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「よしっ!」
僕は地面を転がって悶絶する男を尻目にその場を去ろうとする。
すると僕達の様子を見ていた人垣からボソボソと話し声が聞こえてきた。
――あのゴリアテをやりやがった……。
――あいつ只者じゃねぇ。
――粉だ、白い粉を使ったぞ。
――粉噴き男だ。
「違うの! あれは粉じゃなくてソルトご主人様の塩だわん!」
と、コロが言わなくていい訂正を入れる。
――塩、塩なのか!?
――塩……、塩噴き男!
――塩噴き男のソルト……、なんて恐ろしい奴なんだ。
――あの陰険で新人いびり大好きのゴリアテがこうもあっさり手玉に取られるなんてヒルカワ以来じゃないか……。
――ああ、最近のルーキーは恐ろしいぜ……。
いつの間にか通り名のようなものまでできてしまう始末。
しかし、そんなことより聞き逃せない事があった。
そう、ヒルカワという名前だ。
クラスメイト達とはなるべくなら再会したくなかったがその中でも特別会いたくない奴の名前とそっくりだった。
というか多分本人だろう。
(くそ……、よりにもよってこの町にいるなんて)
僕はコロの手を引くとその場から逃げるように立ち去った。
…………
その後冒険者ギルドの側で適当に宿を取った僕達はベッドに座ってくつろいでいた。
コロは女の子だし、別々の部屋がいいかなと思ったのだが頑なに拒否されてしまった。とりあえずツインの部屋を取ったがこれで良かったのだろうか……。
「コロ、本当に別々の部屋でなくて良かったの?」
「ご主人様、コロと一緒にいるの嫌?」
「え、嫌じゃないけど……」
「なら一緒がいいわん!」
「そっか」
なんかコロの無邪気な態度を見ているとこっちの邪な気持ちが洗い流されるようだ。が、こうやって話しているうちにコロの服が鞭で打たれてボロボロのままだったことに気付く。
はじめはお金がなくて仕方なかったが今なら服も買えるしさすがにこのままはまずい。というかそんな色んなところがチラチラ見える服装は僕の精神衛生上よろしくない。
まだ夜までには時間もあるし一旦服を買いにでるか……。
できれば僕の服装も目立つので変えたいが今はコロ優先だろう。
「コロ、ちょっと買い物に行こうか」
「はいっ! 何を買うのですか?」
「コロの服だよ。そのままじゃさすがにまずいからね」
「お洋服買ってもらえるわん?」
「うん。まあ、あんまりお金はないから良い物は無理だと思うけど」
「やったぁ! 早く行きましょう、ご主人様!」
僕が服を買うと言うとコロは目をキラキラ輝かせ飛びついてくる。
そんなコロの頭を撫でつつ引き離すと手を繋いで宿を出た。
店を探す間もコロはご機嫌の様子でずっと鼻歌を歌いながら尻尾はブンブンと勢いよく振られていた。
商業区に到着し、色々と見て回った結果、何着か買ったほうが良いだろうと考える。一着ではどうしようもないし、せめて二着は買っておきたい。
というわけで古着を多く扱っている店に行ってみることにする。
お店はジャングルのように服が所狭しと吊るされ、どこに何があるかさっぱりわからない状態だ。それでも密林の枝をかきわけるようにして服を見て回る。
(ん〜、女の子の服なんてわからないなぁ)
それが正直な気持ちだ。
だが現状では見た目にこだわるより、頑丈さとか機能性を重視すればいいだろうから男女兼用のような物にすればいいんじゃないだろうか。などと考えながら見て回る。
「これがいいわん!」
するとコロが服を見つけて持ってくる。
それは子供用のメイド服だった。
コロは身長が低いので大人用だと服が余ってダボダボになってしまう。
だけど子供用だとちょっと小さい気もするけど大丈夫なのだろうか。
「これかぁ……」
メイド服、どうだろうか。
これも広く言えば作業着の一種だし頑丈な作りかもしれない。
と、考え込んでいるとコロが僕の顔を覗き込んでくる。
「ダメ? ご主人様にお仕えするならこれがいいと思ったんですけど……」
と瞳を潤ませて聞いてくる。
「よし、これにしよう」
即断する僕。
「わぁーい!」
喜ぶコロ。
うん、これで良かったんだ。
が、この時点で残金が結構厳しくなってしまった。
また明日にでもスライムの核を売って現金を補充しておいた方が良さそうだ。
今日の買い物はそこで切り上げ、一旦宿に帰ることにする。
宿の部屋でコロには早速メイド服に着替えてもらった。
部屋の外でしばらく待つと着替え終わったと声が掛かる。
扉を開けて中へ入ると――
「ご主人様、どうですか?」
――メイド服姿のコロがいた。
子供用のを買ったせいかちょっとスカートが短く、ミニっぽくなってしまった。
くるりと回転して見せてくれるとふわっとスカートが舞って非常にまずい。
「うん、似合ってるよ。んじゃご飯に行こっか」
僕は邪念を振り払って笑顔で応えつつ食事に行こうと提案した。
「はいっ!」
嬉しそうにはにかむコロ。
のんびり買い物をした後に着替えやらしていたせいで随分と時間が経ってしまった。宿の一階では食堂も兼ねているそうなので今夜はそこで食べようと思う。
僕はひしっと腕にしがみついてくるコロと一緒に食堂へと向かった。
席に着くと店員さんのお勧めを頼んでしばらく水を飲みながら待つ。
「何か物足りないな……」
水を飲むとついそんな気持ちになってしまう。
一体何が足りないんだろうか。
(そうか! 塩気が足りないんだッ)
そう思った僕は塩を一つまみ出してパラパラッと水へ振りかけた。
そして飲む。
「ん、断然いいな」
ちょっとした自己満足だが妙に気に入ってしまう。
「ご主人様、何したのです?」
そんな様子をじっと見ていたコロが好奇心旺盛な目で聞いてくる。
「ちょっと塩をね」
僕はフフっと微笑しながら塩を振り掛けるジェスチャーをしてコロに説明する。




