勇者が眠る墓 その3
「こいつ……やべぇよぉ……」
見た限りでは最上級クラスの魔物、それ以上の可能性がある。
そもそも、この魔物は魔物の出現報告書と呼ばれる報告書には載っていない気がする。
イラスト付きの報告書には魔物の容姿、特徴、能力、生息範囲、など詳しいことが書かれて、それらに遭遇した時の対処法、もしくは撃退法が記されている。
思い返しても、やはり報告書に載っていなかったはず。
つまり、新種か、もしくは滅多に姿を現さない正体不明の伝説級の魔物といったところになる。
そんな化け物に遭遇したとなるともう終わりだ。
カイとダルドは魔物の鋭い視線に臆し足が竦んでしまう。
ここから逃げようにも足が動かないのだ。
最悪のことに出口は一つだけ。
目の前にある扉のみ。自分の後ろは壁、つまりは行き止まりだ。
こんな場所で死んでしまうとは悲しいやら、情けないやら……。
もっといろんなことをしとくべきだったと後悔した。
魔物がすぐ目の前にまで来た魔物が二人を一瞥する。
茶色の長髪、華奢な身体。小さいが胸がある。女のようだ。それもまだ若い。
二十歳くらいか、それ以下だろうか。
唐突に魔物の女が声をかけてきた。
「すまないが、そこを退けてはもらえないか?」
「え? あ、はい」
驚きと何が起きているのかわからないが、カイとダルドが魔物に横に退けて、場所を譲る。
すると魔物は二人には全く興味を見せることなく横切って、石の棺にまで歩み寄った。
そして、右手に持っていた白い花束を添え、頭を下げる。
目を閉じて黙祷する素振りを見せた。
数秒の間を置く。
「……また来たぞ。哀れな勇者よ……。安らかに眠れ……」
周りが静かだから魔物の言葉がはっきり聞こえたが内容に耳を疑ってしまう。
何がどうなっているのか、まったく理解できない。
魔物が勇者の棺であろう場所に花束を添えたのだ。
ありえない。魔物は人間を無差別に殺し、また憎んでいるはず。なのになぜ?
魔物が思い出したかのように二人に振り返ると腰に手を置いて、質問してきた。
「さて、お前たちはなんだ? もしかして、墓荒しか?」
カイとダルドは隠された勇者のお宝を目当てにここまできた。
食つなぐためのお金欲しさに盗掘していた。
だから完全な墓荒しだ。
正体を見抜かれてたことに肝が冷え、全身から汗が滲み出る。
だが、疑問形の話し方だからまだはっきりと正体がバレたというわけでもなさそうだ。
どういうことかはわからないが、この魔物は勇者に対して、好感を抱いているように見えるから、もし、ここで墓荒しだ、と告げたらどうなるのか。最悪、殺されるかもしれない。
だから、ここで答える言葉は決まっている。
「お、俺たちもその、あれだ、アレクの墓参りってやつだ」
ダルドがマジで? という顔でカイを見る。
「ほぉ。珍しいものだ。そうだったのか」
少し嬉しそうに微笑む。
「ここへ人間が来るのはお前たちが初めてだ」
そりゃあそうだ、こんな場所に勇者が埋葬されていることなんて誰も知らない。
魔物の女が部屋を見渡す。
「なんとも嘆かわしいことだ。世界を救うために戦った者をこんな寂しい所に置いて行くとは……。まぁ埋葬されるだけマシってところか」
魔物が石の棺に視線を向けて、ぶつぶつと独り言を言っている。
それにしても魔物が勇者の墓参り? 謎すぎる。気になったカイは勇気を出して、問う。
「その……あんた……魔物だよな?」
「あぁ。そうだが?」
「俺たちは何に見えている?」
眉を寄せて、首を傾げる。
「質問の意味がわからない」
「……魔物に見えるのか? それとも人間に見えるのか?」
「人間だろ?」
即答だ。自分たちを魔物だと勘違いしているようではなかった。
ここで疑問ができる。
「……俺たちが人間だって知っているのになぜ攻撃しない?」
「なんで?」
「なんで?って……敵だろ? 俺たちを襲うのが魔物だろ?」
それに呆れたように両肩をあげ、手を広げた。
「まぁ、否定はできないが、友好的な者も魔物の中にも居たりするぞ」
「それはあんたのことか?」
「そういうことだな」
「一体、何者なんだ?」
「何者か……おもしろい質問だな」
笑みを浮かべる。
「―――――お前たちに私の名前を言ってもわからんだろう。どうしたものか。……あ、そうだ。お前たちは私の事をこう呼んでいる。『竜王』と」
その答えに唖然としてしまう。二人は目が点になった。
「リュウオウ……リュウオウ……って、あの竜王……?」
ダルドがカイに問う。
「俺に聞くな」
半ギレで答える。
二人は再び、自分のことを竜王だと答えた魔物に視線を向ける。
竜王は二人が思考停止状態になっていることを察した。
「そりゃあ、まぁ驚くだろうな」