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「そうですか……」
僕は空気を呼んで多くを聞かなかった。
聞いても答えてくれそうにない雰囲気だしね。
「そうなんです! ヒルカワときたら私の活躍をあっという間に塗り替えてしまったんですよ! ぐぬぬっ、おのれぃ!」
と、そんな沈黙を破ってリリアンナがヒルカワの名前に反応し、悔しがる。
そういえば後発で新人デビューしたヒルカワにいいところを取られたって前に聞いた気がする。
「まあ、ギルドで活動しはじめたころには力もコントロールできるようになっておったようじゃし、お主が今言った頃には大したことはしてなかったはずじゃ」
「すごいなぁ。まあ僕は大人しくやっていこう」
ギルドマスターの話によるとヒルカワのギルドでの活躍は大したことはないらしい。つまりリリアンナが目にしたのは力の片鱗といったところなんだろう。
といってもヒルカワはヒルカワ、僕は僕。
僕は安定した生活ができればそれでいいのでそんな大活躍をする必要もない。
とにかく町で生活していくためにもトラブルだけは気をつけていきたいところだ。
「ご主人様はすごいですわん! 本当の強さは力ではなく勇気です。ご主人様は強い者にも立ち向かっていける立派な心を持っていますわん! コロはそんなご主人様が大好きです!」
と、そこでコロが僕へとひしっと抱きついてくる。
きっと僕が落ち込んでいると思ってはげましてくれたのだろう。
「あ、うん。ありがとう、コロ」
僕はそんなコロにお礼を言いながら頭を撫でる。
「わふっ」
「ヒルカワの方は詳しく知らないけどソルトも十分おかしいからね? だってコレだよ〜? 大人しいってなんだろうね〜?」
大体話が終わってコロが締めてくれたと思ったらエイリーンが焼け焦げたオークの巣を指差しながらしらけた視線を向けてくる。
「ええ!? 確かにそうか……」
どうやら僕もトラブルメーカーの仲間入りらしい。
「案ずるな。この件は伏せておく。もし騒ぎになったらわらわがやったことにするので問題ないのじゃ」
「ありがとうございます。僕たちから何かやっておく事はありますか?」
どうやら今回の件はギルドマスターが全面的にバックアップしてくれるようだ。
とはいっても僕たちの方からも何かやっておくべきか一応尋ねておく。
「特にないのじゃ。あ、報酬は使いに届けさせるから間違ってもカウンターに取りに行っちゃダメじゃからな!」
「分かりました。何から何まですいません」
「構わんのじゃ。それに借りを作っておけば後でこき使えるしのう」
「え?」
「というのは冗談じゃがその内雑用の一つでもやってもらうかの」
「あ、はい。それ位ならいつでも言ってください」
色々と親切にしてもらったと思ったらどうも裏がありそうな予感。
でも今の僕にはこの状況を一人で上手く処理する能力はない。
後で何かが待ち構えているにせよ、ここはギルドマスターに頼るしかないだろう。
見た感じ悪い人には見えないし大丈夫だよね。
「まあ、その時が来たら頼むのじゃ。今は帰るといいのじゃ!」
バッと手を前に出し、威勢よく帰れと言うギルドマスター。
一件ギルドの長として威厳ある行動をとっている様にも見えるが褐色のちっちゃい子供がぷにっとどや顔している様はなんともかわいらしかった。そんな凛々しいちびっ子の姿を見てちょっとほっこりしてしまう。
「あ、はい。色々とありがとうございました」
僕がお礼を言うと皆もそれに続く。
「失礼します」
「また高い高いしてあげるわん!」
「マスターおつかれ〜」
と、いうわけで僕たちはギルドマスターに挨拶を済ませて下山を開始した。
…………
その後、無事町に到着し宿に帰ろうとする。
今回はギルドに報告することがないのでこのまま帰宅コースだ。
となるとエイリーンだけ方向が違うのでここで一旦お別れになる。
僕はエイリーンの方へ向くと別れの挨拶をしようと話しかけた。
「じゃあ、エイリーンとはここでお別れだね。明日またギルドで会おう」
「んん〜? コロとリリアンナは違うの?」
「コロはご主人様と一緒の部屋です。そしてリリアンナもご主人様にお仕えする身なので当然同室わん」
「い、いや、違いますからね! わ、私はお世話になっているだけですから!」
「むっふーん。そんな隠さなくてもいいわん? ご主人様のような立派な方にお仕えするのは恥ずかしいことではないわん」
「そ、そうじゃなくてですね!」
「あはは、コロその辺で勘弁してあげなよ」
コロとリリアンナが揉めはじめたので仲裁に入る。
といってもリリアンナもそんなに本気で言っているようには見えないし、仲は良さそうなんだよね。
「むむ、わかりましたっ」
“やれやれ、リリアンナはしょうがないな”といった表情をしながら了承するコロ。
そんな一連の様子を見ていたエイリーンが口を開く。
「私も行く〜」
「え?」
「なんか楽しそうだし私もみんなと同じ部屋に泊まるよ」
「えっと……、え?」
エイリーンの発言に戸惑い、つい何度も聞き返してしまう僕。
「報酬を貰うまではどうせ一緒に行動するんだしいいでしょ? 決定〜」
エイリーンはそう言うと僕に飛びついてきた。
「ちょ、ちょっとエイリーン。それにベッドがもうないよ!」
今取っている部屋にはベッドが二つしかない。
結構ギリギリな状態なのだ。
これ以上人が増えても寝る場所がない。
「じゃあ、一緒に寝よっか〜」
エイリーンは僕にしがみ付いたまま耳元でそんな事を言う。
流し目を送るエイリーンは大きなリス尻尾で僕の頬をふわりと撫でてくる。
「ダメです! 一緒に寝るのはコロです!」
エイリーンの発言を拾ったコロが僕へとわしっと抱きついてくる。
そしてクッとエイリーンを見据えた。
「じゃあ三人だね〜」
そんな睨みを利かせてくるコロにも笑顔を向けて三人で寝ようと提案してくるエイリーン。
「わふっ、三人ならいいです」
それならいいよと了承してしまうコロ。
「え、僕の意思は……」
その三人の中には僕が含まれているはずなのに僕の意見がないがしろにされてしまう件。
「わ、私だけ一人で寝るというのはパーティとしてどうでしょうか……、どうでしょうかッ! ここは私も一緒に寝るべきではないでしょうかッッッ!」
が、僕の意見は据え置きでリリアンナも参戦してくる。
「なら四人一緒ですわん!」
それならいいよとコロが了承してしまう。
「……な、なんか狭そうだな」
一つのベッドに四人で寝るというのは果たして可能だろうか。
「二つのベッドをくっつけるといいかもね〜」
両手の人差し指を立ててピタリとくっつけて見せるエイリーン。
「ナイスですわん!」
「そ、それでいきましょう!」
それならいいよと了承するコロとリリアンナ。
……ドンドン話が進んでいってしまう。
ここで僕が一人で反対意見を述べてもどうしようもないだろう。
むしろ話が長引くだけだ。
そう判断した僕は四人で寝ることを甘受することにした。
「わ、わかったよ。じゃあ、宿に行くからエイリーンもついてきてね」
「は〜い」
僕はエイリーンに呼びかけ、みんなで宿へ向かうこととなった。
(二人部屋なのに四人になっちゃったな)
一階で食事を終え階段を上りきった僕はそんな事を考えながら部屋の扉を開けて中にはいる。
すると僕の脇をすり抜けてみんながベッドへと向かい、早速ドッキングさせて巨大なベッドへ加工していた。
そんな巨大なベッドを前に三人は真剣な顔をして話し合っていた。
「まず、中央がご主人様なのは決定ですわん」
「問題はその両隣ですね」
「私は右でも左でもいいよ〜?」
「まず、コロが片方を取るのは確定ですわん。後は二人で話し合って下さい」
「ま、待って下さい! ここは平等にクジにしませんか?」
「え〜、いやだよ〜」
どうやら僕の両隣で誰が寝るのかで揉めている様子。
やれやれ、参ったな。
そんな光景を眺めているとコロがススッとリリアンナへ擦り寄った。
「リリアンナ、ちょっとこっちに来てほしいですわん」
「む、なんでしょう? 今クジを作っているところなのですが……」
意味深な表情を見せるコロはリリアンナを部屋の隅へと連れて行き、懐から皮袋を出した。
「これで今回は遠慮してほしいわん」
「ッ! これは……! や、やむを得ませんね……。今回だけですよ?」
「交渉成立わん」
なにやら怪しげな取引の結果、リリアンナが辞退する形となったようだ。
しかし、コロがリリアンアに渡した皮袋の中身……、妙に塩気を感じる。
そんな一連の流れを見ていたエイリーンが口を開く。
「じゃあ、次は私が渡そうかな〜」
「ぐっ、ひ、卑怯ですよ! で、ですが……そのときの気分にもよりますが……」
また四人で寝るようなことがあれば今度は自分と取引しようとリリアンナに持ちかけるエイリーン。
全て円満解決したことに喜び頷くコロがリリアンナとエイリーンに声をかける。
「まあ、今回はこれで決定わん。皆、定位置へ!」
「く、不覚」
「は〜い」
コロの言葉に皆、ベッドへ移動する。
「ささっご主人様。こちらへ」
コロがベッドの空いているスペースをぽふぽふと叩いて僕を呼ぶ。
「は、はい」
僕の意見が聞かれることもなくベッドの位置が決まり。
僕はコロとエイリーンにギュッとしがみつかれながら眠ることになってしまう。
ドキドキして眠れない僕はいつも通り塩を一舐めして心拍を安定させるのだった。




