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僕は静かな寝息を立てる三人へそう言い残すと宿を出た。
…………
元々モンスター騒ぎのせいで人通りが少なかった町だが深夜ともなると誰も居ない。
夜風が冷たい中、門の前に到着するとギルドマスターが待っていた。
闇に佇むギルドマスターの顔は僕なんかよりずっと酷く疲れきっているように見えた。
そんなギルドマスターの後ろにはいかにも凄腕といった雰囲気が漂う男達が佇んでいる。多分あの人たちが僕の護衛を勤めてくれるんだろう。
ギルドマスターは僕の傍へ歩み寄ると静かに口を開く。
「来たか」
「はい」
「本当にいいのか?」
「問題ありません」
きっとこれが最終確認なのだろう。
僕は迷いなく言い切る。
「わかった。ではお主の護衛となってくれる者達を紹介しよう。右から順にジェイソン、ジェームズ、ジャック、ジョンじゃ」
ギルドマスターの紹介に応え、護衛の人たちが順に一歩前に踏み出す。
「ジェイソンだ。お前には傷一つつけさせねえから安心しな」
「ジェームズだ。今回のような仕事ははじめてじゃない、任せておけ」
「ジャックだ。緊張したり不安になれば俺を頼れ、大丈夫だ」
「ジョンだ。必ず町まで連れて帰る。片道にはさせないと誓おう」
皆、頼もしい言葉を僕にかけてくれる。
「ソルトです。よろしくお願いします」
僕は深々と頭を下げた。
「うむ。この町の周囲は弱いモンスターしか出現しないので比較的新人冒険者が多い。だが、ダンジョン目当てにベテランも来る。こやつらはそういった奴らじゃ、安心せい」
ギルドマスターが護衛をしてくれる四人について説明してくれる。
やはり相当やり手のようだ。
「はい。で、これからどうすれば?」
僕はギルドマスターに頷き返すと先を促した。
「このまま町外れの丘を目指してもらう。そこから魔法を撃ってもらう形になる。前も言ったがそこでギリギリまで居てもらうことになる……」
「承知しています」
あの爆発は準備に時間が必要なので発動までにタイムラグが発生してしまう。
しかも吹き飛ばされるほどの衝撃波が近距離まで届いてしまう。
つまり移動を続けながら撃つのには向いていないのだ。
そうなると隠れて撃ち続けるという選択になる。
結局残された選択肢は丘に隠れて限界まで撃ち続けるということなんだろう。
「お主の魔法は独特で他の者には限界がわからん。じゃから撤退のタイミングはお主自身が判断するのじゃ」
「わかりました」
ギリギリまで粘りたいところだがこればっかりはやってみないとわからない。
「以上じゃ。無事を祈っておる」
そう言ってギルドマスターは手を差し出してきた。
「行ってきます」
僕はギルドマスターの手を強く握り返す。
「必ず戻ってくるのじゃ」
「はい」
握手を終えた僕は護衛の人たちと奇襲場所の丘へと向かうのだった。
…………
「ここですか?」
森を抜け、岩場を抜けた先にその丘はあった。
岩に囲まれた場所のせいか少人数で隠れるにはもってこいの場所だ。
ただ、道なき道を進んだせいかポイントに到着した頃には夜は明け、朝になっていた。
「ああ、モンスターはまだ来ていないようだな」
ジェイソンさんが岩の上に立ち、遠眼鏡の魔道具で様子を窺う。
「馬が使えないから冷や冷やしたがなんとか先に着けたな」
とジェームズさん。
この丘は本来モンスターを迎撃するために作られた場所ではない。
本当にただの丘なのだ。
そのためこの場所までは木々が生い茂っていたり岩がゴロゴロある箇所が多数あり、馬では辿り着けなかったのだ。
「向こうは数が多い。進行速度が落ちてるんだろうな」
ジャックさんが動き易いように足場をならしながら呟く。
「どうする? 簡単な壕でも作るか?」
ジャックさんを手伝いながらジョンさんが言う。
モンスターの攻撃に備える意味でも必要かもしれないがそれ以前に僕の魔法の余波が心配だ。何か盾になるようなものを作っておいたほうがいいかもしれない。
「それなら僕がやります。はぁぁああっ! 塩!」
そう言うと僕はシオハルコンで出来たドーム状の建物を作った。
平たく言えばデッカイかまくらである。外の様子が見れるように小窓も数箇所作ってみた。
「な、なんだこりゃ……」
「金属?」
「色は白いがまるでオリハルコンみたいだな……」
「色が目立つな……。岩でカモフラージュしよう」
皆はドームに驚きつつも上に砂や岩を載せてカモフラージュしていく。
「結構頑丈だと思います。後はどうしましょう」
まだモンスターが来るまで少し時間がある。
今の内に何か出来ることがあればやっておきたい。
「遠眼鏡を使って監視するから目視で確認できる前には知らせる。しばらく時間がかかるだろうから少し休憩してろ」
「わかりました。ありがとうございます」
僕はジェイソンさんの指示に従い、休憩をとることにする。
正直じっとしていられないくらい緊張しているが少しでも気を落ち着けようと壁にもたれかかるようにして座る。
「ところでよ、お前の魔法の射程はどのくらいだ?」
と、ジェームズさんが聞いてくる。
「今回撃つ爆発系の魔法は相当近づかないと無理ですね。射程の長い魔法もありますがそれだと数が倒せないと思います」
塩カッターとティンダーも十分に威力があり、普通のモンスター戦なら重宝するし、閉鎖空間では危なくて使えないくらい威力が大きい魔法だ。
だが、今回はそれでも一度に倒せる数が少ないといわざるを得ない。
極大範囲の塩粉塵爆発には遠く及ばないのだ。
つまりメインで使う事になるのは塩粉塵爆発。
だが、塩粉塵爆発にも問題がある。
それは発動までに時間がかかるのと射程だ。
塩粉塵爆発は順を追って魔法を発動せねばならない分時間がかかる。
そして大規模に魔力を行使するため、あまり距離を離して発動させると緻密なコントロールができずに失敗する恐れがあるのだ。
もう少し時間があれば塩を使って効果的な物を作り出すことができたかもしれない。
だが、今ここで試行錯誤している時間はない。
失敗している間に攻め込まれては意味がないのだ。
「どのくらい引き付ける必要がある」
ジャックさんが武器の手入れをしながらこちらを見てくる。
「丘から見下ろすくらいの距離です。しかも発動するまで多少時間がかかります」
最大限の効果を上げるならギリギリまで引き付ける必要がある。
と、ここまで考えて事の重大さに気付く。
(これってまずいんじゃあ……)




