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「しゃべった!?」
まさか話しかけてくるとは思わず、びくりと身を震わせる僕。
『当然だ。我は炎の魔神イフリーゴン。貴様たちはここで死ぬ運命だ』
名乗りを上げたそれは全身から黒炎を吹き上げ、身体を震わせた。
すると炎が逆巻くように噴き出し、切り落とされた拳が元に戻ってしまう。
人型の黒炎は自身を魔神と名乗った。
魔神……、その言葉に偽りはないだろう。
その姿が視界に入るだけで恐怖で体が強張るかのようだ。
僕たちが束になってかかっても敵う相手とは思えない。
魔神イフリーゴンは手の感触を確かめるように開閉を繰り返すと、再び僕へ殴りかかってきた。
「まだですわん!?」
「ソルトが……」
構えた姿勢で固まるエイリーンを見守るコロとリリアンナ。
「いくよ。ブリザードランスッ!!」
エイリーンのかざした両腕から氷の槍が複数発生しイフリーゴンへ向けて射出された。氷の槍は凄まじい勢いでイフリーゴンへと殺到する。
『ふん、小賢しい』
イフリーゴンはそんな氷の槍を手をかざしただけで防いでしまう。
だが、これはチャンス到来だ。
(今の内にっ)
僕はその隙を突いて女の子を抱えて皆がいる扉の方へ駆けた。
イフリーゴンの動きは緩慢なため、なんとか僕は逃走に成功し皆の下へ辿り着く。
「大丈夫ですか!? ご主人様!」
「傷が……」
茨の炎にやられた僕の姿を見てうろたえるコロとリリアンナ。
「コロ! 回復魔法!」
そんな中、エイリーンが冷静に回復魔法を指示する。
「大丈夫……。塩をすり込んで止血したから。それよりこの子に魔法を」
僕はそんなエイリーンを制して女の子に回復魔法をかけて欲しいとコロに頼んだ。
実はイフリーゴンから離れる際に自分の傷には塩を擦り込んでおいたのだ。
ちょっと痛かったけどこれで僕の傷は完治したも同然なのである。
コロは僕の言葉を聞き、魔法発動直前で回復魔法の対象を女の子へと変更してくれる。
「ヒール!」
コロの声が木霊すると掌から淡い光が発生し女の子を包み込んだ。
「このままでは……。なんとか脱出しなくては」
イフリーゴンを見据えながら狼狽するリリアンナ。
『無駄なあがきはやめ、我に蹂躙されよ』
余裕の表情を見せるイフリーゴンは黒煙を噴き上げまき散らしながらこちらへとゆっくり迫る。
一応全員合流できたが扉が閉ざされてしまった今、このままではどうしようもない。残念ながら今の僕達ではどうあがいてもあの炎の魔神を倒せるとは思えない。
……何とかこの状況を打破できる術はないだろうか。
「ッ! 塩カッターなら壁を切れるはずだよっ」
そこでエイリーンが以前僕が塩カッターで壁を切ってしまったことを思い出す。
その言葉で察したリリアンナとコロが僕の背から女の子を引き受けてくれた。
僕は皆に頷き返すと塩カッターを発動する準備に入る。
素早く魔力を練り、掌を壁に向ける。
「よしっ! 塩カッター! 塩カッター! 塩カッター!」
僕は閉ざされた壁目掛けて塩カッターを三連発お見舞いした。
塩カッターにより壁が三角形に切断され、壁の向こうにあった通路が姿を現す。
『なんだと……』
まさか壁を切られるとは予想していなかったのかイフリーゴンから驚きの声が漏れる。
「ふふ〜ん。残念だったわん!」
「行きましょう!」
コロとリリアンナが女の子を担いで切り裂いた壁から脱出する。
「ブリザードランス!」
少しでも時間を稼ごうとエイリーンがイフリーゴンへけん制のブリザードランスを放つ。
「僕が殿になるからエイリーンも行って!」
僕が塩カッターを放つ準備をしながらエイリーンに声をかけるのとイフリーゴンが呟くのが同時になる。
『……逃がさんぞ』
そんな短い呟きとともに切り裂いた壁が瞬時に元通りになってしまう。
「切り裂いた穴が!?」
今まさに壁を抜けようとしていた矢先に穴が塞がり、驚愕するエイリーン。
「塩カッターッ! なっ!?」
僕はけん制に撃とうとしていた塩カッターを急遽壁へと放つ。
だが、壁には傷一つつかなかった。
『強固にした。もう無理だ。さあ、死ぬがよい』
炎の魔神、イフリーゴンの言葉が重々しく部屋の中に響き渡る。
それと同時にイフリーゴンはこちらへ向けて炎を吐いてきた。
「きゃぁっ!?」
咄嗟の事に何もできずうずくまるエイリーン。
「危ない! はぁああっ! 塩!」
僕はそんなエイリーンを庇おうと前に出る。
そして塩を噴き出し、迫り来る炎をなんとかせき止めることに成功する。
『ふん、そのような粉で我が炎を防げるはずがなかろう』
イフリーゴンのその言葉と同時に炎の勢いが増す。
「も、もうダメ……」
怯えて一歩も動けなくなってしまうエイリーン。
「くっ融ける……」
塩を噴き出し続けて炎をせき止めていたが段々形勢が逆転していく。
……熱によって塩が融けはじめたのだ。
『白い粉を噴き出す男よ、中々楽しませてもらったぞ。ではさらばだ』
静かで自信ありげな言葉とともに更に炎の勢いが増す。
炎は僕達の周りを完全に包囲してしまった。
「い、いやぁ……」
眼前の光景に恐怖したエイリーンが僕の背にしがみ付いてきた。
「大丈夫! 僕が守る!」
僕は炎を塩でせきとめながらエイリーンを抱き寄せ、励ます。
なんの根拠もないが何とかしなくてはならない。
このままでは二人とも死んでしまう。
なんとしてもエイリーンだけでも助けないと。




