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全てを見届けた僕はコロの肩を掴んでいた手を放してギルドへと向かうのだった。
……リリアンナはしばらくすれば追いついてくるだろう。
「お、置いていかないでくださいっ」
と、ギルドの扉を開けた瞬間、リリアンナが駆けつけた。
「中で待っていようと思っただけですよ。さあ、行きましょう」
「依頼を探すのですっ!」
「え、ええ」
僕達に押し切られる形でリリアンナはしぶしぶといった体で了承する。
と、思ったがリリアンナは入り口の扉にしがみ付いて踏みとどまってしまった。
「……あの、リリアンナ」
僕はいつまでも入り口から動こうとしないリリアンナへ声をかける。
「な、なんです?」
「ギルドに入るのにも緊張するんですか?」
ガチガチに緊張して震えるリリアンナに問いかける僕。
「そ、そうです……、人と話すだけで手汗でびしょびしょになってしまうのです」
「でも、僕とはじめて会ったときは普通でしたよね」
はじめて会ったときはもっとしゃんとしていたし、凜としていた印象だったのだが……。
なんでこんなことに……。
「以前はここまで酷くはなかったんです。でも、アレが……。アレをやると落ち着くとわかってから逆に今まで何ともなかったことまで緊張するようになって……」
「ええ〜、普通逆でしょう? 安心できるものがあったら落ち着くと思うんだけど」
落ち着けるものがあれば緊張する場面でもどっしり構えられるものだと思うのだがリリアンナは違ったようだ。
「そ、それに……」
「それに?」
「マントの下が裸同然だと思うとどうしても鼓動が早くなるし、もしも中を見られたらと思うと落ち着かないんですっ!」
「それだっ! 」
というか他は関係ない気がする。
人前に出ると緊張するとか言ってるけど全ての原因はマントの下のマイクロビキニで間違いないだろう。
「し、知らないっ! こんな体にしたのは君じゃないか!」
「ええええ? 言いがかりですよ」
わなわなと震えながら僕を見据えて糾弾してくるリリアンナ。
「もう君の塩なしでは生きられない駄目な体になってしまったということですね……」
「またまたぁ、大丈夫ですって」
リリアンナの大げさな物言いに僕は笑い返す。
「せ、責任を取ってもらいますからねっ!」
だが、リリアンナはちょっと涙目になりながらそんな事を言ってきた。
涙目で悲しげな表情をするリリアンナはロマンス映画のメインヒロインのように綺麗だから困ってしまう。
「責任ってなんですか!?」
さすがに僕も驚いて聞き返してしまう。
「し、塩を無償で提供するのです!」
「ああ……、そういう責任なんですね」
どうやらリリアンナは何が何でも塩が欲しいようだ。
やれやれ、参ったな。
「駄目なのですか!? ならなんでもしますから! だから塩を下さいっ!」
「掌返すの早くないですか!? しかも返し方がおかしい」
と、思ったらリリアンナは責任追及を諦めて何でもするからと懇願の姿勢へシフトした。
「わふっ、さすがご主人様ですっ」
そんな一連の光景を見たコロは満足気に頷く。
「え、どういう意味?」
納得のいかない僕。
「コロも後輩ができて嬉しいですわん」
コロは訳知り顔でリリアンナの肩にぽふんと手を置く。
「わ、私は君の後輩ではないですよ!? むしろ冒険者の先輩ですからね!」
「でも、ご主人様にお仕えする身としてはコロが先輩ですわん」
「ち、違う。私はそうではないんです……」
「でも、なんでもするんですわん?」
「クッ、それは……」
言葉に詰まるリリアンナを尻目にコロは“ええんやで”みたいな顔で微笑みかけた。
などと僕達が入り口で騒いでしまったため、ギルド内にもざわめきが伝播していく。皆がこちらへ視線を送りながらボソボソと話す声が自然と僕の耳に届いてしまう。
「おい、リリアンナが……」「ああ、忘れられない体にされたって言ってたぞ」「君なしでは駄目な体になってしまったとかも言ってたよな」「責任を取るとも言っていたな」「なんでもするとも聞いたぞ……。一体どうなってるんだ」「さすが塩噴き男だぜ……」「あのリリアンナをモノにしちまうとなは……」
などと外野の声が聞こえてくる。
ふぅ、参ったな。
とまあ、入り口で一悶着あったがとりあえず周りは気にしない事にして三人分かれて依頼を見て回る事になった。
はじめはギルドに入る事さえ躊躇ったリリアンナだったが一通り終わったら塩を渡すと言うと人が変わったように前に出て僕達を引っ張るようにしてギルド内へと入っていった。僕はそんなリリアンナがどこに向っているのか見届けようと思う。
一応リリアンナが選んだ依頼で行くつもりだが僕達が選択したものについてもアドバイスを貰ってこれからの依頼選びに役立てようという考えだ。
僕は早速掲示板とのにらめっこをはじめる。
「こらっ!」
と、依頼を探していると背後から怒鳴り声が聞こえてくる。
「あ、エイリーンさん?」
慌てて振り向くと僕の後ろには腰に両手を当ててぷっくり頬を膨らませたエイリーンさんがいた。エイリーンさんは両頬に肉まんでもつめたかのような顔で僕を睨んでいる。
(あ、そういえば、約束してたんだった!)
エイリーンさんと早朝に魔力制御の練習をする約束をしていたのを思い出す。
僕が魔力の制御がうまくできないことを心配してくれたエイリーンさんが練習につきあってくれる事になっていたのだ。
昨日の内にスキルを取ったことでその問題を解決してしまったためにすっかり忘れていた。
「昨日来なかったよね~。ずっと待ってたんだからね? じゃあ練習といこうか」
リス耳をピンと立てたエイリーンさんは僕を睨みながら手を掴んで訓練所へと連行しようとする。
「す、すいません。魔力制御のスキルを取ったらコントロールできるようになりました」
僕は引っ張られながらも練習に来なかった理由を簡潔に説明した。
「ぇぇ〜……。眠いの我慢して待ってたのに〜……」
それを聞いたエイリーンさんはピンと立てていたリス耳をふにゃ〜としおらせながらがっかりした顔になる。




