾部隊に飛び掛かっていくのが見えた。


 それにラニアスは身を乗り出す。


「罠にかかったな化け物ども」


 ラニアスはこの瞬間、勝利を確信したのであった。

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