【8】私のお仕事
正式に料理人兼メイドになったところで、私のやることは変わらなかった。
掃除して洗濯して、料理を作って。
家事を手伝った騎士には、ご褒美として好きなメニューを作ってやったりと手なづけることも忘れなかった。
ちなみに、魔物を食材にしてることは、そう時間が経たないうちに皆にばれてしまった。
非難されてしまったので、食べない人には燻製肉とパンを用意してあげたのだけど。
美味しい魔物料理に慣れた彼らは、すぐに根を上げて受け入れてくれた。
肉があると、新鮮な野菜だって欲しくなる。
そう思って、城の開いてる部屋に勝手に菜園を作った。
街で苗を買ってきてもらい、魔術で太陽を再現し、鉢植えで野菜を育てた。
魔術で成長を促進して……なんてことができたらいいのだけれど、それはあまりよろしくない。
生き物に魔術を使うべきじゃないというのが私の持論だ。
それに、成長させるためにはどのホルモンが必要で、それを促すためには……みたいな、そんな小難しい知識を魔術陣の中に組み込まないといけないのだ。
できないわけじゃないけれど面倒だし、それだと美味しくならないのも知っていた。
それよりは魔術を使って、栄養価が高い土をつくり、最適な環境を整えてやるほうがずっと手早い。
これにより、大分食事の質は向上した。
あとは卵が欲しいところだったけれど、これも解決した。
鶏という『動物』だから、騎士たちに食べられてしまったのだ。
そういうわけで、私は城の中でシリトリと名づけた『魔物』の鳥類を飼うことにした。
「いや姐さん。これ四足歩行してるけど、鳥なの?」
騎士たちがそんなことを口々に言ってきたが気にしない。
確かにシリトリちゃんはちょっと変わった見た目をしている。
例えるなら上向きの人間のお尻に、短い足が四つついていて、さらに鳥の羽がお尻の両脇から出ていると考えると分かりやすいだろうか。
つぶらな目と口があり、頭の割れ目から卵を産んでくれるという、少々トリッキーな子だ。
そこから卵を生まれると、若干食べる気失せるよねとは私も思う。
けど、大切な卵を産んでくれるのだから、背に腹は変えられなかった。
案の定、騎士たちは気味悪がってシリトリちゃんを食べようとはしない。
肉もかなり美味しいというのに……作戦がうまく行ったのは嬉しいのだけど、この味を分かち合う相手がいないのはちょっと寂しかった。
●●●●●●●●●●●●●
朝食を作り終えたら、グエンを起こしにいく。
「ほら、グエン起きて!」
「あぁ……リサがキスしてくれるなら起きてやる」
そんな事を言うグエンに、ベッドに引き込まれそうになったことも何度かしれない。
そんな時は魔術で風を起こして吹き飛ばしたり、上から水をかけて目を覚まさせてあげるのが私の日課になっていた。
「つれないな。いい加減俺の女になれ。いい思いさせてやるぜ?」
「あんたの女なんかお断り。大体、こんな辺境でいい思いも何もあったもんじゃないでしょ」
一刀両断してやれば、面白そうにくっくっとグエンが笑いながら、水のしたたる髪をかきあげる。
「気が強いのっていいよな」
何が楽しいのか、グエンはあいかわらずで。
飽きずに私をからかってくる。
騎士達との生活にも大分なれた。
荒っぽい奴らばっかりで、一癖も二癖もあったけれど、彼らは遠慮がないから一緒にいて楽だ。
気づけば私は、すっかりここに馴染んでいた。
●●●●●●●●●●●●●
まぁ、馴染んでいる場合ではないのだけれど。
私には神殿を探すという使命があった。
食料を取りに行くという名目で、家事当番の騎士と領土内をまわる。
これがなかなかに成果がでなかった。
彼らはあまり私を連れて、遠くまで行こうとしないし、何より危険なところへいこうとすると止めてくるのだ。
「だから平気だって。怖いならちょっとここで待っててよ」
「駄目ですって。隊長に俺たちが怒られてしまいます!」
私が無茶をしたら止めろと、彼らはグエンにどうやら言い含められているみたいだった。
全く余計なことを。
そう思ったけれど、口には出さない。
別に私に嫌がらせをしたくてそうしてるわけじゃないと、ちゃんと私にも分かっていた。
彼らが怒られるの可哀想なので、素直にいう事を聞く。
そんな私が、神殿を探すために目をつけたのが狼たちだ。
彼らと接していくうちに、私はとうとうその体に触らせてもらえるようになっていた。
今ではブラッシングも許してくれる。
それどころか、彼らは私に時々魔物の差し入れをくれるのだ。
なんといういい子たちだろう。
飯を食べるだけの騎士達よりも、よっぽど役に立つ。
最近では、彼らは私が散歩するときについてきてくれて、帰りはちゃんと城まで案内してくれる事に気づいた。
彼らさえいれば、一人で領土内を歩く事が可能だ。
ちなみに、狼はそれなりに数がいるのだけれど、私が仲良くなったのは四頭の狼だった。
「ねぇ、グエンこの子たちって名前あるの?」
「あぁ、右からムサシ、ベンケイ、コジロウだ」
尋ねれば、グエンは彼らを紹介してくれた。
「……その名前って、ヤイチ様がつけた?」
「よくわかったな」
ヤイチ様の趣味がわかる感じだ。
「時々くる、一番大きな子の名前は?」
狼たちのリーダーっぽい一際大きな狼。
いつもくるわけじゃないけれど、最初から私に懐いてくれていた。
「あぁ、あいつか。あいつは……カイルだ」
「どうしてその子だけ、ニホン名じゃないの?」
尋ねれば、グエンが珍しくちょっと困ったような顔になる。
「……あいつだけは特別なんだ」
「もしかして一番付き合いが長かったり?」
尋ねれば、グエンは少し考えてから頷いた。
「そうだ。生まれた時からずっと一緒だ」
「へぇ、そうなんだ。小さい頃からグエンとずっと一緒だったから、あの子だけ人懐っこいのね」
なるほどと納得する。
カイルは他の狼以上に、こっちの言葉がわかっている節があるというか、妙に人間っぽい。
一緒に散歩するときは背中に乗っけてくれたりもするし、魔物の狩りにも協力的だ。
ただ、リーダー格だけあって忙しいのか、めったに会えはしなかった。
「はぁ……最近、遊びにきてくれないんだよね。カイル」
「なんだ、カイルが気に入ってるのか」
「うん。だって可愛いし。どこ触っても怒らないし、顔だってペロペロ舐めてくれるんだよ? しかも背中に乗せてくれるの!」
あの毛並み。大きさ。
おもわずうっとりしてしまう。
犬好きの私には堪らなかった。
「昔私犬飼ってたのよ、向こうの世界で。小さくて可愛かったんだけど、本当はこれくらい大きな犬が欲しかったの」
「犬と一緒にするなよな」
私の言葉に、少し不満そうにグエンが口にする。
グエンは狼と犬を一緒にされるのがあまり好きではないようだった。
誰にでも尻尾を振る犬とは違い、狼は誇り高いのだというのがグエンの弁だ。
そういわれても、私的には大きい犬くらいのイメージだったりする。
「そういえば、ポチも超可愛かったなぁ……」
「それが前飼ってた犬の名前なのか。変な名前だな」
うっとりと思い出して呟けば、グエンがそんな事を言う。
「ううん。ポチっていうのは、レティシアにいるときに会った子。飼ってたわけじゃないんだけど懐かれちゃって、どんなに置いていっても私の後を着けきてたのよ」
破壊した研究所で飼われていた犬。
実験動物だったのかもしれない。逃がして自由にしてあげたのに、私の後を着いてきた。
私といると危険だから、追い返したり、巻いたりしたのだけど、懲りずについてきて。健気でかわいくてどうしようかと思った。
灰色の毛に、紺の瞳。
あの子犬は、思い返せばカイルにちょっと似ていた。
「愛着が湧かないように名前は心の中だけで呼んでたんだけどね。もうすっごく可愛いの。犬を欲しがってた優しそうな人に預けてきたから、きっと大切にして貰えたんじゃないかな」
「それもう愛着湧いちゃってるんじゃないのか」
「……まぁ、そうともいうけど」
グエンにつっ込まれる。
ちょっぴり唇を尖らせて呟き、グエンの方を見れば嬉しそうに微笑んでいた。
その顔がとっても優しくて、思わず目を見張る。
「なんだ。何じろじろ見てる」
「いや、そんな風に笑うグエン初めてみたから」
素直にそういえばグエンは決まり悪そうに、ふいっと私に背中を向けて歩き出してしまう。
「……そろそろ行くぞ。雪降ってくるからな」
グエンは城の方へと歩いていく。
今の天候は晴れ。
過ごし易い陽気なのだけれど、グエンがそういうならそうなんだろう。
何故かグエンは天候をいち早く読めるみたいだった。
どうやって分かるのと尋ねたら、匂いと言われたけれど、私にできる芸当じゃない。
グエンという男は、全く謎だらけだった。
●●●●●●●●●●●●●
私がラザフォード領で過ごすようになって、二年が経った。
けれど未だに神殿の手がかりはない。
本当にここにあるのかなと思いつつ、探してない場所も結構あった。
この領土は横に長く、全体な広さはないものの幅だけはそうとうあった。
端までいくのには、相当な時間がかかる。
しかし、断崖絶壁が多いため、さすがに体力のないレティシアの魔術師たちがそんな所に神殿を作る根性があるとは思えない。
そうなると、やっぱりこの辺りにあるとしか思えなかった。
「やっぱり見つからないなぁ、神殿」
溜息をつけば慰めてくれるつもりなのか、カイル顔を舐めてくる。
レティシアと小競り合いを起こしていない休日は、こうやって狼のリーダーであるカイルと、神殿探しをするのが決まりごとみたいになっていた。
私のお休みの日の食事当番は、医療担当のアーデルハイトさんだ。
実験と研究が大好きなアーデルハイトさんは、わりと料理上手なのだけれど、怪しげな薬を入れたりするから騎士達からの評判は悪い。
それがなければいい人……と言えたらよかったのだけど、そうでもないので、そこがまた残念なところだ。
「あれ、カイルどこに行くの?」
てっきり城に帰るかと思ったら、カイルは全く違う方向に向かって歩き出す。
鼻を二回上げて、背中に乗れと言ってるみたいだった。
連れて行かれた場所は、一面の花畑。
「うわぁ! 凄い!」
この領土に、こんな場所があるのかと驚く。
どうやらカイルはここに私を連れてきたかったらしい。
「ありがとう、カイル!」
抱きつくと「いいってことよ」というように、カイルが私の頬を舐めてくる。
カイルは本当男前でいい子だ。
うちの騎士団の連中にも見習ってもらいたい。
こういう花とかが似合う自分ではないことはわかっているのだけど、可愛いものは結構好きだ。
誰もいないしいいかなと、花輪なんかを作ってみたりする。
昔これを作っては姉の頭にかけてあげた。
お姫様みたいな姉には、とてもよく似合っていて――。
あれ?
ふいに気づく。
姉の顔が思い出せなくなっていることに。
そういえば、現実の事を思い出すのは久しぶりだった。
長く生きて、記憶が薄れてきてるのかも知れない。
一旦手を止めて、胸から下げている懐中時計を手にとり、蓋を開く。
そこには止まった秒針。
ずっと片思いしていた人と、姉さんが結婚して。
私は二人の結婚式を途中で抜け出して、電車に乗った。
二人とも大好きだったのに、祝福できない自分が嫌いで。
彼が姉を選ぶのは当然だとわかっていたのに、諦め切れなくて。
いっそこのままどこかへ行きたい。
そう思ったのに、ここでの自分が捨てられないから、どこへも行けない。
それがわかっていたからそもそも私は、ぐるぐると同じところを回る電車に乗り続けていた。
窓の景色が、昼から夜に変わって。
周りに誰もいないと思ったら、いつの間にか怪しいお兄さんがいた。
この世界に来た当初は、その時計を受け取った時間を、懐中時計の時は指し示していた。
あの時に、時計を飲み込めば私はきっと現実の世界へ帰れた。
たぶん、そうだ。
教えられなくても知っていた。
けど今の私の時計では、現実に帰ることはできない。
なぜなら、私の未練がもう現実にはないから。
懐中時計は、別の未練がある時間で止まっている。
これはおそらく、私が双子を殺戮兵器にしたと知ってしまった時間だろう。
食べたら、あの時間へ戻れたりしないかな。
そんな事を思う。
今の私があの時の私なら。
何かできることがあるかもしれないのに。
きっとそれは無理だ。
なんとなくわかる。
銀色だった私の時計は、今は黒い錆でほとんど覆われていて。
――これを口にしたら、どこへ行けるんだろう。
そんなことを思う。
「ワゥ!」
「うわぁぁ!」
いきなり耳元で吼えられて、びっくりして時計を落とす。
横で寝ていたはずのカイルが、私の側に立っていた。
「おどかさないでよ!」
「ワゥ、ワゥゥ!」
文句を言えば、ぼーっとしてる私が心配だったんだというように、カイルがすりすりと顔を擦り付けてきた。
くそぅ、何て可愛いんだ。
きゅんとして、大きなカイルの顔に私も頬ずりを仕返す。
「あれカイル、頬のとこ傷がある。グエンと同じだ」
今まで毛に隠れて見え辛かったけれど、よく見ればそこだけ毛が生えてない。
口にすれば、ピクッとカイルが耳を動かした。
「カイルってさ、目の色とか毛の色とかどことなくグエンに似てるよね」
ふいっと、カイルが背を向ける。
ほらあっち行こうぜというように。話を逸らされたような気がした。
「もしかしてカイルって……」
カイルが私の方を見て、ピクピクと耳を動かす。尻尾も心なしか緊張してるみたいだった。
「グエンと似てるって言われるの嫌なんだ?」
カイルの表情はわからないけれど、またふいっと顔を背けてしまったから、どうやらこれで正解のようだと思う。
「ゴメンね、カイル。グエンなんかよりもカイルの方がずっとカッコイイし、性格だって男前よ!」
よしよしと頭をなでれば、カイルは尻尾をくったりさせて、気落ちしたのかされるがままになっていた。
グエンと一緒にされたのが、よほどショックだったのかもしれない。
「ほら、これカイルにあげる! だから元気だして!」
出来上がった花冠を頭に載せてあげると、カイルはそれを見上げようとして落としてしまう。
「駄目よ、カイル。それじゃ落ちちゃうでしょ?」
魔術で水の鏡を作り出して、カイルに見せてやる。
「ワゥ!」
ご機嫌に吼えたところを見ると気にいってくれたみたいだった。