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「なんでも塩を噴いたそうじゃないですか!」
クワッと目を見開き、更に顔を近づけてくる。
額と額がくっついてしまった。
「まあね」
これも多数に見られていたことなので否定してもしょうがないと判断し認める。
「ちょっと見せなさい!」
と額を押す力を強めてくる。
「ん、ここじゃちょっと……」
できれば人前で塩を噴くのはしばらく勘弁して欲しいので言葉尻を濁してしまう。
「わかりました! じゃあ、着いてきなさい!」
そういうと女の人は強引に僕を立たせると手を引いてギルドを出ようとする。
「ちょ、ちょっと!」
僕はいきなりの事に驚いてしまう。
「いいから、来なさい! ちょっと塩噴きを見せてもらうだけですから! 他には何もしません!」
「本当にそれだけ? 襲い掛かってきたりしない?」
「くどい! この姫騎士リリアンナ、嘘はつきません!」
どうやらこの女の人の名前はリリアンナというらしい。
その真剣な表情からまじめそうな印象を受けるし信じてもよさそうな気もする。
「わ、わかったよ。コロ、少し待ってて。依頼を受けたいからすぐ戻ってくるよ」
僕は今にも飛び出しそうなコロにそう説明する。
とにかく塩を噴いているところを見せれば満足してくれるみたいだしさっさと済ませて依頼を受けたい。すぐ戻るつもりだったのでコロにはここで待っててもらうことにする。
「わ、わかりましたわん。ご主人様大丈夫ですか?」
僕の言葉にしぶしぶ了承するコロ。だがその顔に落ち着きはなく、尻尾もふなふなと揺れていた。
「ん、すぐ戻ってくるから。そしたら一緒に依頼を探そう」
僕はコロを安心させようと頭を撫でる。
「わかりましたっ!」
パッと笑顔に戻るコロ。
「もういいですか? じゃあこちらへ着いてきて下さい」
そう言うとリリアンナさんはギルドを出た。
僕もそれに続く。
しばらく歩いて人気のない空き地に着くとリリアンナさんがこちらへ振り返ってくる。
「ここならいいですか? じゃあ早速噴いて! 塩を!」
「あ、うん。これでどう?」
と、僕はピュピュッと軽く塩を噴いてみせる。
「ふん、その程度ですか……。やはりゴリアテをのしたのというのは尾ひれのついた噂だったようですね……」
ちょっと得意気な表情でなにやら一人納得するリリアンナさん。
だが僕はそんな態度がなんとなく気に入らなかった。
こう見えて今の僕はビッグなスライムを凌駕する塩噴きが可能だ。
そんな僕の塩噴きがこの程度だと思われるのがどこか納得できなかったのかもしれない。
軽くご機嫌斜めになってしまった僕はここでイタズラ心が湧いてしまう。
ちょっと驚かせてやろう。
「ん? あれ〜、おっかしいなぁ。いつもはこんな感じじゃないのに」
「ふん、負け惜しみを。ご自慢の塩噴きも大したことないですね!」
「おっかしいなぁ。調子が悪いのかなぁ」
「調子? 違いますね、キミの塩噴きは所詮その程度だったということなのです!」
「いつもはここからもっと勢いよく出るんだけどなぁ」
「フフッ、ん〜ここかなぁ? 私が見る限り全く出ないみたいですね」
と、リリアンナさんが覗き込んだ瞬間に塩を噴く。
さっきはピュピュッ程度だったが今度は盛大にビュッ、ビュッといく。
リリアンナさんは無防備に顔を突き出していたため大量の塩が命中する。
大命中だ。
「んぐあっ! わ、私の顔が塩塗れにっ! ああっ!」
「あ、ごめんごめん。でも君も悪いんだよ? 挑発するような事ばっかり言ってくるんだから」
僕はそう言いながらリリアンナさんの顔に触れて塩を消す。
「んぐっ。す、すまない……」
するとリリアンナさんは案外素直に謝ってきた。根はいい人なのかもしれない。
「でもなんでこんな事を?」
言われるがままに塩を噴いてみたが結局よくわからない。
このままでは噴き損だ。
「少し前までは……私が……」
「え?」
リリアンナさんは俯いたまま小声で呟いたため聞き返してしまう。
するとリリアンナさんが顔を上げてカッとこちらを見据えてくる。
「少し前までは私が! 私が注目されていたんです!」
「何の話?」
「私が……私が期待の新人として皆の注目を集めていたのです! それなのにヒルカワが現れて全部持っていかれてしまった! そしたら今度はキミです! 私は強いんですよ! 本当なんですからね!」
ちょっと目尻に涙を溜めて顔を真っ赤にしながらそんな事を訴えるリリアンナさん。
どうやら僕達が異世界に来るまではリリアンナさんが新人の中で一番の実力者だったらしい。それなのにぽっと出の僕やヒルカワが意図せず活躍してしまった事が気に食わなかったようだ。
「あ、うん。なんかごめん。ヒルカワのは知らないけど僕の方は不可抗力だったんだ。向こうから絡んできて仕方なかったんだよ」
「そ、そうなのですか?」
グスっと鼻を鳴らしながら涙を拭いてこっちを見てくるリリアンナさん。
「うん、僕は冒険者になって日も浅いし、大した能力もないからこれ以上活躍するような事はないと思うよ」
「ほ、本当に?」
リリアンナさんはちょっと涙目のまま尚も疑いの視線を向けてくる。
「うん、今まで剣も持ったことないしね。今日だって依頼をこなせず、資格剥奪になりかけてんたんだから」
「そ、そうなの!?」
少し驚いた表情を見せるリリアンナさん。
だが、その顔はちょっと嬉しそうだった。
案外現金な人だ。
「だからそんな注目されるような新人冒険者と知り合えて光栄だよ。すごいねっ!」
「え、えっと。そんな事はないですっ。だ、だけど……、その……、なんでしょう……」
リリアンナさんは言葉を濁しながら頬を赤らめた。
頬に両手を当てながらもじもじクネクネしだす。
この人、案外チョロいかもしれない。
「ちょっと塩舐める? 落ち着くよ」
そう言って僕は人差し指に少量の塩を出す。
はじめの剣呑な雰囲気はなくなったし、ここで一旦落ち着いてもらうためにも塩分補給を勧めておく。ご存知の通り、塩には沈静作用もあるのでこういうときには持って来いなのだ。
えっ、とはじめは驚いた表情を見せたリリアンナさんだったがこくりと頷く。
「ん」
そして僕の人差し指をぱくりと口に入れた。




