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 すると、中年の男と女の子が言い争っているのが見えた。



 何やら中年の男が女の子に対して一方的に怒鳴り散らしているようだった。


 女の子は必死に反論しているが、男はそれが気に食わないのかとうとう鞭を取り出した。そして怒声を上げながら鞭を振るう。



 ――貴様ぁあっ! 丁稚の分際で生意気だぞ! 歳がいっていることには目をつぶって大枚はたいて買ったというのに!


 スパーン! スパーン! スッパーン!


 ――うるさいっ! コロ、お前嫌いッ!



 ――雌奴隷の分際で口答えするなっ!!


 スパーン! スパーン!! スパパーンッ!!!


 ――ああ! やめっ……!



 ――この豚が! 飼い主に逆らうんじゃないッ!


 スパーン! スパーン!! スパパーンッ!!!


 ――くぅっ! コロは豚じゃ……ないッ! 犬人族だわん!



(これは……、ややこしいな……)

 どうやら女の子が主である中年男の言うことを聞かずに反抗しているようだった。


(異世界で人との初遭遇がこれとかさっきから微妙に難易度が高いな……)

 僕は眼前で繰り広げられる光景に固まる。


 まず、この世界での丁稚がどういう扱いなのか分からない。

 あそこまで暴力を振るっていいものなのかもよくわからない。

 わからないことだらけだ。

 だが……。


(あれを見過ごすのはちょっとなぁ)


 どう考えても扱いが悪い気がする。

 奴隷とか豚とか口走ってるし……。

 と、いうわけで木の影からひょっこり顔を出し、小走りで現場へと急行する。


「ハァハァ……、すいま……せーん……フゥ、フゥ」

 僕は全力疾走してしまったために痛む横っ腹を手で押さえながら中年男へ向けて声をかけた。


「なんだお前は! 怪しい奴め!」

 中年男は僕の服装を見ていぶかしむ。


「ハァハァ……あの〜、その子が言う事きかなくて困ってるんですよね?」

「そうだ! 高かったんだぞ!」


「良かったら僕に譲っていただけませんか?」

「お前に?」

「あ、はい」


 呼吸が整ってきた僕はマジックテープタイプの財布から千円札を三枚取り出し、中年男へ渡す。


「なんだこれは!」

「え、やっぱり足りないですか?」

「こ、こんな細かい細工見たことないぞ! しかも日に透かすと絵が現れる!」


「あ〜、それと交換ってことでどうですか?」

「い、いいだろう! これはもうわしの物だ! 返せと言っても返さんからな!」

「あ、やっぱり一枚だけ返してもらえませんか?」


 どうやらお札はお金としては見てもらえず芸術作品として受け入れられたようだ。ちょっと惜しくなったので一枚返却を求めてみる。


「駄目だ! だがこいつはやる! これが契約書だ」

 僕の返却を断った中年男はそう言うと懐から書類を取り出し、こちらへ投げつけた。


「よし、これで取引完了だ。じゃあ、わしは行く。そいつが使い物にならなくてもこの絵は返さんからな!」

 中年男は僕に捨て台詞を残すと馬車に乗って行ってしまった。


「さ、て…………」

 勢いで丁稚を養うことになってしまったがどうしたものか。


 ついやってしまったがこの世界の人々がどんな価値観を持っているかわからない。


 あの中年男が普通の人だったならこれから先も今のような場面に直面する事があるかもしれない。だからといってその都度今回のような対応をするわけにもいかないだろう。


(これっきりにするか)

 正直そう心に決めるもまた眼前であんな光景があればどうなるかはわからない。


 でも前もって考えておく事は重要だ。

 僕はそう自分を説得し、正面にいる女の子に向き直る。


「……えっと、はじめまして?」

 頭を掻きながらなんとも締まらない声をかける。


「グルルルッ!」

 が、女の子は僕に犬歯をむき出して唸り声を上げるだけだった。


(うう、どうしたものか……。って、ん?)

 色々あったため、ちゃんと女の子を見ていなかったがこうやって面と向かってみるとその違和感に気付く。


 女の子の頭の上には獣の耳のようなものがついており、服のお尻部分には穴が開いていてにょっきりと尻尾が出ていた。


 瞳は赤く、髪の毛は薄い茶色だし、服からは白い肌があらわになっていて普通の人となんら変わりないように見える。だが、耳と尻尾も生気を帯びていて作り物には見えない。


「あ〜、僕は塩沢剃兎。えーっと……君、犬人族だったっけ?」

 さっき盗み聞きしていた会話を思い出し、女の子へ話しかける。


「グルルルッ! ぅ……うう」

 が、女の子は相変わらず唸り声を上げるだけだった。だが、途中から様子がおかしくなる。ふらついたかと思うと地面にかがみこんだのだ。


「っ! 大丈夫?」

 僕は咄嗟に駆け寄る。


(これは……っ! さっきの……!)


 そして近付いてわかる。

 女の子はさっき鞭で打たれた部分の皮がめくれ、血が滲んでいたのだ。

 もともと着ていた服がボロボロだったためか鞭で裂かれてひどいことになってしまっている。


(治療しないと!)

 僕は素早く掌に塩を出す。

 そしておもむろに傷口へと塗りこんだ。


「ぎゃあああああああっ!」

 悲鳴を上げる女の子。


「が、我慢して!」


 僕は女の子を押さえ込みつつ傷口に塩を必死に塗りこむ。

 確か塩には消毒作用と傷を塞いだり、打ち身を治す成分が含まれているので外傷には有効な手段なはずなのだ。ちょっと染みるのが難点なんだけどね。


 普通の塩なら効果は薄いかもしれないが今の僕はステータスの魔道の数値も高い。


 だから塩に魔力を込める。すると尋常ではない回復スピードになるって寸法だ!

 魔力に関しては異能を使ったときになんとなく感覚は掴めた。

 まだ分からない部分もかなり多いが今は緊急事態なので止むを得ないだろう。


 そう、よくわからない魔力を行使してでも傷は治しておくべきなんだ。


「ふぅ、これで良しっと。まだ痛い?」


 僕は塩をすり込む手を止めて女の子に聞いてみる。



「グルッ! ……あれ、痛くな……い?」


 自身の体を見て首を傾げる女の子。


「うん、これで多分大丈夫だと思う」

「傷が治ってる! お肌もツヤツヤわん!」


 耳をぴくぴくさせ尻尾を振りながら驚いた表情をする女の子。

 塩には美肌効果もあるのでぷりんぷりんの卵肌のできあがりだ。


「これで話せるかな? 改めて僕は塩沢剃兎、キミは?」

「シオザワソルト? 長い名前だわん。私はコロ、犬人族だわん!」


「あ〜、名前は剃兎だよ」

「ん、ソルト。コロ、ご主人様の名前覚えた。傷、治してくれてありがとう!」


 どうやら傷を治したのが功を奏してうまく会話が成立するようになった。

 女の子の名前はコロというらしい。


「じゃあ、歩きながら話そうか」

「わん!」

 というわけで僕達は中年男が馬車で向かった方向へと歩き出した。



「この先に町とか村があるのかな?」

「ん〜、わからないわん!」


「僕って人族しか見たことないんだけどコロみたいな種族って他にも沢山いるの?」

「犬人族のこと? 種族なんて色々一杯いるわん?」


「ああ〜……、そ、そうだよね」

「変なご主人様」


「じゃあ、レベルって何かわかる?」

「聞いた事ないの」


 どうやらこの世界には多種多様な種族が存在するようだ。


 また、レベルの概念は転移した僕達にしかわからない仕様のようだった。

 本人たちには見えないだけなのか僕達だけがレベルアップするのかは今のところ不明だ。


「そっか〜。ちなみにコロはどうしてあの人と一緒にいたの?」

「先週パパとママが死んじゃって売られたの」


「あ、ごめん。嫌なこと思い出させちゃったね」

「ううん。いいわん!」


 気丈にも笑顔で応えるコロ。

 そんな中、グゥっという音によって会話が遮られる。

 見ればコロがお腹を押さえて俯いていた。


「お腹すいてるの?」

「わふん」

 僕の質問に耳をペタンと頭につけて頷く。


「んじゃ、あそこに座ってご飯にしよっか」

 僕は木陰を指差しながら移動する。


「ご飯っ!?」

 ぱっと目を見開き尻尾をブンブン振り出すコロ。


 コロは僕を追い抜いて木陰にたどり着くとジャンプするように正座した。

 その間、尻尾はメトロノーム状態である。


「はいこれ」

 そんなコロの前に茶碗一杯分の塩を差し出す。


「すんすん、これがご飯?」

 匂いを嗅ぎながら首を傾げつつ塩を受け取るコロ。

 そしておもむろに塩を頬張る。


「わふふっ! しょっぱいー」

「ごめん、これしかないんだ。まあ栄養はあるからさ」


 顔をしかめるコロに苦笑いで応える。


「しょっぱいー、けどクセになるっ!?」

 が、コロは段々と塩の虜になっていく。


 はじめはしょっぱいといっていたが今はちびちびと食べ進めている。


 僕もとなりで茶碗一杯分の塩を出しガツガツ頬張る。



 なんだろう……、この塩、旨いな……。


 そして休憩を終えた僕達は再び道を進むのだった。


 …………


「お、何か見えたぞ」

「町だわん!」


 僕達の眼前に塀で囲まれた建物群が見えはじめた。

 道の突き当りには門も見える。



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