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僕とエイリーンは顔を見合わせて首をかしげながら治療院へと入った。
――きゃあああああああああああああああああああ!
すると院内全域に響き渡るような大音響の叫び声が聞こえてきた。
何事かと驚く僕達。
――わふふっ!
――ど、どうかその辺で!
それに続いてコロとリリアンナと思しき声も聞こえてくる。
「え?」
「なになに?」
僕達は慌てて声のする方へ走り出した。
悲鳴は途絶える事がなく、それと同時にコロとリリアンナの動揺した声も聞こえてくる。
声の発信源と思わしき部屋の前に立つと僕は勢いよく扉を開けた。
そこには――
「自分が何をやったかわかっているのか!」
「ごめんなさあああああああいいっ」
――僕達が助けた女の子がギンギンおじいさんにお尻を叩かれている姿があった。
女の子のお尻は真っ赤に腫れ上がり、それを見かねたコロとリリアンナが止めるべきか迷ってあわあわしている姿も目に入る。
そんな中、ギンギンおじいさんの叱責がお尻を叩く音とともに木霊する。
「聞けば、かなり危険な状況だったそうではないか! しかもお前は見捨てられても文句は言えん状況にあったんだぞ!」
スパン! スパン! スパン! スパン! スッパーン!
「ごめんなさあああああああいいいいいいっ!」
「反省なさいっ!」
スパン! スパン!! スパン!!! スパパーンッ!!!!
「許してぇぇ……」
「あ、あの……、どうかその位で許してあげてください」
もう十分ではと思った僕はギンギンおじいさんに声をかけた。
どうやら女の子が自慢げに話していたおじいさんというのはギンギンおじいさんのことだったらしい。
「き、君は!? もしやこの子を助けてくれたのは君なのか!?」
僕の方へ振り返り目を見開くギンギンおじいさん。
「あ、はい。行きがかり上ですけど」
一応結果だけみれば助けた事になるけど僕達が六層へ行くのが一日遅れただけで彼女は一人で宝箱を開けてしまっていたかもしれない。色々と偶然が重なったに過ぎない話だ。
「……すまん。すまなかった」
目を伏せ、眉間に皺を寄せ、苦渋に満ちた表情で頭を下げるギンギンおじいさん。頭を下げるだけでは済まず土下座する勢いだ。
「え……、そんな……」
僕はギンギンおじいさんの謝罪が大げさすぎで面食らってしまう。
確かにそれだけの事だったといえばそうなのだがギンギンおじいさんの表情はそんな範疇を越えてしまっている。死んで詫びるぐらいの気持ちが籠もっていると言っても過言ではないくらいだ。
「本当にすまなかった……」
頭を上げようとせず、ずっと謝り続けるギンギンおじいさん。
「お、大お爺様さま!? ご、ごめんなさい」
そんなギンギンおじいさんの姿を見て、女の子も僕へ頭を下げる。
「頭を上げてください。偶然が重なったことです。この子ももしかしたら助けられなかったかもしれないですし……」
ギンギンおじいさんのあまりに必死な様に僕はそう言うのが精一杯だった。
「ありがとう。孫も君も無事でよかった……」
言葉を詰まらせながらようやく頭を上げてくれるギンギンおじいさん。
「ええ。でも今回の出来事は本当に予想外の部分が多いですしあまり叱らないで上げてください」
ダンジョンの上層で魔神出現とか予想外にもほどがあると思うわけで。
「そうだな……。クレア、怪我の具合は大丈夫か?」
「……はい」
「そうか。ならソルト君にちゃんと謝ったらギルドに報告へ行きなさい」
「勝手な行動をして申し訳ありませんでした。失礼します」
僕の言葉を聞いたギンギンおじいさんは深く頷くと女の子の頭を撫でながら優しげな声をかけた。どうやら女の子の名前はクレアというらしい。
クレアさんは僕へ深々と頭を下げると部屋を出ていった。
多分ギルドへ報告に向かったのだろう。
「ソルト君……、孫に甘いと言われるかもしれんがこれで許してやってくれんか」
そう言いながら再度頭を下げるギンギンおじいさん。
「そんな、もちろん問題ないです」
「ありがとう。あの子がああなってしまったはわしのせいでもあるんじゃ」
ギンギンおじいさんは俯いたままぽつぽつと話す。
「ギンギンさん?」
「わしが冒険者だったころの話を面白おかしく聞かせたせいであの子は冒険者に強い憧れを持ってしまったんじゃ。わしも孫の前では恰好をつけたかったからつい良いように話をしてしまってのう。……そのせいで強気な行動に出たり無謀な事を勇気ある事と思って行動してしまうんじゃ……。何度か強く言ったのじゃが、わしが若いころは無茶していたのに自分はだめなのかと逆に反発されてしまってのう……」
そんな風にクレアさんの話をするギンギンおじいさんの顔はどこか嬉しそうであり、どこか悩ましそうだった。本当に孫のクレアさんのことが可愛くて仕方がないのだろう。
「そうでしたか……」
ギンギンおじいさんの話を聞いていると怒りの感情より、懐かしさを感じてしまう。
それは田舎のおじいちゃんに熊を撃退したときの話を聞いた時のことを思い出してしまうからかもしれない。
はじめはうまくやり過ごせた話だったはずなのにいつのまにか背負い投げをした話に変わっていたときはおじいちゃんと二人で笑いあったものだ。
「それもこれもわしが孫の前でいい恰好をしようとした結果じゃ……。こんなことになるならちゃんと現実味のある話をしておくべきじゃった……。本当にすまない」
「頭を上げてください。僕だってそういう気持ちはわかります。特にお孫さんならかわいくて仕方ないですよね」
「ギルドから帰ってきたらもう一度あの子としっかり話してみるよ」
「それがいいと思います」
「じゃあ、失礼するよ」
「はい」
ギンギンおじいさんは僕に何度も頭を下げると治療院を後にした。
「一件落着ですわん!」
「皆無事でしたしね」
「まあ、あんまり揉めるのも嫌だもんね」
クレアさんとギンギンおじいさんを見送り、皆も少しずつ落ち着きを取り戻していく。
ギンギンおじいさんが取り乱していたせいか逆に僕達はすっかり冷静になってしまった感じだ。
クレアさんがしっかり謝ってくれたこともあり、皆もとくに根に持っている様子も無い。もともと不慮の事故的部分もあるし、この件がこれ以上尾を引くことはなさそうだ。
……でも、ギンギンおじいさんの謝り方には少し腑に落ちない部分があった。
うまく表現できないが僕はそう感じてしまう。
まあ、今は皆が無事だった事を喜べばいいだろう。
「じゃあ僕達も行こうか」
色々あったけど無事治療院で合流でき、僕達は宿に帰るのだった。




