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 僕は一階へ下りると厨房で掃除をしていたクッコさんに声をかけた。


「すいません」

「おう、どうした」


 まだお客が多い時間帯でないせいか手持ち無沙汰にしていたクッコさんが僕の方へ振り向く。


「ちょっと厨房をお借りしたいのですがいいですか?」

「今の時間なら客もいないし構わないぜ。だがあまり長居はするなよ? もうすぐ仕込みをはじめたいからな」


 クッコさんは僕に笑いかけながら気さくに了承してくれる。


「わかりました」

「この間世話になったしその位いいってことよ。終わったら声をかけてくれ」


 ニカッと笑ったクッコさんは僕へ手を振ると別の部屋へと移動していった。


「ありがとうございます」

「ありがとうございますわん!」

 僕とコロはそんなクッコさんにお礼を言って見送った。



「さて……と」


「何をするんですか?」

 エプロンを着ているとコロが尋ねてくる。



「ちょっと検証を、ね」

「わふ?」

 僕のウィンクに首を傾げるコロ。


「まあ見ててよ」

「はいっ」

 僕の言葉にコロが元気よく返事をしてくれる。


 まずは、シオであれを作ってみることにする。

 僕は早速掌に魔力を集中させる。



「はぁあああっ! 塩!」


 叫び声とともに塩のシオの配列を変えて作り出した卵……、いや塩卵が掌に現れる。


「わわっ!」

 驚くコロの前に塩卵を置くと再度掌に魔力を集中させる。


「更に塩! そして塩! 塩、塩っ!」

「すごいですわん」

 シオを再編成し、塩バター、塩砂糖、塩薄力粉などドンドン作り出していく。


「ふむ。うまくいったみたいだね」


 僕は腕組みしながら検証結果に満足する。

 塩のシオの配列を替えて作り出したのは卵、バター、砂糖、薄力粉、バニラエッセンスだ。


 どの程度の範囲で作れるものなのか試してみたかったのでやってみたがこの感じだと何でも作り出せそうである。


 だが、攻撃手段として使うのは難しそうだ。

 例えば塩を極小の状態でモンスターにぶつけ、相手の分子を切断するとか一応やれると思うけどあまり意味がない。


 やってやれないこともないが消耗が激しいうえに効果があったかどうかはっきりわからないのだ。


 僕が極小サイズまで感じ取れるは塩だけである。


 つまり肉眼で確認できないような攻撃を加えてもモンスターの分子の状態などはわからないので効果があったかどうか咄嗟に判断できない。


 それなら普通に剣や魔法で対応した方がさしたる消耗もなく効果的だと思うのだ。そう考えるとシオの運用は物作りが適しているのだろう。


(まあ、オリハルコンが作れるだけでもすごいことだしね)


 そんな事を考えながら出来上がった素材を見ていくも全ての色が真っ白になっていることに気付く。


 バターなんか白いせいで紙粘土のように見えてしまう。卵も黄身が真っ白なので文字で表現するなら白身になってしまう状態だ。元が塩なだけに色がつかないのかな?


「ご主人様すごいです!」


 テーブルに置かれた物を前に目を輝かせるコロ。

 コロからすれば僕が掌からいろんなものを出したように見えたのかもしれない。

 アイテムボックスと勘違いしちゃったのかもね。


 でも本番はここからだ。

 ここで驚かれていては困るのだ。


「コロ、本番はこれからだよ。今日はこれでクッキーを作ってみようと思う」

「ッ! ご主人様はお料理もできるんですね」


 今僕が塩から作り出したのは全てクッキーの材料だったのだ。

 これらを使ってクッキーを焼いてみる。

 そのために厨房を借りたのである。


 今の僕ならクッキーそのものを作り出すことも可能だと思うけどそれじゃあ検証にならない。

 何より粋じゃないよね。


 僕の言葉を聞いて感心しきりのコロ。


「ううん、大したことはできないよ。でもクッキーは一時期よく作ってたからできると思うんだ。まあ今回は時間がないからあまり寝かせる時間も取れないし、こだわったものはできないと思うけどね」


 コロは勘違いしちゃったみたいだけど僕が作れるのはクッキーだけだ。

 料理上手というわけではないのである。


「お手伝いしますわん!」

 腕まくりし準備を整えるコロ。


「ありがとう。それじゃあ……」

 そんなコロにお礼を言いつつ、早速お手伝いしてもらうことにする。


 というわけで僕達はクッキー作りに勤しむのだった。


 …………


 しばらくしてオーブンから焼きたてのクッキーが放つ独特の甘い匂いが漂ってくる。


 オーブンを開けてクッキーが乗ったトレーを取り出すとダムが決壊したかのように甘い匂いが厨房内に溢れ出した。僕はその匂いを嗅いでなんともいえない懐かしさを感じてしまう。元の世界の事を思い出して軽くホームシックになってしまいそうだ。


 そんな気持ちを振り払い、焼きあがったクッキーの状態を見るも綺麗に焼きあがっていて成功といえるのだが……。


「できた……。でも色が……」

「真っ白ですね」


 出来上がったクッキーはどれも真っ白だったのだ。


 しかし、それ以外はちゃんとクッキーになっている。

 甘いバターの匂いを漂わせる正真正銘クッキーなのである。


「むぅ。食べてみるか」

 僕は焼きあがったクッキーを手に取り、まじまじと見つめてみる。


「コロもいただいていいですわん?」

 甘い匂いに抗えなかったのかコロがそわそわとしながら聞いてくる。



「うん、食べよう」

「わふっ!」


 きっと食べればわかる。

 僕はそう考えコロと頷きあう。


 そして二人同時にクッキーを口の中へと放り込んだ。


「お、色はおかしいけど美味しいね」

 やはり焼きたてのクッキーは美味しい。

 こればかりは作った者の特権である。


「甘いですわん! 大成功ですわん」

 コロにも大好評のようだ。


「じゃあ……、あれもやってみようかな」

 コロの表情に気を良くした僕はもう一つ作ってみることにする。


「まだ何かできるのですか!?」


 目を見開き、驚愕の表情を見せるコロ。

 コロは耳をピンと立て“まさか!?”みたいな顔をして固まっていた。


「これはまあ……おまけみたいなものだよ」

 ちょっと過剰に期待されすぎて焦ってしまう僕。


「わくわくですわん♪」

 コロは鼻歌混じりに身体を揺すりながら僕の方を見つめて待つ。



「はぁぁぁぁっ! 塩!」


 あまりに期待されてしまったことに僕はちょっとプレッシャーを感じながら掌に魔力を集中させると大匙一杯ほどの“アレ”を作り出した。


「わふ? いつもと変わらない塩ですわん?」

 僕の掌の上に乗った少量の白い粉末を見て首を傾げるコロ。



「まあ、見た目は変わらないと思う。けど、舐めてみて」


 これはパッと見塩と変わらないけど実際は“アレ”なので舐めてみればはっきりと違いをわかってもらえるだろうと掌を差し出す。


「はい! ぺろり、ですわん……。こ、これはっ!?」



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