表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

猫に恩返し

作者: 川里隼生

川里隼生小説50作記念作品

もう50作目です。読んで頂いている皆様、ありがとうございます。これからもよろしくお願い致します。

 小学校から帰ってたら穴に落っこちた。困ったなあ。先生の言う通り、森に入るんじゃなかった。私の身長と体力じゃとても登りきれそうにない。森の中だし、大人も通らない。どうしよう。

「おーい」

 叫んでも返事がない。


 ずっと上を見てたら、猫の頭が見えた。毛の黒い猫がこっちを見てる。

「穴に落ちて出れないの。助けて」

 猫はどこかに行った。人の言葉は通じなかったのかな。

「おーい」

 もう人も猫も見えない。意外と泣かないもんなんだな、と思った。


「にゃああ」

 猫の声がする。

「ここに何かあるのか?」

 大人の男の人の声。

「ん? こんな所に穴なんてあったか?」

 穴に近づいてる。ひょっとしたら見つけてくれるかも。


 男の人が穴を覗いた。びっくりしてる。

「大丈夫? 怪我してない?」

「大丈夫。早く助けて」

「ちょっと待ってろ」

 男の人は腕を伸ばして私を抱え上げた。

「森の中には入らないようにな。危ないから」


「ありがとうございました」

 お礼すると、男の人は帰ってった。それを黒猫がじっと見てる。私も帰ろうと思ったら、こっちを振り向いた。

「にゃああ」

 何か言いたそうだけど、私は猫の言葉はわかんない。何となく怖くなったから走って森を出た。時間はそんなに経ってなかった。


 その日の夜、カレーを食べてる時にふと気づいた。やっぱり森に大人がいるわけない。いたのは黒猫だけ。もしかすると、あの黒猫が助けを呼んで、それをあの男の人が助けてくれたのかも。だったら黒猫にもお礼しないと。お礼するなら猫の言葉わかんないといけないよね。


 次の日の朝、私は布団の中で猫になってた。真っ白な猫に。あの猫と同じ黒じゃないのは少し嫌だけど、でもこれできっと猫の言葉がわかる。あの黒猫にお礼ができる。私は開いた窓から家を出た。黒猫に会った穴を探して森に入った。すぐにその場所は見つけたけど、穴がない。


「どうした、そこの白いの」

 振り返ると黒猫がいた。

「もしかして、昨日助けてくれた猫?」

「あん? あんた昨日の、人間の娘か?」

「そうだよ。助けてくれてありがとう」


「別に。お前のためじゃない。あの穴はナスタってのが部下に掘らせたんだ。俺みたいな黒猫を目の敵にしてる嫌なババアさ。あいつの思い通りになるのが癪だったから邪魔した」

 黒猫は後ろ足で耳を掻きながら言う。

「どうしてナスタは黒猫が嫌いなの?」


「俺たち猫はな、前世の行いで毛の色が変わるって言い伝えがあるんだ。いい前世なら白、普通なら茶色、悪けりゃ黒。俺は真っ黒だからきっと前世で悪いことしたんだろうって」

「ふうん」

 毛の色だけで嫌われちゃうんだ。それっておかしい。


「お前は真っ白なんだな。ナスタに気に入られそうだ」

 タキの話は聞いてなかった。私がナスタをやっつけてやる。

「あなた、名前は?」

「あん? タキだけど」

「ナスタの居場所わかる?」

「聞いてどうすんだよ」

「いいから!」


「ついて来な」

 タキに公園まで連れてかれた。

「ここ?」

「ああ。公園の中はあいつの縄張りで、黒猫は入れない」

「私、行ってくる」

 タキは止めなかった。

「余計なことすんなよ。俺はここで待ってる」


 ここじゃない公園には行ったことあるけど、猫の目で見る公園はなんとなくどこか違う気がする。ブランコとかが大きい。

「おい。見かけねえ顔だな。どこのどいつだ」

 白い男の猫に止められた。隣にもう一匹いる。門番かなあ。


「ナスタに会いに来たの」

「ナスタ様とお呼びしろ。死にたくなけりゃな」

「ナスタ様なら向こうの茂みの中にいらっしゃる」

 そこには確かに白猫のおばあさんがいた。右の前足全部に包帯が巻かれてる。


「誰だいあんたは」

「私はサオリ。あなたに話があって来たの」

「言ってみな」

 ナスタの周りにはたくさんの白猫たち。

「どうして黒猫をそんなに嫌うの? 前世の行いなんて関係ないと思うんだけど」


 ナスタは笑った。

「ずいぶんな命知らずが来たもんだね。この私に向かって意見するだなんて。いいかい? この言い伝えは私たちの百代も前から受け継がれてるもんなんだ。正しいのかどうかなんて考えるんじゃない。どうして正しいのかを考えな」


「だって絶対間違ってるよ。生まれてくる体は選べないもん。それで相手を嫌うのは間違ってる」

 今度はナスタは怒った。

「うるさい! お前たち、そいつをつまみ出せ!」

 周りの白猫たちが私を取り囲む。みんな真っ白。鋭い目をしてる。


 だいたい十匹くらいの白猫たちが一斉に私を襲った。噛まれたり引っかかれたりして、私はどうにもできなかった。

「痛いよ! もう許して!」

 白猫たちの向こうからナスタが言う。

「許してほしけりゃ謝るんだね」

 そんなこと言われても、私は悪いことしてない。


 でもこのままだったら殺されちゃうかも。

「ごめんなさい! 私が悪かったから、もうやめて!」

 ナスタは満足そうな顔をした。

「その辺でやめてやんな」

 白猫の一匹が私を公園の外に放り投げた。


「馬鹿な奴だ」

 白猫が見えなくなると、近くの電柱に隠れてたタキが出てきた。

「結局余計なことしたのか。立てるか?」

「うん。平気。けど……」

「お前が泣くな。穴に落ちても泣かなかったくせに」


 タキが慰めてくれたけど、私は泣いた。多分だけど生まれて初めて悔しくて泣いた。

「タキごめんね。私、怖くてナスタの言いなりになっちゃった。私がもっと強かったら……」

 タキは右の前足を私の頭に乗せる。そしてこう言った。


「人間なんだから、猫より強いんじゃないのか?」

「そうかな?」

 私は泣きやんだ。

「怪我を恐れなけりゃ強いはずだ。お前ならナスタに勝てるかもしれない」

「でも、私無理だよ。引っかかれたら痛いもん」


 タキが私の目を見る。

「今度は俺も戦う。俺たちはまだやれるさ。最後までやってやろうじゃねえか」

 それが嬉しかった。私はまた立ち上がった。身体中切り傷だらけで痛かったけど、元々私がタキに恩返ししたくて始めたことだから、タキだけ行かせるわけにはいかない。


 また公園に入った。やっぱり門番がいる。

「またお前か。もうやめとけ、怪我するだけだ。あと黒いの。お前は公園に入ってはならん」

「うるせえ。どけ」

 タキが二匹の白猫を引っかいた。タキって強いんだ。


「またあんたかい。おや? 隣にいるのは……」

 ナスタがタキに気づいた。どんどん尋常じゃない顔になってる。

「どうして黒猫がここにいるんだい! お前たち、今すぐ二匹とも殺しちまえ!」

 白猫たちが私とタキを取り囲む。


「ぬかるなよ」

 後ろからタキが言う。「ぬかる」の意味はわかんないけど、とりあえず「うん」って言っといた。目の前から襲ってくる。グーにして叩いてみる。

「ギャッ」

 短い悲鳴を上げて倒れた。ナスタが目を丸くしてる。


「何だいあんた、何者なんだ。ま、まさか……」

「そうさ。こいつは人間だ。小娘だけどな」

 タキが言い放った。余計にナスタがひどい顔になる。

「おのれえ! もう許さん! この私が地獄に送ってやる!」


 私が人間だと聞いたらもっと怒った。

「喰らえ!」

 右の前足で私を引っかこうとする。私はその足を引っかいた。ビリ、って音がして包帯が取れた。ナスタの右の前足は黒かった。

「ナスタ様、それは……」

 白猫たちがびっくりしてる。私もタキもびっくりした。


「これはね、生まれつきの模様なんだ。生まれつきの模様なのに、変な言い伝えのせいで悪者扱いされる。だから私はこうやって自分を偽って生きてきたのさ。それに人間の娘、あんたらは白猫ばっかりかわいがって、黒猫には見向きもしないじゃないか」

 ナスタはそう言うけど、私はそうは思わない。


「そんなことないよ。猫はみんなかわいいもん」

 最初にタキと会ったとき、少し怖いと思ったけど。今のタキは全然怖くない。

「そうかい。人間のあんたがそう言うなら、言い伝えは間違いなのかもねえ」


「ナスタ様、では……」

 白猫の一匹が言った。

「ああ。これから公園を解放する。猫なら誰でも入っていい場所にしよう。白でも黒でも、猫は猫だ」

 白猫たちは町中の猫にこのことを伝えるため、公園から出てった。

「あんたはどうするんだい」


 ナスタが私に聞いた。

「恩返しが終わったから人間に戻る」

「じゃ、俺ともお別れだな」

 タキは少し寂しそう。

「またあの森に来るよ。今度は魚持ってくる」

 タキは笑った。

「俺は山育ちだから、ウインナーがいいな」


 タキたちの公園から家に帰って、布団に潜り込んだ。目が覚めたら人間に戻ってた。そのうち人が猫に変わるのがおかしいって気づいたけど、次の日になって森に行ってみたら黒猫がいた。

「にゃああ」

 きっとタキなんだろうな。ウインナーを美味しそうに食べたから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 私は猫が好きなのでタイトルに惹かれて読ませていただきました。とても内容の濃く、人の世界に置き換えると風刺も効いていていろいろと考えさせられます。最後の終わり方に癒やされて何度も読み返しました…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ