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その後、食堂から部屋に戻った僕は暇を持て余していた。
「う〜ん……」
案外早くシオの検証が終わってしまい、また手持ち無沙汰になってしまう。
これ以上シオで何かやろうとするなら事故を予防するためにもちゃんと広い空間を確保してやった方がいいだろう。
でもそうなると町の外に出なければならず、皆に心配をかけてしまう。
といっても大体の感覚は掴めたし、シオを微細に使いこなす事が今すぐ必要なわけでもない。また時間が取れる時にゆっくりとやればいい話だ。
だけどちょっと暇になっちゃったな……。
「どうかしましたか?」
僕の表情を見てコロが尋ねてくる。
「いや、ちょっとね……」
「わふ?」
「そうだ、レンタルの剣を返しに武器屋まで行ってくるよ」
「その位でしたらコロが行ってきますわん」
暇を潰したかった僕は散歩がてらにレンタルの武器を返しに行くことを思いついた。けど、気を利かせたコロが行ってくれると言う。
「ううん。ちょっと体を動かしたいしコロはここで待ってて」
「お体の方は大丈夫ですか?」
「うん、じっと寝てるより少し歩いた方がいいと思うしね。すぐ帰ってくるよ」
「わ、わかりましたですわん」
なんとかコロを説得し、散歩タイムを確保する事に成功する。
いつもなら一緒に行くところだが今日は何をするにも体調を心配されてしまうので少し一人になりたかったのだ。
僕はコロの分の剣も預かるとちょっと遠回りしながら武器屋へと向かうのだった。
(あ、そうだ……)
遠回りしながら武器屋を目指していた僕はふとある事を思いつく。
(僕のシオで作ったオリハルコンで剣を打ってもらえないかな)
実際にオリハルコンを暢達して剣を打ってもらうとなると相当お金がかかるだろう。
だけど自分で作り出せば材料費を節約できてしまう。
これは案外いいアイデアではないだろうか。
魔神戦のとき、自分で剣を作り出したが正直あまり良い出来ではなかった。
簡単に表現すると大きな金属の塊から剣の形をくり貫いただけのような代物だったのだ。
材料が材料なだけにそれでもすごく頑丈で十分に威力の高い剣にはなっていたが棍棒にすらなっていない枝を振り回しているような感じだった。
ちゃんと道具としての機構、機能なんかが備わっていない感じなのだ。
刃の太さや長さ、そしてそり具合、剣の重さなどは経験を積んだ人間でないと最良のバランスを作り出せないのだろう。
やはり剣について何の知識もない素人が作ったものでは限界があるということだ。
それならいっそのことプロのローザさんに作ってもらえばいいという寸法である。
(ちょっと交渉してみよっかな)
新たな目的ができた僕の足取りは自然と早くなっていた。
…………
「すいませ〜ん」
武器屋に到着した僕は早速扉を開け、声をかける。
「おう、ソルトか。剣は役に立ってるか?」
すると相変わらずのぶっきらぼうな調子でローザさんが迎えてくれた。
「それが、色々あって使う前に依頼が終わってしまいました」
僕はそう説明しながら自分とコロが借りていた剣をローザさんに返却する。
「へぇ、まあ何があったかは聞かないよ。それに傷みのない状態で返してもらえるならこっちはありがたいしね」
ローザさんは剣を受け取り、状態を確認しながら呟く。
「ええ、それでちょっとご相談したいことが……」
「なんだい? 支払いを待って欲しいのかい?」
「ええっと……、支払いの話もあるんですが先にコレを見てもらってもいいですか?」
緊張した僕は少し言いよどみながら予め作っておいた塩オリハルコンのインゴットをカウンターへ置く。
「ん? なんだその白いインゴットは。見たことないな……、なんて名前だ?」
ローザさんは僕が出した見たことのない金属に興味を示す。
やはり武器屋をやっているだけあってその眼つきはとても真剣なものだった。
「え? 名前!? え、え〜っと、シ、シオハルコンです……」
名前など考えていなかった僕は咄嗟にシオハルコンと言ってしまう。
あながち間違っていない名前だと思うのだがどうだろうか……。
「シオハルコンだぁ? 聞いたことねえなぁ」
と、いぶかしみつつもインゴットをじっと見つめるローザさん。
「それで剣を打ってもらうことってできますか?」
「どれどれ……。こ、これは……!?」
シオハルコンのインゴットを手に持ち、隅々まで調べはじめるローザさん。
その表情が見る見るうちに驚愕のものへと変わっていく。
そしてインゴットを持って奥へ行くと何やら色んな機材を使って本格的に調べはじめてしまう。
「だ、だめですか?」
ローザさんの表情を見てこれはだめだったかなと肩を落とす僕。
やっぱり僕が適当に作った金属では無理なんだろう。
「違う! そうじゃない! なんだこれは!? 硬度はオリハルコンかそれ以上……。魔力の伝導率にいたってはオリハルコンを超えてるぞ! いや……それ以前に純度がおかしい……、こんなものどうやって精製するんだ……」
インゴットの虜となったローザさんは僕のことなどそっちのけで金属との睨めっこをはじめてしまう。
「え?」
そう言われれば、あのインゴットは僕がゼロから作った代物だ。
不純物など入り込む余地がない。
(しまったなぁ……)
怪しまれないように不純物を混ぜるとかさすがに思いつかなかったわけで。
「しかも……、舐めるとうまい! なんだこれは……」
なぜかインゴットを舐めるローザさん。
“なんだ、一体どういうことなんだ”とぶつぶつ呟きながらもインゴットを舐めるのを止めない。
「あ、あのその辺で……」
「く、止まらねぇ……。はぁはぁ、すまねぇ、取り乱しちまった」
僕の声を聞いて我に返ったローザさんはインゴットを舐めるのを止めてテーブルの上に置いた。が、魔性の魅力に抗えないのかインゴットに手を伸ばそうとしては引っ込めるとった動作を繰り返しはじめてしまう。
「いえ、で、どうでしょうか?」
「ああ、打てるぜ。問題ない」
ローザさんの見立てではこれで剣が打てるらしい。
こいつはありがたい。
「じゃあ、僕とコロ……、あ、この間の女の子の分とで二つ剣を作って貰えないでしょうか」
「まあ、構わんが……。高いぞ? 払えるのか?」
ローザさんに剣を打ってほしいと依頼してみるもかなり高額だと言われてしまう。
やはり素材が良ければ加工費も跳ね上がってしまうということなんだろう。
だが、その辺は考えがある。
「そこなんですけど、このインゴットを余分に渡すことで代金の代わりになりませんか?」
この金属ならいくらでも作れる。
というわけでインゴットを代金代わりにしようと交渉してみる。
これなら全部タダになるしね。
「こいつをか!? いいだろう! 一体どこでこんなすごい金属を手に入れたんだ!?」
まさかシオハルコンを貰えると思っていなかったローザさんは目の色を変えて喜んでくれた。見知らぬ希少な金属との出会いは武器屋にとって何よりも得難いものなのかもしれない。
「え……えっと、ダンジョンです。でも宝箱から出たものなのでもう一度ダンジョンに行っても手に入らないと思います」
いくら大量に作れるからといっても出所が言えない代物のため、ダンジョンで手に入れたことにしておく。これは塩を取り引きしたとき同様、あまりおおっぴらにできそうにない。
「かぁ! 確かにダンジョンの宝箱なら同じものが二度出る可能性はほとんどないな……」
「え、ええ……。それにダンジョンが危険すぎて立入禁止になっちゃったので侵入することすらできないです」
どうやらダンジョンで出るというウソは真実味があったらしく信用してもらえた。この位言っておけばもし噂が出ても無理に手に入れようとする人もいないだろう。
「そうか……。まあ、この話は聞かなかったことにするぜ。適当に話して取りに行こうとする奴が出ても困るからな」
「そこはお願いします。行っても取れないし危険なだけです」
「わかったよ。こいつは借金のかたに貰った出所がわからない物ってことにしておくぜ」
と、ローザさんが気を利かせて良い言い訳を用意してくれる。
これは助かった。
「色々すいません。それでこれがインゴットです」
「おう、こんだけありゃ余裕で作れるぜ。ちょっと採寸させろ」
手持ちのインゴットを渡すと剣を作るための採寸を行う事になった。
「はい。あ、コロも採寸にこさせたほうがいいですか?」
ローザさんに色々と測ってもらいながら聞いておく。
「ああ、今日中に来させろ。こんだけ上等な物使うんだからちゃんと測るぞ」
「わ、わかりました」
やっぱり僕だけでなくコロも採寸に来ないといけないようだ。
正直言えばリリアンナの分も作ってあげたいけどインゴットを舐めていたローザさんを見る限り、やめておいた方がいい気がする……。
リリアンナにはミスリルの剣があるし大丈夫だよね……。
エイリーンは魔法使いだし必要ないだろう。
「物は片手剣でいいんだな?」
「はい、それでお願いします」
ローザさんの確認に僕は頷く。
「任せとけ。今日はもう閉店にして他のオーダーを一旦ストップし、これ一本に絞るぜ」
採寸の結果をメモしながらローザさんが呟く。
「え……、そこまでしなくても……」
作ってくれるのは嬉しいけどそこまで無理しなくてもいいんじゃないかと思ってしまう。
「こんな物放っておいたら気になって他の仕事が手につくわけないだろうが! 仕事を円滑に進めるためにも明日までに作り上げる……」
どうやらローザさんは気になることがあると他のことが手につかないタイプのようで先に僕の剣を作ってしまうと言う。
「えええええっ!?」
「うるせえっ! だから嬢ちゃんを今日中に採寸に来させろ。わかったな?」
ローザさんは驚く僕を尻目にコロを何としても今日中に来させろと強く言ってくる。
これは大変な事になってきたぞ……。
「ハイ」
棒読みで力なく頷く僕。
「よし、じゃあ、さっさと帰って呼びに行け。そして仕事の邪魔だから明日まで来るな」
「ハイ」
「店閉めるからさっさと出て行け!」
ローザさんはそう言って僕を店から叩き出した。
ピシャリと扉が閉じられ、ガチャリと鍵のかかる音が聞こえてくる。
「すごいことになっちゃったな……」
僕は小さく呟くとコロの待つ宿へ駆け出した。
その後、武器屋の用事を何とか片付けた僕は皆と宿で食事をとり就寝するのだった。




