9
(やれやれ、参ったな)
どうやら昨日の新人イビリを撃退したのが噂となってしまっていたようだ。
ちょっと塩を噴いただけなのに困ったものだ。
「ご主人様! すごい人気!」
周りの視線に気付いたコロが驚く。
「い、行こうか」
居心地の悪さを感じた僕はコロの手を引いて人垣を掻き分けながら買い取りカウンターへと向かう。
「む、小僧。今日も来たのか」
買取カウンターには昨日と同様モノクルをかけた厳ついおじいさんがいた。
同じ人なら話が早くて助かる。
「はい、また買取をお願いします」
僕はそう言って抱え込んでいた核をカウンターへと並べていく。
今回は買い物にいくらかかるか分からなかったので三〇個用意しておいた。
お陰でカウンターまで進むのにも一苦労だ。
「……また、こんな状態の良い物ばかり……。いいだろう、これが代金だ」
「あ、どうもです」
「またですわん!」
僕はおじいさんから代金を受け取る。
そして軽く会釈すると冒険者ギルドを出た。
(さてと、お金も調達できたし何から買おうかな……)
入り口の前に立ち、何から揃えるか考える。
ここはやはり僕の服や装備だろうか。
今の学生服だとどうしても目立ってしまう。
ギルドに入って騒がれたとときに視線を買ったのもこの制服の影響が少なからずある。
「まずは僕の装備からだな」
と、行く先を決めて歩き出そうとした瞬間。
「ゲヒャヒャヒャッ! シオザワはっけーん!」
聞きたくない声が聞こえてくる。
見れば正面からヒルカワが歩いてくるところだった。
ヒルカワは学生服を着ておらず、全身は革の鎧に身を包み、腰には剣を下げた状態になっていた。だが髪型に変化はなく、パンチパーマに剃りこみは健在で兜の類は着けていない。
「おー、何で制服着てんの? もしかして金がないのか? あ?」
ニヤニヤした表情で僕の鼻先まで顔を近づけてくるヒルカワ。
「二日前にこの世界に来たばかりなんだからしょうがないだろ。ヒルカワの方こそ全身完全装備だな」
「あ? 何言ってんだ? 俺は二年前に来たぞ」
「え、人によって違うのか?」
「かもなぁ。同郷のよしみで俺がテメエにこの世界の事をレクチャーしてやろうかぁ? ゲヒャヒャヒャ! 当然授業料は頂くがなぁああっ!」
僕に限界まで顔を近づけながら笑い声を響かせるヒルカワ。
どうやら僕達は同時期に異世界に飛ばされたものの到着した日時には差があるようだった。完全装備のヒルカワを見る限り相当この世界に馴染んでいるようだ。
「んん? 俺がよぉ、スパルタ指導してやるよぉ? なぁ? スペシャルコースってやつだぁっ! ゲヒャヒャヒャ!」
僕が考え込んでいると舐めつけるような視線を送ってくるヒルカワ。
「ご主人様をいじめるなーーっ!」
と、そこでコロが僕とヒルカワの間に割り込んでくる。
コロはぷるぷると震えながらもヒルカワを睨みつけた。
「なんだぁ? てめえ」
ヒルカワはコロを睨み返す。
「コ、コロはご主人様にお仕えしているわん!」
ヒルカワに怯えながらも気丈に振る舞うコロ。
耳と尻尾がビクビクと小刻みに震えているのが分かる。
「お前何やってんの? なんでこっち来て二日で女とか買ってんの? 性欲余ってんの?」
薄い笑みを浮かべながら僕の胸倉を掴むヒルカワ。
「やめろーっ! わふっ」
そんなヒルカワの腕にぶら下がるコロ。
「色々あったんだよ! あと、何も教えてくれなくていい! 自分でやるから問題ない!」
正直ヒルカワにはすごい苦手意識があったがここで引き下がるわけにもいかず、睨み返して言い返す。
「あっそ。いつでも困ったら俺を頼ってくれていいんだぜぇええ? 折角異世界に来たんだ、仲良くやろうぜぇ、なぁ? ゲヒャヒャヒャヒャッ!」
ヒルカワは僕の胸倉を掴んだ手を押し飛ばすようにして放すと冒険者ギルドへと入って行った。
「ふぅ」
僕は大きなトラブルにならなかったことに安堵の息を漏らす。
昨日のゴリアテみたいにまたケンカとかに発展しなくて本当に良かった。
「あいつーーーっ! グルルッ!」
そんな中コロはヒルカワに敵意むき出しで威嚇する。
「庇ってくれてありがとう。さ、買い物に行こっか」
「ふんすっ! コロがご主人様をお守りしますわん!」
僕は鼻を鳴らすコロの頭を撫でながら移動を再開した。
…………
その後、ざっくりと買い物を済ませる。
僕は革の鎧に安物の剣を購入。
この辺の装備に関しては皮肉な話だがヒルカワを参考にした。
二年先に来て慣れているヒルカワの装備を真似ればハズレは少ないだろうという考えだ。
あとリュックなんかも買ってみた。アイテムボックスがあるからといって手ぶらで歩いているとそれはそれで不審だろうと思っての購入だ。
そんなリュックの中は簡単な日用品で詰まっている。ちょっと高価な物はアイテムボックスにしまったけど空のリュックだとバレると意味がないので誤魔化し程度に詰めておく。
後、コロにもメイド服の上からつけれる簡単な防具、プロテクターのようなものと盾を購入した。武器に関しては今回は見送る事にする。
ヒルカワの一件で僕を守るために行動してくれたがあの時武器があれば刃傷沙汰になっていたかもしれないのでちょっと様子見だ。
そんな買い物は装備で迷う事がなかったせいか午前中の内に終わってしまった。
「う〜ん、案外早く買い物が終わったなぁ」
「ご主人様、これからどうしますか?」
「よし、スライムを倒しに行こうか」
「はいっ!」
まだ昼前だし、これだけ時間があるなら一旦外に出ても大丈夫だろう。
僕が転移してはじめていた森はここから近い。
あそこはスライムしかいなかったので狩場として最適なのだ。
この二日で結構スライムの核をお金に換えてしまったし、ここは補充しておいたほうがいいだろう。
というわけで早速スライムの森へ向かう事にする。
僕たちは衛兵に挨拶を済ませて門を抜けると二人で森へと出発した。
(そういえば……、人のステータスってわかるのかな)
道を歩きながらそんな考えが頭をよぎる。