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(一体なんだったんだ……)
少し気になったが眠気が勝ってしまった僕はコロが眠るベッドへするりと潜り込んだ。
…………
翌日。
深夜の訪問者のせいで遅く目覚めた僕は訓練所の修繕費を稼ぐためにスライム狩りをしてみる事にする。とりあえず危ない橋を渡らずに稼いだ状態でどのくらい時間がかかるかを実際に試してみたかったのだ。
狩りの結果、時間は掛かるが今の状態でも充分支払いは可能という事がわかった。だが逆に言えば支払いペースを上げるにはランクを上げてより高難度な依頼をこなす必要があるということもわかってしまった。
安定を求めるか少し危険でも難度の高い方を選ぶかは迷うところだ。
だが、そんな迷いが悩みになることはなかった。
今の最大の悩みが些細な悩みなど吹き飛ばしてしまうためだ。
今、僕が抱えている最大の悩み、それは――
――ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドンッッッ!!!
――深夜の訪問者とそれに付随する強烈なノック音だ。
少し前からリリアンナさんが深夜に塩を貰いに来るようになった。
それは連日続き、そんな塩を貰いに来るリリアンナさんの様子が日を増すごとにおかしくなっていく。
はじめはちょっと慌てた様子だったのが段々切羽詰った感じになり、今では何かに追いたてられるかのような挙動で迫ってくる。
そして何度か時間帯を変更してくれと言ったのだがなぜか深夜に来る。
しかも塩の消費量が日に日に増しているのだ。
それは僕にも原因があった。
毎日来られて夜中に起こされるのにうんざりした僕は何日か持つようにと二倍、三倍と渡す量を増やしたのだ。
が、それは効果を成さなかった。
なぜかは知らないがリリアンナさんは翌日の深夜に必ず来るのだ。
さすがにこう何日も続くと僕の方も寝不足がたたって疲れてきた。
これだけ大きな音を立ててもコロがぐっすり眠っていてくれるのは救いだが、そろそろ僕も我慢の限界だ。
今日はちょっとひとこと言ってやろうと重い体を起こして扉へと向かう。
覚醒しきっていない意識の中ふらふらと扉へ向かう間もドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドンッ!! と扉は絶え間なく叩かれる。
「お、遅いですっ! は、はやくアレを!」
リリアンナさんは僕が扉のロックを外した音を聞いた瞬間、ノブを回して強引に部屋の中へとなだれ込んできた。
そしてすごい剣幕で畳みかけて来る。
少し汗ばみ、伏し目がちに長いまつげがしっとり垂れているリリアンナさんの表情はどこか妖艶だ。
僕はそんな艶っぽい表情に負けまいと自分を鼓舞する。
今日こそははっきり言わないと。
「リリアンナさん……、さすがに連日来るのはやめてもらえませんか。それだけの量は渡しているはずです……」
「そ、それはそうなのですが……、つい……」
リリアンナさんは僕の言葉を聞いて少し落ち着きを取り戻すと、ばつの悪そうな顔をした。
「それに最近おかしいですよ? 大体なんであんなに大量の塩がいるんですか?」
「キミには関係ないことです! 早く、早くっ!」
僕が塩について問い詰めようとすると結局豹変し、塩を迫ってくる。
やれやれ、困ったものだ。
「それになんでそんな恰好をしているんですか? 前は白いドレスアーマーだったのに……」
今日こそは何としても決着をつけてしまいたい僕は少しでも粘って話そうと服装のこと尋ねた。
以前のリリアンナさんは純白のドレスアーマーを装備していてなんとも可憐で凛々しい印象だったが、今はボロ布をマントのようにして全身に巻いている。世紀末の砂漠を旅するようないでたちだ。
僕はそんなボロマントをつまんで問いかける。
「さ、触らないでください! あっ……」
リリアンナさんは僕がボロマントに触れたことへ過剰に反応し、身を大仰に捻った。
途端、ボロマントが破けてずり落ちる。
マントは見た目通りの強度のようでちょっとした刺激で千切れて粉々に飛散してしまう。
そして飛び散ったボロマントの下から肌色があらわになり、僕の目に飛び込んで来た。
リリアンナさんはマントの下に白いビキニを着ていた。
マイクロビキニってやつだ。
そのせいでマントの下は肌色の面積が大部分を占めていたのだった。
「え?」
呆気にとられてしまう僕。
「こ、これは……、その……、服装の趣向が変わったんです! そ、それだけですっ」
胸元を腕で隠してモジモジと身をくねらせながらそんな事を言うリリアンナさん。
顔どころか肩まで真っ赤になり、耳の先まで真っ赤だ。耳の赤さが反射して透き通るような金髪まで赤く見える始末。そんなリリアンナさんはこちらに目を合わせられず、視線を常時左右に振り続けていた。
「えぇ? いくらなんでも……」
納得のいかない僕。
「ふ、ふんッ、これだけ軽い恰好だと動きの切れが増すのです……」
そう言いながらシュタッと構えを取るリリアンナさん。
だが、その恰好で激しい動きをするのは考え物だ。危ない。非常に危ない、色々と。
「本当ですか? 本当にその恰好でモンスター討伐をしているんですか?」
僕は苦しい言い訳を続けるリリアンナさんを問い詰める。
するとリリアンナさんは僕から目をそらしながら俯いてしまう。
「いや……、その……」
「正直に話してください。そうすれば力になれるかもしれないですし」
これにはきっと何か深い事情があるはずだ。
そう考えた僕は優しげに話しかける。
「…………お金がなくなったから装備を売ってしまったのです。これは布面積が一番少ないから安かったのです! 悪いですか!」
「ええっ!? そうだったんですか?」
どうやら以前装備していたドレスアーマーは売却してしまったらしい。
装備にまで手を出してしまうという事は相当お金に困っているのだろうか。




